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2-13、精霊王の試練(5)


 もうもうと、辺りには煙が立ち込めている。


 ここは私の生まれ育った教会だ。

 司祭と信者、そして精霊たちの集うのどかな教会は、鉄と雷撃と爆薬に蹂躙され、見る影も無かった。


 私は腕の中にあるとても大事なものを手離せずにいた。

 それを失う事は、私の世界が全て消え去り、崩壊するのと同じだった。


「……ははうえ、ははうえなら助けてくれる」


 私にとっての母は、ひどく恐ろしい存在だった。

 母は教会にいるときも、貴族が着るようなドレスを身に纏い、優しい教会の人たちとは殆んど関わらない、冷たい人だった。


 優しい父上は全ての人を等しく愛しなさいという信条の持ち主だったので、怖い母も等しく愛していたようだが、何故そんなに心が広いのか、私には分からなかった。


 ……重い、立てない。


 腕の中の私の生命線。とてもとても大切なものは、とても重くて、持ったまま立ち上がる事が出来なかった。


 ……こわい人に奪われる前に、逃げないと……でも、隠さないと取られちゃう。


 母のいる後宮までの道は覚えている。

 私の足だとたどり着くには日が暮れるだろうが、ここに来たときのように、隠れながら行けば大丈夫。


「……問題は、これが重すぎること」


 歩くときの補助具として使っていた、車輪のついた手押し車に乗せたらどうだろう? 押すのならば、重い荷物も運んでいけるかも?


「でもだめ、ここに置いてはいられない」


 遠くから、ドカドカと人の足音が聞こえた。

 教会の人は鉄の装飾をつけないので、カチャカチャと鳴るのは鎧を纏った兵士だ。


 ……見つかるわけにはいかない。


 私はとてもたいせつなものを、転がして、椅子の下に隠し、礼拝時に膝にかける膝掛けで完全に隠した。


「ひとりにしてすみません、ぜったいにたすけにきますので、待っていてください」


 たいせつなものの場所が分からないように、椅子に隠れながら、祭壇裏の入り口から通路に飛び出した。


 そのまま、兵士の脇をすり抜け、通路にある小窓から抜け道に入る。


「あっ、まだ教会の子どもが隠れておりました! ここから入って逃げたぞ!」


 ……見つかったけど、これでたいせつなものは安全だ!


