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1-3、ボクのお腹は満たされない


「……だからアズリア殿下には毎日のように言っておりますのに」

「うへぇ」


 自室の大きな鏡に映るのは、徹底的に洗われて、香油を付けられた金色の巻き毛の王子様……というかボクで。晴れた空のような色の瞳はお疲れモードでくすんで見える。


 それもこれも、昨日は精霊に遊ばれて、午後の予定を全部すっ飛ばしたせいだ。

 お陰で祭の衣装合わせが早朝に行われている。しかも昨夜は夕飯抜きで、朝食も衣装合わせの後らしく、背中とお腹がくっつきそうだ。


 グゥと鳴くボクの腹の虫の音を、乳母は徹底的に無視して、ボクに小言を言い続けていた。乳母はボクの耳にタコを作る趣味があるに違いない。


「はい、しゃんと立って、最終確認!」

「ハイハイ」


 鏡に映るボクの服は、普段着ている軍服とは違い豪華だ。

 白地に金糸の刺繍が入った上着に青いズボン。肩から飾り帯を斜めにかけ、さらに短めのマントで飾る。


「……ほほう、これは頭の良さそうな王子様ですなぁ。単なる王子様と呼ぶには、背丈と胸幅が心ともない、これはお子さま! お子さまの晴れ着姿!」


 鏡に向かって呟くと、背中をベチッと強打された。ばあやは既に六十歳越えだけど、元気で力も強いね!


「流石、母上を取り上げて育て上げた腕。太い、太ましい。いや、たのもしいな! 是非長生きしてください」


 背中の痛みをごまかそうと、乳母の二の腕を触って、肩をトントンと叩いた。

 おや、凝ってますねーと、乳母の肩をもみしだく。

 普段人との接触を禁じられているので、ボクの性別を知っている乳母は触り放題だ。ありがたい。


 肩もみに飽きて、小さくて太い乳母をそっと抱きしめると、乳母はボクの背中を赤子をあやすようにトントンと叩いた。


「リア様、お寂しいのは分かります。ただでさえバカ正直で嘘が苦手で、何でも顔に出る殿下がちゃーんと秘密を守れていることも、ばあやは大層感心していますよ」

「……褒めるならちゃんと褒めて」

「褒めているわけではありませんが、おいたわしいとは思っております」


 ……お小言二時間の次は、可哀想モードに入られた?


「アズリア様も、本来なら煌びやかなドレスを纏って、パーティーの花になるべきお方なのです」

「……ん?」


 乳母はボクの両方の頬を手で挟んで、ボクの顔をジッと見つめた。


「陛下譲りの王家の瞳の色。そして、王妃様そっくりの可愛らしいお顔立ち。今は畑の案山子のように短く刈られた髪も、ちゃんと伸ばせば絹糸のように波を描きます」

「……髪の毛長いのは面倒だな」

「王妃様があれだけお美しく、この島の花として栄冠を得ているのですから、そのお子であるリア様も花冠の乙女に選ばれておかしくはありません」


 カカンノオトメああれだ。南の国の美女コン。母上もばあやも南の国の出身だからここで引き合いに出てくるんだな? その美女コンを見たことが無いボクには凄さがサッパリ分からないがね!


「たとえ女として生まれたって、美女コンは嫌だなぁ、馬の品評会なら興味津々なんだけど」

「まあ乙女も馬も似たようなものですよ」


 興味がないと言ったので、乳母は不貞腐れた。乳母はボクの手から抜けて、散らかった服を片付け始める。


「……もうすぐです、もうすぐ……あと一年」

「何がすぐだって? ボクの入隊式とかかな?」


 床に落ちている糸屑や端切れを拾い、乳母に渡すと、乳母は体当たりをする勢いよくボクの両方の腕をつかんだ。


「リア様が十五歳になれば、精霊王の試しを受けられます、そうしたらリア様は本当の性別を明かしても命を取られる事はありません」

「ほお?」


 精霊王の試しとか初耳だな?

 精霊は大好きなので、その王様とかワクワクが止まらないな。


 精霊とか聖獣王とかは旧教の御神体で、今のウチの国でその名前が出てくるとは意外だ。


「試しということは試験だね? 何でそれを受けるとボクは殺されないの?」

「精霊王の存在が何よりも尊く、稀少だからです」

「えーっと、それは、とても難易度が高いということなのでは?」


 うちの国で一番頭が良いのは、王の兄であるデュアン大公だ。

 法案を作るのもごり押しするのも大公で、大陸から新教を持ってきて、教会を一新させたらしい。

 ボクの父上は有能な兄を崇拝していて、大公のいいなりだ。


 父上は精霊の存在をちゃんと知っているのに、兄である大公が精霊を国から消すと言っても止めなかったのだから、その辺ちょっと情けない。

 さらに、ボクの父上もその有能な王兄も精霊王の試験を受けてないらしい。

 有能な大公でさえも逃げ出す試験とは、もしかして鬼難易度ってヤツなのでは?


「ちなみに、昔はいたのかな? 試験をクリアした人が」

「もちろんおりましたとも!」

「おお、それはお会いしてみたい」

「過去の精霊王がこの国にいたのは三百年以上前なので、既に故人で御座いますが、リア様はその血を引いておられますので大丈夫です」


 いや、血の問題なら父上も王兄も同じだろう、それは保証になってないってことだね!


「精霊の試験に受からないと、死刑か一生嘘を付き続けるって事になるんだな?」

「……左様で御座います」


 ……試験、命懸け確定!


 というか、王座にもイマイチ興味がない。出来れば回避したい。


「ボクがもしその精霊王の試験とやらをクリアしても、王座の裏に大公がいるから、操り人形確定じゃん、王様やだなぁ……かなりいやだ」

「リア様?」

「その試験に落ちたら、ボクは死んだって事にして、国外追放とかしてくれないかな? そしたら旅しながら働くからさ、南の国に行ったり、山越えして大陸横断とか……憧れるよね、旅」

「南に行くなら王妃様のご実家がようございます、が、受けても無いのに逃げることばかり考えられてもため息しか出ません」

「……あっ」


 ここまで二時間小言に耐えて来たのに、また始まりそうだ。


 ボクは式典用の礼服をそーっと脱いで洋服掛けに掛けると、いつもの軍服を着て自室を飛び出した。


 ……いやぁ、年を取ると心配性になるらしいけど、ばあやのは度を越えてるね!


 乳母の悩みの種が全部ボクっぽいのは棚に上げて、その謎の試験まで一年しかないなら、それに向けてがんばるしかないな!


「頑張る? 何を?」


 精霊王関連なら博士か図書室か。

 ひとまずは空腹が限界なので、勉強はまたの日にしよう!

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