3-8、水のあるところには注意が必要
サニアが何かをするんじゃないかと、心配して館を飛び出して来たが、実際に来てみると、老人を見送っただけらしい。
ボクはサラに方角を聞きながら、姿の見えない老人の後を追い掛けた。
「おじさーん!」
川の流れに遡り、傾斜を登っている老人を見つけた。
「おや、ボウズか、あの女の人に若木の事を聞いたか?」
「うん、聞いたけど、それは聖地に問い合わせないと動かしかたが分からないから、後日手配するよ」
「そうか、聖地の精霊王に聞くのをオススメしておくよ」
「うん、聞いてみる」
老人の後を追い、山道を登っていて不思議に思う、この先には何があるのかな?
「おじさん何処へ行くの? 街道から離れているよ?」
老人は、握っていた手を広げ、手のひらサイズの精霊石をボクに見せた。
「おっと、触るなよ。これはワシの作った石で最も危ないものだからな」
「危ないんだ、それをどうするの?」
「これは、名のある精霊を封じた石なんだよ、いい加減解放してやらんと、聖獣王に迷惑だからな」
サラは顔が触れるんじゃないかと言うくらい石に近付き、フンフンと首を縦に振っている。
『トルドね、最近見ていなかったけど、こんな所にいたんだ?』
「へー、トルドって名前なの』
老人は凄い形相で振り向いた。
「お前さん、何で分かった?」
「えっ? 精霊が教えてくれたけど?」
しまった、また独り言を言ってたか。気を付けなくれば。と、口を閉じた。
次は頭の中だけでサラと話をする。
……ねぇサラ、精霊を解放って何をするの?
『さあ? 契約を履行すればいいんじゃないの?』
「トルドは雷の精霊だっけ? じゃあどこか雷が落ちてもいいところに落とせば終わり?」
『トルドは契約から解放されるけど、それを履行出来る術者はいるのかしらね?』
「なにそれ?」
『多くの霊力が必要だわ、あの老人の力では足りない』
それを聞いてボクは、老人の手を引っ張って止める。
「おじさんのレイリョク? なんか知らないけど能力的な数値では、その石を使えないって、危ないって!」
「お前さん、そんなことまでわかんのか」
そこで、背後からサニアの声が聞こえた。
「そこの悪ガキー! そこで止まれー!」
……何か知らないけど、サニアがメチャクチャ怒ってんな?
サニアの顔が真っ赤なのと、目の周りか黒くてとにかく怖い。
ボクは慌てて老人の背後に隠れた。
「あー、いや、もう……山道ツライ……」
ハァハァと、肩で息をするサニアはかなりお疲れだ。
老人はズボンから布を取り出し、川の水で濡らしサニアに渡す。
「お前さん、化けの皮が剥がれておるから、子どもが怯えとる」
「えっ、ああ! 泣いたからメイク落ちたか!」
サニアはお礼も言わず、濡れた布で顔を拭いた。
化粧が落ちたサニアは、目元がシャープでなんか凛々しい感じだ。
「サニアって、眉毛無いんだね、バルバスさんも無いし、なんか眉毛を剃るルールがあるの?」
「眉は特徴を変えやすいからですが、まあ私の顔の事に触れるのはマナー的にナシですよ!」
「ヒエェ……こわぁ……」
……なんかサニアに怒られる事をしたかな?
老人の後ろで震えていたら、老人はボクをサニアに差し出した。
あんな怖い人に近付きたくないと、ボクは老人の腕に巻き付く。
「アズリア様、帰りましょう、私たちは若木の対処をしないと」
「サニアが怒っているのでムリです、あと、おじさんの持っている石はとても危険なので、安全を確認してから帰ります」
「何故子どもに危険物を見せた……?」
サニアの目が怪しく光る。
これには怯え、おじさんとボクはふたりで身を寄せあった。
サニアはケッとうめき、頭をボリボリとかく。
「あーっ、もういい、全部話す! アズリア様、その男はその石の中にいる、雷の精霊トルドとの契約を果たさないといけません、あの石は大変危険なので、村や人のいる場所で起動するのは危険です、このままひとりで行かせてください!」
「それを聞いてボクがうんって言うと思う?」
「聖王子なら素直に聞くんだけど……?」
……いや、そこで頭の良い理想の王子様みたいな人を持ち出されても困るよ?