 私は母上がたまに使う部屋に入って、ベッドの下に隠れた。

 母はここには来ていないのに、部屋の暖炉に火がくべられ、部屋はあたたかかった。



 突然教会に武器と火薬を持って現れた人たちは、武器を持たない教会のひとたちを次々と殺して行った。

 彼らは人を殺すだけでなく、教会にあるお金や高価な物品を根こそぎ盗んで行った。

 そんな悪い輩が、この国の公女の部屋を狙わないわけがない。

 私が隠れているのも知らずに、悪人は母の部屋を荒らしはじめた。


 棚という棚は全てひっくり返され、大量にあった母の本も根こそぎ持っていかれる。


 ……本をソマツに扱うと、母はとても怒る。


 ただでさえ恐ろしい母親が、怒り狂う様を想像して、ぶるりと震えた。

 すると、ベッドに頭をぶつけて、ガタリと音が鳴った。


「誰だ?」


 悪人は私の髪の毛をつかんで、ベッドの下から引きずり出す。

 鎧を着ている輩の顔は全て黒く塗りつぶされ、誰が誰だか分からない。

 そのなかでもひときわ高そうな鎧を着ている男が私を見て呟いた。


「……聖王そっくりじゃないか、少しもレイティナに似ていない」


 悪人は父と母の名前を出したので、顔見知りなのかもしれない。

 今まで、自分の母親の名前を呼び捨てる人間はひとりもいなかったのに、変だなと思う。


「聖王子は加護持ちだ、殺さずに王宮に戻す」


 私の顔を見て驚いた男が指揮を取っているのか、悪人は男の言うように本を箱に詰め、外に運び出していた。


 ……指揮者の顔が、黒く塗りつぶされていて良く見えない。


 悪人にベッドの下から引きずり出されたが、私はそのままベッドに縛り付けられた。


 男は運ぶのを手伝わず、暖炉の前で本をめくってニヤニヤしている。

 母の部屋の物色か終わった知らせを聞いて、男は立ち上がった。


 母の私物が盗まれるのを見ている事しか出来ない私に、そいつはニヤリと醜悪な笑みを浮かべた。


「……ははのほんを、どうされるつもりですか?」

「流石、レイティナの子ども、この歳でしゃべるのか」


 男は本を懐にしまうと、私の頭をつかんだ。


「公女様の本は、もちろん公女様にお返ししますよ、聖王子」

「いいえ、あなたの言うことは信じられません、母はその本をとてもだいじにしています、お腹に入れた本もちゃんと返してください」

「大切にしていた? この本を?」

「はい、とても」


 そうか、と男は嬉しそうに笑う。

 その男は盗賊ではなく、母に頼まれて、私の身柄と私物を回収に来たと言う。


「ウソだ、あのよろいの人は、ムテイコウな教会の女性をころしていた」

「聖王子は善悪をご存じない、この教会は悪人の巣窟なのだから、殺されるのも仕方がない」


 ……悪人? 教会の人が?


 毎日顔を合わせていた、優しい女の人や、えらい司祭の人が悪い人だとはとても思えない。


「この国のえらい人が、この教会に集う人を悪人と決めたから、仕方がないのだよ」

「悪いことをしていなくとも、悪とよばれますか?」

「いかにも」


 ここにいるだけで悪人と呼ばれるのなら、ここで人をころしているコイツらは、極悪人ではないだろうか?


「では王子、母上の所に帰りますよ」

「私はここに残ります、まだ探している人がいるので」


 礼拝堂の、椅子に隠したものを拾わないと帰れない。

 だだをこねる私を、その男は乱暴につかみ、ズルズルと床を引きずった。


「イヤです! 私はどこにも行きません!」

「ガキ! 言うことを聞け!」


 男の後ろにいた輩が、苛立ちながら、私を足蹴にした。

 本を盗んだ男は暖炉の前に立ち止まり、じっと火を見ている。


「聖王子、何が正しくて、何が間違っているのかを、ここで教えてさしあげる」


 赤く照らされた男の顔は真っ黒で、口だけがニヤリと歪んでいた。

 男は暖炉から火かき棒を抜き、赤く燃えるその先端を、私の手の甲に押し付けた。


「キャァァァ!」


 左の手の甲が熱く、衝撃的な痛みが体を走る。自分の肉の焼ける臭いがして、ぐったりと床に伏せると、男はもう一度私の手を焼いた。


 二度目は悲鳴を上げる力は残っていなかった。

 あまりにも衝撃的な痛みに気を失い、私の意識はそこで途絶えた。






「目に映る、全ての人を愛しなさい」

「スファレには加護があるようです、そのように振る舞いなさい」

「聖王と聖王子をお守りします」

「あなたにこれを貸してあげる」



 頭のなかに、出会った様々な人の姿と声が浮かんでは消えた。

 おそらくこれは、走馬灯と言われるものだろう、私はやっと父の後を追えるのだ。と、地面に伏せて、浅く息をしていた。


 ――ビビビィッ!


 伏せている私の横で、布を裂くような音が聞こえた。

 何かと思い、顔を上げる。

 見るとそこには、上着を脱いだアズリアが、シャツの前部分を歯で引き裂いていた。


 アズリアの頬は涙でびしょ濡れで、鼻水をすすって、必死に私の手に布を巻いている。


「待って、まだ動かないで、その手が痛すぎて、涙が止まらない……ずずっ」

「いや……なんですかこれ、何故教会にあなたが?」

「もう教会のシーンは終わったみたい、今はまわり真っ暗」


 シーンが終わった? 真っ暗?


