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第9話「今度は私が」

 昼食時。


 懇親会の時期も終わって聖女候補達も使うようになった為、魔術師教習が始まった頃と違い大賑わいを見せていた。


 家柄が良さそうな候補達や召喚者達には給仕が就いており、彼女達に欲しいと言われた料理を魔術師見習いに交じって忙しなく手に取っていく。


 そういった給仕が居ない私とイゾルデは自分の手で料理を選んでいくのだが、この子はビュッフェという物自体が初めてで勝手が分からない為、どうすれば良いのか右往左往としていた。


「まずこのトレーを持って、それからカウンターに並んでいる料理を持っていく。一応は料理選び方にマナーがあるけど、うるさく言う人はいないから好きに取って大丈夫です」


「わ、わかりました」


 そういうと、イゾルデはパンやスープなどに手を伸ばしていく。


 私は肉類とパン、スープ、あとついでにスイーツ類。最終的にイゾルデの二倍は取ってしまった。


「あとは好きにテーブルへ座って食べる。食べ終わったらあそこの回収棚に返す」


「では……主よ、私達の心と身体を支える糧と与えてくださった、あなたの慈しみと明日も生きる事を許された祝福に感謝します」


 聖女候補から転向してきただけあって、食前の祈りを欠かさない敬虔な信徒らしい。


「いただきまぁす」


 対して私は日本式で短く口にするだけで、すぐに食べるのを始める。


 イゾルデにとってはそれが異様に映ったのか、目を丸くして私の方を見ている。


「え、えっと、アリサ様はお祈りはなさらないのですか?」


「ん? あぁ~、私が異世界の人なのは分かりますよね?」


「はい」


「今のいただきますって言葉が私の国ではお祈りみたいな物なんです」


「どのような意味があるのですか?」


「う~ん、こればっかりは人に依るんだけども、多くの人が思っているのは自分以外の命を食べる事に対しての感謝と、その料理を作ってくれた人。両方への感謝かな」


「命……でも、パンは小麦から作られているので、命ではないですよね?」


「そこはお国柄かな。パンの小麦一粒一粒にも神様――じゃなくて、命が宿っていると私の国では昔から考えていました」


 あやうく八百万の神々という概念を口にしてしまうところだった。


 日本は何にでも神が宿るから物の数だけ神様が居るという考えだけれど、これは一神教からしたら到底考えられない事だ。最悪、タブーに触れかねない。


「一粒にも命が……」


 そう言いながら、彼女は小さく白い両手でつかむパンに視線を落とした。


「それだけじゃなくて、パンを作ってくれた人にも」


「その考え方も、とても不思議です。食事とは主が与えてくださったものなのに」


「そうですね。確かに私達が食事にありつけるのは神様のお陰です。でもパンはそのまま小麦のままで食べないですよね?」


「はい。粉に挽いてから、こねて、焼きます。そうしないと、とても食べられたものじゃありませんでした」


 この子、小麦をそのまま食べたことあるんだ。茹でていないパスタの麺をかじっていたのを思い出すなぁ。


「つまり私達が美味しく食べられるのは、わざわざ手間暇をかけて作ってくれた料理人のお陰。その奉仕の心に感謝しましょうというのが私の国の考え方」


「とても……立派な考えだと思います」


「ただ、お金を払っているなら感謝する必要は無いなんて考えの人も出てきたから廃れてしまわないか私は心配」


「どの世界でも、教えを蔑ろにする人はいるのですね……」


 教えといえば教えなのかな。そう考えると本当に日本という国と民族は不思議だ。


 宗教的な考えが絶対という訳ではないけれど、しかし、生活やマナーには宗教的な考えが身に染みていて、モラルになっている。


 宗教を批判する考えが何度も現れるけれど、本当の意味で人心から宗教を切り離すのは不可能なのではないか? そう思えて仕方がない。


「あの、私もアリサ様の国のやり方でお祈りをしてもいいでしょうか?」


「どうぞ。単なる感謝の言葉だからご自由に。多分、背信にはならないと思います」


「では……イタダキマス……」


