第8話「落第した少女」
※※※※※※※※ルストフェルト視点※※※※※※※※
二週間前エドガーとアリサ様とで話し合ったこの小さな会議室。
私の前には机を挟んで猫背の少女……聖女候補の一人が座っている。
「残念な結果ですが……貴方は落第という結果になります」
今日、彼女に落第通告を言い渡しにここへ呼び出した。
薄々、そうなると気づいていたのか、彼女は微動だにしない。
「あまりお勧めはしないのですが、今から魔術師見習いになる道もあります。検査の結果から鑑みるとそちらの方が適正があります」
魔術師と言われ、少女の身体はビクリと震える。無理もない、彼女は敬虔な信徒であり聖女に憧れて辺境の村からやってきたと書類に書かれている。
国に認められているとはいえど、異端の誹りを受ける魔術師にならないかと言われれば如何ほどのショックを受けるかは想像もつかない。
「拒否感を覚えるのはわかります。私も司教ですから」
やがて、数分の沈黙の後、最初に口を開いたのは彼女の方だった。
「聖女候補を捨てて魔女の道を選んだ方の事を、教えて貰えませんか?」
※※※※※※※※アリサ視点※※※※※※※※
この世界にやってきて二週間が経過した。
まずこの二週間で学んだ事について話そう。
魔術も祝福も全ては何かしらの魔力を利用して、物体には魔力を込める事が出来る。
そして、杖というのは魔力を魔術として投射する際、コントロールしやすくするために魔力を一時的に保存する物。
最初は杖で魔術を打つと正確に発動できるし、慣れていても制御する事柄が少なくなるから、杖を使い続ける方が楽。AT車みたいなものと私は解釈した。
私の場合は普通の杖でも、とんでもない量を一瞬で貯めて込んでしまう。
車に例えると、ちょっとアクセルを踏み込んでるつもりなのに、ベタ踏みしたみたいな加速が起きてしまう様なもの。
という事で魔力を込められる量が少ない菜箸みたいな杖を支給された。これで適性魔力量をコントロールする事を学ぶのだ。
懐かしいな。私が小学校ぐらいの歳に魔法学校の小説が原作の映画が流行ってて、それに影響されて箸で真似っこして怒られた記憶がある。
お陰で私はようやく実技に参加できる様になった。
住居についても変化があった。
あんなスイートルームみたいな部屋で暮らすのはやっぱり落ち着かなくて、もっと質素な部屋にして欲しいと何度もルストフェルトに頼んだ結果、ちょうどいい部屋があった。
帝国の王宮と城の近くには、城壁で囲まれた魔導特区と呼ばれる地区がある。ここには魔術学院と呼ばれる、今私が受けてる教習よりも更に専門的な事を学んだり研究する為の機関がある。
そこへ通う生徒の為の寮も建てられていて、城からは徒歩5分程度の位置。
寮は一応、男女で別れているんだけど、如何せん女子で魔術師志望の人数は言わずもがなって話だし、魔術学院だとなおさらという事で、部屋はどこもガラ空きだ。
なので、私が急遽引っ越すと言っても受け入れて貰えるだけの余裕が有り余っていた。
間取りも1DKと日本で暮らしていた家と近くて非常に心地が良い。
しかし、住居の格が落ちて喜ぶのは、世界中どこを探しても私ぐらいだろうなぁ。
ルストフェルトとかの信心深い人は質素倹約を尊ぶ清い心の持ち主だと褒めてくれるけども、私は分かりやすい贅沢に興味が無いだけで興味を引くものには貪欲だ。
現に私の好みに合わせて藍染めの服ばかりを用意して貰ったり、非常に価値の高い書物をねだったりしているので聖女候補達の接待費とあまりコストは変わらない筈だ。
それ以外はエリの一件以来からは大して事件は起きていない為、平和。
これも、エドガー、ルストフェルト、バルドゥインが私に降りかかるであろう火の粉を事前に払ってくれているお陰かもしれない。
「講義の前に、新しい魔術師見習いが今日より参加するので、紹介したいと思います」
異世界生活初日の時に私の検査を担当したおじいさんが教壇に立ってそう言った。
彼に促されて入ってきたのは、おじいさんよりも腰を曲げている内気そうな茶色い髪をした少女。
「彼女はイゾルデ。元聖女候補でしたが、魔術師見習いに転向してきました」
「い、イゾルデです。よろしくお願いします……」
男達がざわざわと騒ぎ始めるも、それを無視してイゾルデという少女は私の隣に座る。
近くで見ると、なるほど確かに騒ぐのもよく分かる美少女だ。
身長も私より小柄で……と言っても170センチはありそう。
遠目でそれに気づかなかったのは、その服装にある。
身体のラインが出ないようにローブかマントみたいな服装をしていて猫背になのも相まってドラム缶の様に寸胴となっている。
パッと見ではまんまるのおデブちゃんに見えてしまいそうだが、小顔でほっそりと綺麗なラインを描く顔の輪郭からして、服の下の身体つきは決して肥えているとは思えない。
「よろしくお願いします、イゾルデさん。私はアリサと言います」
彼女の体型はどうでもいいこと。
それよりも、同じ女性の魔術師見習いとして仲良くしておいて損はないと思いたいので私は挨拶をする。
「えっ!? あっ、あの……うぅぅ」
どうやら私に声をかけられるとは思っていなかったのか、彼女は耳まで赤くして俯いてしまった。
かなりの人見知りらしい。
「わからない事があったら言ってください。私の分かる範囲で教えますから」
「えっと、その……」
彼女はなんと返すべきか分からず、しどろもどろに頭の中で必死に言葉を探している。
数分経って、彼女はようやく短く話す。
「ありがとう……ございます……」