 アズリアのいうとおり、なにもない空間に、私とアズリア姫だけがいる。

 真っ暗なのに、お互いの体は見えるのが不思議だ。


「……いや、なんでシャツの前を破くんですか、あり得ないでしょう?」

「いや、上着を破こうとしたんだけど、布が頑丈すぎて、シャツしか破けなくて」


 私はおきあがり、左手に巻かれたアズリア姫のシャツを取った。

 傷は遥か昔に治っているので、今包帯をする必要はない筈だ。


 暗闇の中で、私の手の甲に✕の焼き印が残っている事を視認した。



 少しだけ過去を思い出したからだろうか、胸元にズシリと重い、大切なものの感触が残っている。

 その大切なものは、二度と私のもとには帰って来なかった。

 そのせいか、私は母の元に戻っても、鞠を常に持ち歩いていた。


「いつから、鞠を手放せるようになったのか、記憶にないな……」


 胸の前で鞠を抱えるように、手を丸くしていたら、アズリアが頭を差し出す。


「お前弱ってるんだろ? 痛い思いをしたもんな、また頭をギューッてしておく?」

「そういったことは、上着を着てから言ってください」

「ああ! 脱いだのを忘れていたよ、ありがとう」


 アズリアは地面に放り投げていた上着を拾い。キッチリとボタンを閉めた。


 自分で着ろと命令してから、それを残念に思う矛盾。


「なんか不満そうだな? 破けた服はもう見えないだろ?」

「いえ、どうせ抱きしめるなら、シャツの方が良かったなと、後悔いたしまして」

「なんで?」

「シャツの方が布地が薄いですからね」


 思った事をそのまま口に乗せて、はたと気づく。布が薄いほうがいいとは、ベストは素肌ってことだ。それはセクハラだ。


「すみません、多少混乱いたしておりました、そう、真剣に悩まないでくださいね!」

「うん、うん、そう、分かった! そう伝える!」

「……何ですか?」

「先程の言葉を審議した結果、そーゆーことは外に出て、安全を確保してからいたしなさい、出来ればちゃんと、しっかりしなさいと、熱烈に応援されました!」


 ……応援? 誰に?


「ああー、違う違う、独り言だから、自問自答みたいなものだから、忘れて!」

「意味不明すぎますよ、相変わらず理解を越える言動をする……あれ、試練はどうなりました?」

「あ、ここは第三の試練です! ボクは多分、お前の意識が作り出した幻覚だな!」


 ……幻覚が私の想定を越えてたまるか!


 逃げ出そうとするアズリアの手をつかんで引き寄せる。

 アズリアはつかまれてないほうの手をブンブン振って、大きな声をあげた。


「聖獣王ー! スファレくん元気になったよー! 僕たちをここから出してー!」

「迂闊に神を使わないでくださいよ!」


 発言に驚いて、アズリアの口を押さえてその身を引き寄せた。

 口と鼻を手で塞がれたアズリアが苦しそうなので、手を離す。

 至近距離で、アズリアの大きな目がパチパチと瞬いた。


「あの……ごめんね?」

「何がでしょうか? 全部分かるように説明してください」

「お前の試験にボクが介入したから、ボクもお前も失格になっちゃった」


 テヘッ! っと、舌を出して笑うアズリアはとても可愛らしかったが、内容が酷い。


「もしかして、アズリア様はひとり先に合格されて……? 死にかけた私を見て救いに来た、その結果、ふたりとも失格に……」

「驚異の理解度!」


 何故か喜んでいる、アズリアのこめかみを拳で挟んでぐりぐりした。


「なにやってんですか! アズリア様が受かったならそれでいいではないですか? 私には元から加護がありますし、片方だけでも十分に……」

「お前が死んでも?」

「……なるほど、理解いたしました」


 ……試練に合格したアズリアは、ゴールから私の現状を見て、助けに来たのだ。


 私は肩を落とし、その場にしゃがんで地に伏せた。


「あの、本を盗んだ男、あいつが現況だ……たかが手に焼き印されたくらいで気を失い、私のこれからの人生全てをふいにした…」

「大丈夫、だいじょーぶ……」


 なでなで、と、頭を撫でられる。

 顔を上げると、アズリアは頬杖をついて、笑って私を見ていた。


「生きてるだけでまるもうけー! だよ! 生きてさえいればなんとかなるし、ふたりでなんとかしよう!」


 ……無軌道、無計画すぎるのに、笑顔がとても可愛いのがいたたまれない。


 私はガシッと、アズリアの手をつかんだ。


「この恩……いや、償いですね、私の一生をかけてお返しします」

「一生って、プロポーズだろ、そんなことを言うと、中の人が喜ぶので控えておくれよぅ」


 恥ずかしそうに顔を歪めて、でもどこか嬉しそうにしている。


 ……何でだろう、何かが変わった?


 正体は分からないが、試験明けのアズリア姫の内面に変化が起きている。


「少し、お変わりになられましたか?」

「えーっと、ハイ、少し成長しました。これからはダブルアズリアの時代ですよ!」


 ……意味が分からない。


 いや、分からないからこそ、ひかれるのであろうと、私はその人の頬を指の裏でなでた。



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