「この石は多くの人で一緒に使わないと、起動した人が死ぬかも知れないって! だから若木と一緒に聖地で相談しよう?」
「うわー、アズリア様が知識を得てちゃんと考えてるー、くっそ、精霊の加護め……」
……なんだろう、全く褒められている気がしない。サニアはボクを騙して、おじさんひとりで危険な石の責任をとらそうとしているな?
ボクはハイと手を上げて言う。
「ボクに分かるように、ちゃんと説明してください!」
「ハァァァァ!」
川の音に負けないくらいの音量で、サニアはため息をついた。
◇◇
川のそばの岩に腰掛け、ボクとサニアと老人は話をした。
「なるほど、戦争の時にこのおじさんの作った道具で、サニアの知り合いや、スファレ王子のお父さんが死んだんだ?」
「まあ、おおむねそんな顛末です」
「どうして道具を作った人が、悪人の責任を負わないといけないの?」
「……うっ!」
「たとえ危険な道具があっても、使った人が悪いよね? おじさんは別に悪くないよね?」
サニアは膝に頭をつけて呻いた。
「アズリア様はこの件に関係無いじゃないですかー、横から口を出さないでくださいよー」
……あっ、サニアが現実逃避した。ボクの意見に反論出来ないんだな?
「作ったから、持っているからで罰を与えるのはボクんちのオッサンと同じだからね? サニアのこと、軽蔑するよ?」
「お子さまに正論パンチされるのツライですわー」
「……なあユーサニア」
そこまで黙って聞いていた老人が口を開いた。そしてサニアでなくユーサニアって呼んだ! やっぱりお父さんじゃん!
「ワシは今まで勘違いをしとったようだ、このボウズは女の子なんだな?」
「……ウッ!」
「さっきまではずっと男の子だと思っていた、でも、今着ている服を見て、違うのではと考えを改めた」
サニアは何も言わずに立ち上がり、ボクの外套の中を確認する。
ボクの着ている寝巻きを見たサニアは真顔で聞いた。
「夜はお姫様をされているんですか?」
「これ、マディンの嫌がらせです! こーゆー寝巻きなら外に飛び出さないだろうって!」
「あらまー……それはイイ事を知りましたわぁ」
「……!?」
サニアの目が細められるのを見て、背筋に悪寒が走る。
「ではアズリア様、ここは裁量を当事者におまかせするってのはどうでしょう?」
「当事者?」
「この件で亡くなった方は無理ですが、生き残った方が許せないって言ったら、部外者のアズリア様は手を引いてくださいな」
「それは、バルバスさん?」
「あの大男は自分では判断しないので、他のかたですわー」
まあそうなるのは仕方がないか、サニアは旧教会派だから、精霊石を作れるってだけで捕まえたりはしないだろうし、ヘリオニアにいる公女様や聖王子に任せる方がいいか。
「じゃあ、呼びますよー」
サニアは空に向けて、小さな石を掲げた。
「マスター、面白いからちょっぱやで来て!」
「待て! 何故ここに呼ぶんだ?」
おそらくボクの声もくっつけて、光の精霊は空を飛んでいった。
……迷惑度が半端無さすぎる、そして遠い!
「今聖地にいるからすぐ来ますよ、川を下ればいいだけだし」
「主人の扱い酷いな?」
「主人じゃないもの、主人の子どもだもの」
……サニアさんの主人は公女様、確定!
