6-5、お姫様の概念クラッシャー
クレアとミレイの関係を知ってから、ふたりを注視しているが、見たとおりの仲良し姉妹だ。
洗濯物を干すクレアを手伝いつつ、聞いてみた。
「クレアはミレイが自立したらどうするの? 例えば誰かと結婚したりとかさ?」
「そうですねー、親みたいにどこか療養所の手伝いをしたいですね、調薬でもいいです。食べていければそれで」
「クレアは結婚しないの? 好きな人とかいないの?」
「考えた事もないですよ? というか、余計なお世話すぎでは?」
「……ごめんなさい」
うん、恋愛のレの字もないなこれ。こんなに男の人に囲まれて暮らしているのに、浮いた話は全くないみたい?
「リアさま?」
「……ヒッ?」
すごーく可愛い顔で笑いかけられた。
「リア様ってお強いですよね? なら薬草採取に付き合ってくれませんか?」
「それは、ミレイも一緒に?」
「いえ、妹は危険なので、族長に預けますが」
……危険な所にお誘いされたの?
なんだか背中がゾクリとする裏のありそうな笑顔だが、姉妹関係を知りたいのでオッケーした。
◇◇
「籠はボクが背負ったほうかいいのでは?」
森の中、少し傾斜になっている藪を鉈で切り開きながら、クレアを見る。
「草は軽いですし、藪を払ってくれるだけで十分ですよ?」
クレアが指す藪を払い、森に踏みいる。
クレアが採取しているのが、薬草なのか毒なのか食べ物なのかは見ていても分からないが、採取作業を見ているのも面白いものだ。
クレアは細長い木を見上げて足を止めた。
「なんか見えるの?」
「えーっと、あの上のほうになっている紫の実が美味しそうだなーと思いましたが、木が細すぎて登るのは危険だなーと思いまして」
「ふうん?」
細いがよくしなるので、登って枝が折れたりはしなさそうだ。
ボクはヒョイヒョイと木を登り、蔦になっている実を三つ下に落とした。
途中飛び降りると、クレアに信じられないといった顔をされた。
「なんか不満そうだな? 取る実を間違えた?」
「いえ……私の想像していたお姫様とはかなり違っているので、驚いて……」
「ちなみに、どんな想像をしていたの?」
「それはですね……」
クレアの言うお姫様とは、お城でドレスを着て、歌や踊りを習って三色おやつ付きのイメージらしい。童話の中のお姫様だな、それは。
「ボクは王子として育てられたから例外も例外だと思うよ。でもまあ母上は農場育ちで結婚する前は獣医をしてたと言うし、南の公女様は後宮でお医者さんしてたよ? その、クレアの言うような蝶よ花よというお姫様って、この島にはいないかも?」
「乙女の夢を砕かないでくださいよ……」
「現実はエグいものだよ」
ボクは性別を偽っていたから、精霊王の試練の為に断食されてたとか、小さい頃から剣の稽古に明け暮れていたと説明をしたら、とても残念な顔をされた。
「王族とか国の頂点じゃないですか……もっと左うちわで暮らしてくださいよ……」
「そんな王族は実在しないから、ゴメンネ?」
なんだかクレアをとてもがっかりさせてしまったようだ。
申し訳ないので、紫の実を見つけ次第採取した。
「お猿の王子様……」
「うおおい、なんでそんなヒドイ事を?」
「スミマセン、失言をお詫びいたします」
言葉が堅苦しくて許しきれないので、クレアをくすぐった。
これはアレだ。サニアとマディンの仲の良さを思い出す。
もしかしてクレアって、はじめての年の近い同姓のお友だちかも!
……いや、友達と言いきるにはまだ距離がある。クレアの王族不信をとっぱらってしまいたいな?
◇◇
森を歩いていると、視界が開けて川が見えた。
そこで休憩をしようとクレアは言う。
クレアが軽食を準備している間、靴を脱いで川に入ってみた。
……ミツケタ。
「……!」
浅い川の底にディーネの顔が見えた。
ディーネは何かを言っているが、川の流れと音で切れ切れになって聞こえにくい。
ボクは川の端に寄り、大きな岩の近くの淀みをみつけ、覗き込んだ。
『そこはドコだ? 座標がトレナイ』
「分からない、名前も分からない男の結界の中だ。ボクは無事だとスファレ王子に伝えてくれる?」
『ワカッタ』
水底のディーネの姿は消えた。
魚でもいるのかとクレアが寄ってくるので、岩の下にいたザリガニを見せたら悲鳴を上げて逃げた。
ボクはディーネが見えた川面を見る。
……少しだけど、外と繋がった。おそらく、外から流れる川の流れを制御する程に、結界は完璧ではないのだ。
川が外界への窓だ。これは誰にも気付かれないようにしないと。
「リア様、お魚をとるなら道具がいりますよ? 手づかみは無理ですよ?」
王子の事を考えていたら、魚をつかまえようとしているのかと聞かれた。
ボクは恋する乙女の筈なのに、食べ物の事を考えていると思われる不思議。
……魚釣りをしてみたいな?