 片言の日本語で話す外国人というものを、私はこの異世界に来て初めて見たような気がする。


 そういえば何故私には彼女達帝国の人々の話す言葉が、日本語に聞こえるのだろう。


 もしかしたら、私が知らないうちにそういう魔術か祝福をかけられていて、自動翻訳がされているのかもしれない。


 あとでルストフェルトかエドガーに聞いてみようか。


「あら? そこにいるのはイゾルデじゃない?」


 そんな事を考えていると、耳にするや不快になる声色で隣に座る彼女に話しかける聖女候補達が現れた。


「まだ故郷に帰っていなかったの? 貴方、落第したんでしょう?」


 当のイゾルデは身を縮こませて、額に冷や汗を滲ませている。


 どの世界にも、エリみたいな手合いの人間というのはいるものだ。


「魔術師見習いになったの、本当だったみたいね! やっぱり聖女に向いてないからってすぐ信仰心を捨てるなんて、浅ましい女だわ」


 そうだろうか。彼女はとても敬虔な人間だと思う。こんなところで油を売って人を貶める人間の方が、よっぽどリガネ様の信条に反してるように見えるが。


「はぁ……」


 私はため息を吐きながら立ち上がる。


「あら? あなたは?」


「私はアリサと言います。女性の身ながら魔術師見習いでございます」


「まぁ、という事は日陰者同士がつるんでいた訳ね。魔術師は皇帝陛下のご厚意で生き永らえてるだけの人でなしだって事、分かっているのかしら?」


「あなた方の言い分は重々承知しましたので、今日のところはどうかお引き取り願えませんか? 主から与えられた食事を享受している最中ですので」


「あなた達異端にそんなものを口にする資格があると思って? どうしても食べたいなら家畜みたいに地べたで食べなさいよ!」


 そう言って、彼女はイゾルデのトレーに載せられたスープを地べたにぶちまけた。


 ダメだな、これは。到底、話し合いができる人間じゃない。


 イゾルデも完全に萎縮してしまって、何も言い返す事ができない。


 この前の私はバルドゥインに助けて貰えたけれど、彼から見ればこんな風に見えていたのかもしれない。


 なら、今度は私が助けてあげないとね。


「主よ、あなたが与えてくださった糧を無駄にしてしまう罪をお許しください。なんて」


「は? 何言って――」


 彼女が言い終える前に、私は手を振り上げて魔術……ではない単純な魔力の発露である魔法を発動する。


「きゃああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」


 その瞬間、局地的に風が巻き起こって意地悪な聖女候補さんはひっくり返りながら宙に浮き、そのせいで彼女が手に持っていた食事も地べたに落ちてしまう。


「あ、アリサ様!?」


 何よりも隣で見ていたイゾルデは驚きのあまり、立ち上がってしまう。が、すぐ何かに気づいて彼女は身をかがめる。


「降ろして! 降ろしてぇえぇぇえぇ!?!?」


「このまま降ろすと頭から落ちて怪我しますよ~!?」


 悲鳴で聞きとれないかもしれないので、私は大声で返す。


「ゆっくり!!! ゆっくり降ろして!!!」


「だったら謝りなさい!」


「ご、ごめんなさい!! ごめんなさいぃぃいぃぃぃ!!」


「私じゃなくてイゾルデさんに!」


「イゾルデ、ごめんなさいぃぃいぃいぃぃいぃぃぃぃぃいぃぃ!!」


 よし、これぐらいしておいてやるか。


 私は彼女が怪我しない様に足から降ろしていく。1メートルは一命取るという標語があるからね。


「あ、悪魔……っ!」


 しかし、私の思いやりとは別にがくがくと恐怖に震えながら聖女候補は蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。


「あ、あわわ……アリサ様……」


「ごめんなさい、騒ぎを大きくしちゃって」


「い、いえ……でもあんな事をしでかしたら、アリサ様の立場は?」


「まぁ、悪くなるだろうなぁ」


 ルストフェルト、ごめんなさい。


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