1-1、IQが10違うと会話が成り立たない
夏の夜風がボクの頬を撫でる。
うちの国の城下町が見渡せる丘の上で、数名の従者に囲まれて、その中央にボクとヤツがいた。
「私を、貴方の生涯の伴侶にお選びください」
「……は?」
生まれた時から王子として生きて十四年、隣の国の王子様に求婚されたんだけど?
なんで?
全く訳がわからん。
ボクは生まれて初めて身につけたドレスの裾を握って、言われた言葉を何度も頭で繰り返した。
「ハンリョって何だっけ? 南特有の珍しい昆虫とか草とか」
「……言葉が難しすぎましたね、私と結婚しましょう、貴方を私の妻にしたいと言うことです」
……メッチャ分かりやすく言われた!
「ボク、王子様……なんだけど? なんで嫁?」
勘違いをしていませんかと聞いてみたら、うすーい笑みで返された。うん、わからん。コイツの表情から情報を読み取るのは無理難題すぎる。
ボクは困って、目の前に立つサラサラ髪の王子様をじぃっと見た。
王子様と言っても、彼はうちの国の南にあるヘリオニア国の王子様。明るめの茶色の髪で、金色の目をしているイケメン微笑み王子。
事情はよく知らないけど、何故か「聖王子」って呼ばれている、裕福な国の王子様。
対するボクも立場的には王子様。こっちは北側のムストニア国の王子。
おおやけには男という事になってるが、性別は女だ。でもボクが女だってことは、親と乳母と博士と主治医しか知らない。それくらいボクが女だってことは秘められている。
女だとバレたら命はないと、親からさんざん脅されている極秘事項だ。
……いや、どうしてこうなった? 今何故か女装してるから、ボクのあまりの可愛さに、家に持ち帰りたくなったとかか?
結婚したいと言うことは、好きだと言われているようなもんだ。いや、そんなことは一度も言われてないな、じゃあアレか、政略結婚的な、うちの国が欲しいとか?
「お前はボクの事をちゃんと知らないかもしれないから、一応言っとくね、ボクはアズリア・ムストニア、この国の第一王位継承者。平たく言って王子様だ。男だよ、男」
ビシッと騎士の礼をして格好つけると、微笑聖王子の口元が緩んだ。うん、ドレスを着させられているから、騎士の仕草をしても、カッコつかないよね、わかるー。
「申し遅れましたね、私の名前はスファレ・ヘリオニア、ここより南の国の第一王子です。と言っても、ムストニアと同じく一人っ子ですが」
「知ってる」
何故かみんなコイツの事を聖王子とかマスターとか呼んでるよな? 何か聖をつけないといけない理由があるのだろうか?
「アズリア様、貴方のお考え、全て分かりますが」
「……いや、声にしてないよ、お前は何でボクの心の声を受信してんの?」
「口の形でだいたい分かります」
「うわぁ」
油断大敵すぎると、思わず手で口を隠した。
ぐぬぬと唸りつつ、もう一度、大事な事を確認する。
「ボクもお前も一人っ子だ」
「そうですね」
「北と南、ボクらの国は敵対している」
「外面的には」
そうそう、大陸からはみ出したうちの島は、真ん中の聖地から流れる川を境に、お互い敵対している。
ボクが生まれた頃に長い戦争が終わって、お互いに不戦条約を結んだが、それでも国境では今だにいさかいの多い、両国あまり仲の良くない隣国だ。
「お前はヘリオニアの第一王子、ボクもムストニア第一王子で、たとえ……ボクが女だとしても、ボクたちは結婚するとか出来ないな?」
ーーよし、これで終わり! グウの音も出ない完璧な答え!
当たり前の事を言って、論破した気になったが、相手の微笑みは崩れなかった。
「出来ますよ」
「どーやってだよ!」
しれっと言い返されたので、悲鳴みたいな声が出た。
……あれ、これやっぱり侵略かな? うちの国狙われてる? 貧乏国だけど、なんか利点があるのか?
うーんと頭を悩ませていると、頭をポフポフと撫でられた。
「侵略する気は毛頭ありませんよ」
「ボクの心の声に答えないでくれる?」
ペイッと、撫でる手を払い、後ろに下がり警戒体制を取るが、ドレスの長い裾を踏んで転びかけた。
地面に手を付く前に、聖王子に抱えられる。
「軽いですねぇ、ご飯食べてますか?」
「怒られる事をしなければ、ちゃんとご飯は出ます!」
いや、連日親を怒らせてばかりで、最近絶食気味だが、まあ死にはしない。
「……身体の事を口にするのは、失礼にあたりますよ、マスター」
背後に控えていた、とても背の高い坊主頭の黒服の男性が、ボクから聖王子を引き剥がした。
「分かった、お前が何でとち狂った事を言い出すのか、この格好のせいだな?」
そう言いながら、踝まで届く長いドレスの裾をわしっとたぐりよせ、上着を脱ぐ要領でドレスを脱ぎ捨て……いや、脱げない。なんだ、ドレスってどーやって脱ぐんだ? 背中、なんか背中部分がひっかかって脱げない。
素早くドレスを脱いで、「お前が惚れたのはこのドレスだ、幻想だ、まやかしだ、ざまあみろ!」 と、ドレスを叩き付けたかったのに、ドレスのスカート部分を頭に被ってもがくだけに終わった。
なんだか全く状況が分からないが、北の国の第一王子のボクは、南の国の第一王子様に求婚された。
これは、ふたりの王子が障害を乗り越えて結婚するお話。(精霊魔法アリ)
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