そうだ、川に接していたら、ディーネ経由で出る方法が分かるかもしれない。
これは魚釣り目的と言って、道具を貸して貰おう!
◇◇
館に戻り、アルマに聞くと、釣竿と網を貸してくれた。
「どうやって魚を持って帰るの? 袋とか無いの?」
「最初は釣れないだろうし、いらないと思うよ?」
真顔で言われた。
そう言われると、意地でもつり上げたくなるな!
クレアは採取した草をなにかしないといけないらしく、館に戻った。
……あれ、これ単独行動ありかな? 連絡取りやすくて助かるぅ。
釣竿を持って小走りでさっきの川原に行くと、川の端には名無しが鎮座していた。
ディーネと話が出来ると思ったのに、がっくりだ。
「……なんでお前がいるんだよ?」
「釣り初心者に釣りを教えてやろうとしたのに、何故そんなことを言われるのか、心外なんだが?」
……コイツがいるなら連絡とれないじゃん?
連絡は早々に諦めた。
おとなしく名無しに従い、虫を探して針に付け、岩に座って川に竿を垂らす。
しばらく待つが、魚は針にかからない。
イライラしていたら、名無しに頬をつつかれた。
「姫はあの王子の所に帰りたいの? なんで?」
「勝手に連れてこられたからな、そりゃ帰りたいよ?」
……ウヒィ、なんでいきなりこの話題になった? ディーネに連絡を取ろうとしていたことが、ばれてるの?
ドキドキしながら川面を見ていると、名無しはフゥとため息をついた。
「小国のお姫様は、帰ったら大国の王子様と結婚するの?」
「……うっ」
そのつもりだった。
公女様も後宮の人も歓迎してくれていたし、父と大公がよしと言えば、スファレ王子との結婚は大丈夫な筈。
でも、名前も名乗らない人には教えない。
「ひみつ」
「いや、地下で膝枕して抱擁するとか、ひたすらにイチャついてたじゃん? 聖王子って歩く人形とか言う噂だったのに、見ると肉食系な感じじゃん? お姫様大丈夫? 頭から食べられちゃわない?」
「覗き見とか高尚な趣味をもってんな? このくそジジイ」
「不可抗力だしー」
名無しはフンと開き直る。
そのまましばらく黙って、川の流れる音を聞いていたが、名無しはポツリと話し出した。
「最初に謝っておくわ、姫はもうヘリオニアの王子とは結婚することは出来ないよ」
「えっ、何で?」
「だって誘拐されちゃったじゃん、もう傷モノじゃん、大国の妃に迎えられる筈ないじゃん」
……誘拐したのコイツだよな? コイツのせいでボクは傷物で、もうスファレ王子とは結婚出来ないってこと?
名無しは言いにくそうに、ボリボリと頭をかく。
「あのなー、元から小国のお姫様じゃ、大国の妃は無理だったんだよ」
「うん、聞いてる。だから王子と公女様が暗躍して、ボクにあることないこと尾ひれを付けて飾っていたよ」
それは、スファレ王子に精霊視を与え、夢魔から命を救い、そして花冠の大会で目立てばオッケーとかだった筈?
「お姫様は聖王子の事を、どれくらい知ってる? 王子の父親が平民って知ってるの?」
「知ってるよ? 王子とは試練で一緒だったから、父上の記憶を分けて貰ったんだ。優しくてとってもいい人だよ」
「一緒に入ったのか……ズルじゃん」
聖獣王が一緒じゃないと入れないって言ったからだもんね、ズルじゃない。
「まあいいや、その、後から聖王って呼ばれた、森の子どもね? その子どもは平民というよりも、孤児で森の中で暮らしていたから、ムストニア王家では人間扱いされてないんだ」
「あんなにいい人なのに?」
「王家の人間は平民の人格とか見ないからね? 血筋をとーっても大切にしているからね? って、その王家のお姫様は何で知らないんだろうな?」
……えー、だって母上はヘリオニアの下のほうの貴族だし、父上はその母にベタぼれだし、うちは大公しか血とか重要視してないよね?
「聖王子が公女の息子だとしても、その父親のせいで、聖王子には王位継承権がとても低いんだ。ほぼ無いと言っていいくらい、彼は王座につく可能性が低い」
「へー、そうなんだ、初耳」
……じゃあムストニアに来て貰える? いや、王子は南北合併を狙ってたっけ?
