1-8、式典よりも腹が減ってるんだが
「今宵は、我が国、ムストニアの建国祭に集まってくれて感謝するーー」
キラキラと何本もの蝋燭が吊り下がる大広間で、ムストニア国王が来客に乾杯の挨拶をする。
白と青の礼服に着替えたボクは、父の後に立ち、父の後ろ姿を見ていた。
乾杯の後に王座に座るムストニア王に、来客者が夫婦で連れ添い挨拶をしていく。
今日のボクの仕事はそれをみーてーるーだーけー……。
……うう、壁登りで疲れているのに、直立不動で動けないのはツラい。お腹空いた、もしここで、お腹が鳴ったら恥ずか死ぬ。
微笑みをキープして、広間を見渡していたら、父の隣に座る母と目が合った。
「人の顔を覚えるのも、大切な仕事ですよ」
と、目で言われた気がするが、名前と顔だけ覚えるのツラい、せめて趣味とかタヌキが好きとか、関連付ける情報を添えてほしい。
「……お初にお目にかかります」
あ、知ってるヤツ来た。
騎士の礼をする少年は、うつむくと髪がサラっと揺れる。
少年の後ろには見たことのない鎧を来た騎士が二人ついていて、おそらく少年の護衛だろう。
……少年は南の国の王子様だ。さっき、ボクと一緒に地面を転がったのに、身なりに一切の崩れがない。
高そうな布地には、金糸、銀糸の刺繍で模様付けられ、斜めに掛けられた帯には高そうな宝石や勲章がついている。
……うわー、歩く王子様だ、王子様のお手本みたいな人がいる。
「アズリア、前に来なさい」
父に呼ばれたので、父の横に移動した。
「私の子ども、アズリアは今日で十四歳になる、アズリアは建国日に生まれたので、誕生日が覚えやすい」
「お初にお目にかかります、アズリア・ムストニアと申します」
……初めましてでいいんだよね、サニアさん? いや、ここにはいないけど、確認取りたい!
ひきつった笑顔で挨拶をすると、スファレ王子は少し顔を傾けて、フワッと微笑んだ。
……美少年! 美少年が目の前に!
今までは鏡に映る自分をイケテルと自負していたけど、本物と比べると、ボクの顔はタヌキや子犬の可愛さだ。
本物は笑うだけで、キラキラエフェクトがかかるんだな。スゴい。
「……いや、目の錯覚じゃなく、精霊ついてる!」
これはいかんと一歩踏み出し、スファレ王子の髪にくっついたキラキラを、手で払う。しかしボクの手は光をすり抜けるだけで、追い払う事は出来なかった。
あと、背後の護衛をビビらせた。
「私の髪に何かついておりますか?」
「いえ、気のせいです、失礼いたしました」
この城で精霊が見えるのはボクひとりなので、精霊の話をするといつも笑われてきた。
……恥ずかしい、多分、変な人だと思われた。
「聖王子、この通り、我が子は我々と違う世界の見え方をしている、頭がおかしいわけではないので、仲良くしてやってくれ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
スファレ王子が手を向けてくる。
接触禁止は? いいの? と、父の顔を見ると、「さっさと握手しろ」と指で指示された。
ボクはトトッと前に出て、スファレ王子と握手をした。
……やっぱこの人、いい匂いがするなぁ。
フンフンと匂いを嗅いでいると、スファレ王子の肩のあたりで何かが笑ったような気がした。
これ多分精霊さん、王子に常にくっついてるとみた。精霊が王子の体からはみ出てると見える感じか。王子様の正体は精霊さん説?
「まあ精霊がついてる人で悪い人はいないよね」
「……アズリア、声に出ているぞ」
父上に指摘されて、口をかたく閉じる。
そのまま回れ右して、母の横に移動した。
母はボクの手をそっと握り話す。
「私も小さい頃は精霊と遊んでいたわ、見えるのは幼いうちだけの奇跡なので、大切にしてね」
「……幼い時だけなのですか?」
「そう言われているわ、大人になっても見える人は、昔だと聖人と呼ばれ、教会で重宝されたようよ」
そう聞いて、スファレ王子と一緒にいた大きな人を探すが見当たらなかった。
父の隣で話を聞いていた大公がゲフンと咳払いをする。
「精霊は旧教の迷信だ、ありもしない精霊をあると言って、昔の教会は人を騙していた」
「……兄さん」
ゾゾゾゾーッと、大公の声を聞くだけで背筋が粟立つ。
怪奇! 生きて動く巨大ガマガエル!
って、看板を出したいくらい、父上の兄はお腹と顎がタプタプした人だ。
長男のほうが王位継承権が高いのに、未婚を貫くと言った為に王位を父上に譲ったって聞く。他には、母のお腹にボクがいたから説もある。
でっぷりと突き出た腹には、スファレ王子みたいに、銀糸の刺繍が見え、かなり豪華な衣装と見た。
フワフワの毛皮がついたマントには、ゴテゴテと大きな宝石がついていて、帯には勲章がびっしりとついている。
ガマガエル……じゃなく、デュアン大公は、精霊の神様を国教から邪教に引き下げた人だ。大公は大陸から来た新しい宗教にご執心。
新しい教会にもかなりのお金を寄付しているらしく、聖人の彫像の一体にされているくらいだ。
大公に仕えているデュカスが言うには、精霊を目の敵にしていて、宗教戦争で旧教会が負けた時には、たいそう嬉しそうに笑ったらしい。
……精霊は実在するのに、迷信じゃないのに、無碍にするとか意地が悪いよね。
「だいたい、精霊信仰を放棄したのに、王族は昔の精霊王の血が入っているから偉い! みたいなのって矛盾しているよ、精霊がどうでもいい存在なら、誰が王様になったっていいのに」
「……アズリア、もういい、退室しなさい」
「えっ?」
思っただけのつもりだった。って言うか、口開けてませんが、何で聞こえたの?