ガサリと、背後で草を踏む音がした。
振り向くと、ちゃんとした格好のスファレ王子が川辺に立って、こっちに向かって歩いてきている。
「……はやっ?」
逃げたいという気持ちと、やはり会いたいという気持ちがごちゃ混ぜになり、ボクは老人の背後に隠れた。
「こんばんは、アズリア殿下、先日の通信以来ですね」
「はいい! 聖王子もつつがなくおすごしのこと大変うれしくおもいます!」
親に習った挨拶が終わり、気が抜け、地面にしゃがんで丸くなった。
「聖……王子? そしてこっちも殿下なのか、お前さんはまさか、ムストニアの姫殿下なのか?」
「……聞かないでください、私は今、石になっています」
聖王子は老人と握手をした。
「サニアの本当のお父上ですね、私はスファレ・ヘリオニアと申します、母に仕えるサニアには、常にお世話になっております」
「聖王子……お元気そうで何よりです、私は……王子に、聖王に、ただならぬ迷惑を掛けた……」
「状況は理解しておりますよ、水の近くで話されていたので、失礼ながらずっと聞いておりました」
……そうだね、ずっと川の側にいたね! 水の加護って便利!
「先の戦では、ワシの作った精霊石が敵に渡り、精霊を奉ずる教会を一瞬で壊滅させてしまったのだ、今からその罪を果たすことを、お許しいただきたい」
「いえ、許しませんよ?」
「ハッ?」
ニッコリ笑って許さないという王子を、周りは驚いて見つめた。
「そこで丸くなっている姫君は、悪法により人が死ぬことをとても恐れています。ここでサニアの父上に亡くなられたら、私は彼女に嫌われると予測出来るので、貴方の自死は見逃せません」
「いや、聖王子の父上や、教会がだな!」
「父上の死と貴方は関係がありませんよ?」
「はぁ?」
スファレ王子の父上は責任を取り処刑されたといわれているので、戦争の中、精霊石によって命を落としたわけではないらしい。
そして、もしその精霊石がなくても、大陸から来た敵は、早かれ遅かれ教会を殲滅しただろうと。
「これは戦争の終わるタイミングが早まっただけですので、武器の製作者の問題ではありません。武器は人を傷付けますが、それは傷付けた人の責任で、武器を作った人の責任ではない」
……流石スファレ王子! 理屈でなぐるタイプ!
顔を上げてこっそり手を叩いていたら、王子と目が合った。気まずい。
「夜の川辺で話すのは心ともない、今から聖地に赴いて話しましょう」
「えっ? 聖地はマディンに聞かないと怒られるよ?」
「すぐに着きますし、帰りも送りますので」
「ええー?」
スファレ王子はみんなを川に誘導する。
川を流れていた水は、ボクらの周囲に円形に溜まりはじめ、水で四人を包むと、パシャリと鳴り、風景が変わった。
◇◇
「あー、水のんだ……」
スファレ王子はなんと、四人いっぺんに水の精霊魔法で聖地に移動した。
濡れるけど、焦げないで移動できる水の加護は便利でズルいと思う。
「あはは……ビチョぬれだ……」
サラの火の魔法で移動する時にボクは焦げないので、水に濡れるのがとても不思議だ。
……っていうか、ボクはひとりでサラに移動して貰えば濡れなかったな。
『いや、アズリアのパワーじゃここまで飛べないから』
「王子は四人運べるのにズルくない?」
『アズリアレイリョク無い』
「……くぅ」
手からポトポトと水を滴らせながら幽霊のように歩く。
「サラー、乾かして……」
『えー、ぐしょ濡れアズリア気持ち悪い、近寄りたくない』
ばっちいものを見る目で蔑まれた。ヒドイよ?
周りを見ると、毎度おなじみの聖地の祭壇である。
よくわからないけど、世界樹とか世界樹の若木といった、精霊界への窓がある場所には転移しやすいのかもしれない。
祭壇は夜なので、松明が煌々と燃えている。
同じくびしょ濡れサニアは、スカートの水を絞っていた。
スファレ王子はひとり先に動いて、長老と話していたが、向きを変えて歩いてきた。
「ディーネ、三人の服を乾かしてください」
「うええ?」
ボクとサニア、サニアのお父さんの服から水が抜けて宙に浮かぶ。
三人の服から抜けた水はひとかたまりになると、パシャリと地面に落ちて染み込んだ。
……そうか、王子は濡れないから、ボクらが濡れている事に今気付いたんだ。
「ありがとうございます」と心の中で感謝するが、直接口に出す勇気は無かった。
ボクは外套の前を手でがっちり握り、長老に挨拶をする。
長老はボクらの突然の来訪を歓迎してくれた。