王子が精霊王の称号を求めるのは、ボクの地位の確立って言っていたけれど、あれは王子自身の地位が低いという事も含んでいたのか。
「継承権のない王子でも、正当な王家の血を引いた一粒種で、しかも四大精霊の加護付きだ。だからヘリオニア議会は、自分達の血縁の令嬢と聖王子を結婚させて、自分等の言いなりになる加護付きの子どもが欲しかったんだな」
「ワガママー、人権ムシー!」
「なのに王子はヘリオニアに無関係の小国の姫を選んでしまった。しかもこの姫も四大精霊の加護付きと来たら、勢力図が変わって、聖王子本人の継承権が爆上がりなワケだ。これで、ムストニアの姫の殺害計画が出たわけ、これで色々理解できた?」
「理解したくないけど、理解したー……」
ヘリオニアの今の王さまたちは、スファレ王子を王さまにしたくないから、ボクを殺そうとしたの? スファレ王子はいらないけど、その子どもは欲しいとかさー、もー、ヤダこの島ー。
「これを踏まえてもう一度聞くよ? 外に出たい?」
「……出たい」
「ええ……マジで? 外には平民の命なんてゴミと思ってる魔物のような人たちや、精霊の窓を潰そうとする人間がウヨウヨいるのに、それでも外に出たい?」
「出たい、いや、出る。そんなところにスファレを置いておけない、また人形みたいになっちゃう」
「……ヒュー、愛だねー、それは愛だよー」
名無しは口ではからかうが、常に細い目をさらに細めて、眩しそうにボクを見た。
なんとちゃかされようが、スファレ王子は心配だもの、ボクは絶対に外に出るぞ!
ボクは一度竿を引いて、また虫をつけて川に向かって投げる。
もう、名無しが変な話をするからイライラする。釣りどころじゃない、一刻も早くスファレ王子とお話したいのに、名無しが邪魔だ!
「せっかちは釣りに向いてないよ?」
「うるさい! やってみたかっただけだし、魚を持ち帰るのが目的じゃないからな!」
「……マジか、食いたいから釣ってるんじゃないのか」
ちょっと呆れられた。
ボクの言葉は、飢えたことのない裕福な王子様的発言だったかもしれない。(断食は別)
「もしかして魚は必要だった? あると夕飯に役立つ?」
「そりゃあ、あるに越したことはないよ、まあお姫様が釣って帰るとは、誰も思ってないが」
……アルマにも言われたけど、名無しにも言われた。虚しい。
『私が取ってきてあげるー』
サラはボクの肩から離れ、フワフワと川の上に飛んでいった。
何をするのかと思いきや、サラは水に向かって火の玉を投げた。
サラの出した火の玉は、水にぶつかると、ドーンという轟音をたてて、派手に水柱が立った。
バシャバシャと雨のように降り注ぐ川の水を浴びて、ボクは呆然としていた。
爆発の余波がおさまると、辺りは静まりかえり、川の表面にはプカプカと死んだ魚が浮かんだ。
サラは誇らしげに胸をそらしているが、褒めていいのかイマイチ分からない。
困った顔をした名無しがサラに苦言を呈した。
「サラは美人で魅力的だけどさー、生態系ってしってる?」
『知らなーい』
「サラの力は強すぎるから、川に棲んでる生き物が全部死んじゃうんだ? もうやらないでね?」
『アズリアが許可したー』
「えっ? 許可してないよ?」
ギロリと名無しににらまれたが、してないものはしていないのだ。
ひとまず網で浮いた魚を回収し、タライに詰めた。
よく見たら、足に蟹がへばりついている。
蟹を捕まえてみると、まだ存命で、元気に足をバタつかせていた。
「沢蟹って飼える?」
「飼えるけど、エサはミミズとかだが、お姫様は調達出来る?」
「ミミズは土を掘れば出てくるよね?」
「お姫様なのに、ミミズをとりなれてるの?」
「庭にいるじゃん、ミミズもカエルもモグラもセミも」
「ひぇ……」
……なんだろう? クレアに続き、名無しのお姫様像を破壊した気がする。
ボクはタライに入っていた魚を上着にくるんで名無しに渡す。空いたタライに川の水を張って、沢蟹を入れた。
水をこぼさないようにそろそろと歩いていると、足の下から木が生えて、ボクの体を緑色の光で包み込んだ。
……えっ、なに?
気が付くと、景色に川は見当たらず、細長い建物の中にいた。
しかも、背後から名無しに捕まえられている。
『今のは、ガジュのてんいだよー』
頭の上でサラがのんきに解説をしてくれる。
転移すると燃えるサラの精霊魔法とは違い、他の子の転移はいいなと思う。
名無しは早々に塔から出ていき、タライを持ったボクはその場に取り残された。
『アズリアー、ちなみに今アズリアが持ってるの、ディーネの眷属だから』
「へっ?」
あの爆発を生き延びた、運のいい可愛いヤツだと思ったら、ディーネ関連だとは。
……ミミズ掘って労おう。
沢蟹もミミズも、クレアの不興を買い、沢蟹はボクの部屋で飼うことになった。
ミレイにあげたかったけど、ディーネ関連だからこれでヨシ。