背中に突き刺さる大公の視線から逃げるように扉の方に向かうと、ボクの頭から大きな白い光が飛び出し、スゥッと逃げて行く。
……もしかして、あの子がイタズラしたのかな? 精霊さんがボクの心の声を周りに聞こえるようにした?
真相を探ろうと精霊を追う。精霊は柱の影に隠れ、見えなくなった。覗いても中は真っ暗だ。
ボクは柱の影に手を入れ、精霊を探す。
何もない空間だと思い、勢いよく手を入れたら、何かにぶつかって痛い思いをした。
……うわ、ここ、何かいる?
と、思った瞬間、柱から黒い手が出てきて、引っ張られて、背中で柱を隠すように立たされた。
「私が隠れている場所を、精霊が案内するとは、予想外でした」
蚊の鳴くようなか細い声で、バルバスさんが話す。
横目で見ると、バルバスさんは全身黒い服を着ていて、柱の影の小さな空間に大きな体を納めているようだ。
いや、体積おかしいでしょ、バルバスさんはとても大きいのに!
ボクは柱から目をそむけ、会場に視点を固定し、声を落として話した。
「スファレ王子の護衛ですか? 側にいればいいのに」
「私は背が高すぎて、目立ちますので」
「お気遣いの達人かな?」
柱の影はバルバスさんを隠すのにいっぱいいっぱいなので、ボクは椅子を持ってきて柱の横に置き座る。そのままひとりで休憩しているフリで、バルバスさんと話をした。
「バルバスさん、ひとつだけ聞いてもいいですか? これを聞いたらすぐに立ち去るので」
「……どうぞ」
「精霊って、大人になると見えなくなりますか?」
「多くの人が成長と共に見えなくなります。人の持つ霊核が成長と共に汚れるので、精霊の興味を失う、と、聖王が言っておられました」
……聖王? 精霊王の略語? または、聖王って呼ばれる人がいるのかな?
それは後で調べるとして。
「ボクは精霊が見えなくなるのは嫌です、何をしたら、大人になっても見えるままでいられます?」
「……私には分かりません、ただ、ひとつだけ思いあたることがあり、精霊王は老いても精霊と会話が出来ていたようです」
「お話出来るの!」
「私は見えるだけです、会話は精霊王のみです」
ほぉぉ……素晴らしい話を聞いた!
自分が殺されない為に精霊王の試験を受けるのは、なんか嫌だったけど、精霊さんと会話が出来るなら絶対受けたい、受かりたい!
……精霊王の試験について調べよっと!
「ありがとうございます、では退室します」
護衛というか、多分密偵兼監視のお仕事の邪魔をしてはいけないので、椅子をあった所に戻して、速やかに柱の影から立ち去る。
来客者の波に逆らうように出口に向かった。
来客者が広間の中心を見て、ざわめいているので、大扉前で振り返る。
「ワァ、素敵ねぇ……」
集まった来客の間から、溜め息や感嘆を含めたざわめきが聞こえてくる。
どうも広間ではダンスが始まったようで、楽士の奏でる音楽が聞こえてくる。
ボクの背丈では見えないので、柱の出っ張っている部分に足をかけて、広間を見た。
広間の中央では父上と母上の踊る姿が見えた。
父も母はとても美しい容姿をしているし、ダンスも上手いので、とても素敵だ。
今までは挨拶が終わると速やかに自室に戻らされていたので、親が踊る姿を初めて見た。
曲が終わると、両親は会場に礼で応じ、王座に戻って行く。
右手は柱につかまっているので、左手でペチペチと柱を叩いて拍手を贈った。
「我が国の殿下は、お猿の王子様だったか」
「フフフ、デュカス様、また殿下をからかって」
声の方向には、デュカスがふたりの女性を侍らして、ボクに手を差し伸べた。
「……モルティエ男爵、こんばんわ、そしてお休みなさい」
絶対にデュカスの手に触れないよう、少しでもデュカスから距離を開けて柱から飛び下りる。
「たまには殿下も踊られたらどうです? きっと、来客者に受けますよ、猿芸のように」
「先ほど陛下に退室命令を受けたので、踊るわけにはいきませんねー残念です」
デュカスを警戒しながら、大扉に向かって後退する。すると入って来た客にぶつかった。
バランスを失い、しりもちをつく寸前、入って来た人に抱えてもらい、転ばなかった。
……礼服は汚れずにすんだけど、人との接触に叱責待ったナシ!
あわてて王座を見るが、親はふたりともこっちを見ていなかった。叱責回避?
ボクは一歩下がって、助けてくれた人に礼をする。
顔を上げると、抱えてくれたのはスファレ王子だった。
……よし、この人はセーフの人。
「支えてくださってありがとうございました、おかげで礼服を汚さずにいられます」
「いや、柱に上った時点で汚れているからな、既に手遅れです」
「……柱?」
殿下に言ったのに、後ろにいるデュカスが口を挟んできた。
柱によじ登るボクも猿同然だが、身分差がとんでもないスファレ王子に発言するデュカスも失礼極まりない。
スファレ王子は、ボクとボクの後にいる人たちを見て、首を傾げた。
「これは、どういった状況なのでしょう?」
……知らんわ! ボクは早く部屋に帰って夕食を食べたいのに!
前門の虎後門の狼、さて、どう切り抜けよう?
お貴族様的微笑を顔に貼り付けて、ボクは途方に暮れた。