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第6話「過去の思い出。過去との決別」

 バルドゥインの挨拶が済んで実技の練習を行う……筈なんだけど私だけ見学という事になった。


 昨日の惨事を受け、投射する魔術に込める魔力量をコントロールできる様になるまでは危険を避ける為、今は我慢してほしいとの事。


 結局、私はにらむように他の魔術師見習いが基礎魔術を放つのを眺めて実技の授業は終わった。


 その後は自由時間だ。と言っても、部屋に戻るか城の中や敷地をぶらつく程度しか今は出来ない。


「あはははははっ! も~! キースくんってばぁ~~!」


 今は顔を合わせたくない奴……エリの声がした。


 若い騎士にべったりとくっつき、千鳥足でふらつきながら騒いでる。懇親会も終わったらしい。


「あれぇ? アリサじゃな~い? 奇遇だねぇ!?」


 逃げようと踵を返していたというのに、気づかれてしまった。


 いや、私みたいな身長の女はそうそう居ないからシルエットだけで流石に気づくか。


「ねぇ、無視しないでよ~!」


「……私を騙して、よく絡んでこられるね」


「悪かったって! でもさぁ、結果オーライじゃない? 昔みたいに女ならなんでも良さそうな陰キャばっかのところなんでしょ? あんたじゃ騎士様の相手ムリだって!」


「えぇ? この方、女性なんですかぁ? ガタイが良すぎて男かと! はははっ!」


 どうやら騎士の方もかなり酔ってるらしくエリに乗っかって罵詈雑言を飛ばしてくる。


「ここでもサバサバ系女子気取ってるけどさ、あんたにゃ無理だよ!」


 確か人が悪口を言う時って自分が気にしている事を思わず口にしてしまうんだったか。


 ってことは、エリもサバサバ女子気取ってる事を自覚してるらしい。


 そんな風に内心彼女をこき下ろしても、私の心は晴れない。


 気にしなければいい、程度が低い事を口にしている、相手にしたら同じレベルに落ちる……そんな考えでモラハラに耐えられるほど、私の心は鉄で出来ていない。


 昔もあったな。エリに隣の教室にまで聞こえそうなぐらいの大声で謂れのない事を言われて。


 その時は、誰も私を助けたり庇ったりは――。


「おやめください、エリ様」

 

 そう、こんな風に割って入る人は居なかったな。


 その武骨な黒い甲冑は見覚えがある。確か、黒鉄槍騎士団の……。


「ば、バルドゥイン殿……!?」


 エリの隣に居る、確かキースとか言った騎士が信じられないものを見ているような顔で彼の名前を口にした。


 バルドゥインさんは騎士の方を一瞥すると、何も言わず、すぐエリに向き直る。


「その様な心無い言葉を、同郷の方に投げつけるのはおやめください」


「はっ……? いや、あんなの軽い冗談だって! 私の世界じゃ当たり前で……」


「冗談と決めるのはアリサ様です。貴方ではない」


 そうだそうだ、もっと言ってやれ。


 冗談って言い訳すれば何言っても済むなんて日本でも許されない。


「うっさいわね……私は聖女候補よ? アンタは偉そうな事を言える立場ぁ?」


「確かに聖女には特権があります。しかしながら聖女に求められる能力は何も魔力や祝福だけではなく品格も求められます。先日の一件は試験の結果とアリサ様の寛大な処置によって落第を一歩手前で免れている事を心得て頂きたい」


「は? それってどういう……」


「遠回しに、またなんかやったら強制送還って言ってますよ」


 理解が及んでいないようなので補足を入れてあげた途端、エリは酔いで火照っていた顔がドンドン青ざめていく。


「あ、アリサ! いまのは冗談! 冗談よね!?」


 自分が酷い事を口にしていたの、ちゃんと理解してるじゃん。


「……まぁ、次は冗談と受け取れないかもしれないですね」


 その一言に、エリは唇をわなわなと震わせ、左瞼も痙攣している。


 しかし何か言えばそれが自分のトドメになるという事も理解しているので、たまらずキースくんを置いて彼女は何処かへ逃げていった。


 居たたまれなくなったのかバルドゥインに敬礼すると彼も逃げるように去っていく。


「差し出がましい事をして申し訳ありません、アリサ様……あれ?」


 彼が振り返ると同時に私はその場で蹲ってしまう。


「ご、ごめんなさい……ちょっと泣いてるので」


 私はうわずった震える涙声で返す。


「エリ殿に何かされましたか!? 今すぐにでも医務室へ――!」


「ちが、違うんです! 嬉し泣きです!」


「嬉し泣き……?」


「あなたが助けに来てくれて嬉しかったから思わず……うぅぅぅううぅぅ……」


 せっかくのドレスを涙と鼻水で汚して、ウルリヒやルストフェルトにも申し訳がない。


 けど、あふれ出る感情を抑える事が今の私には出来なかった。


 あの頃は助けて貰えなかった。今回も助けて貰えると思っていなかった。


 だけど、バルドゥインさんは私の前に立って庇ってくれた。


 それが、それだけの事が、私には初めての事で……すごく嬉しかった。


 エリの前ではなんとか気丈に振舞って見せたけれど、終わったと思った瞬間に緊張の糸が途切れてしまってこの始末。


「なんか、ここに来てからずっと偉そうにしてたのに情けないなぁ……」


「そんな事はありません。アリサ様は多くの者が心折れ、逃げ出してしまうような言葉の刃に気丈にも耐え忍びました。先ほども、きっと今までもそうなのでしょう」


 涙をぬぐい顔をあげると、彼は跪いて私が立ち上がる為に手を差し伸ばしていた。


 私はその手を取り、立ち上がる。


「初めて会ったのに、どうしてそんなに優しいんですか?」


「私も似た境遇だからです。誰かに言って欲しかった事を口にしたに過ぎません」


「バルドゥインさんも?」


「ほら、私は団長というには見るからに若輩者でしょう?」


「ん~……つかぬ事をお聞きしたいのですが、いまおいくつですか?」


「今年で25になります」


 やっぱり私より年下か。


 良くてベンチャー企業の若い社長さんぐらいかな。確かに人の上に立つ様な人物には見えないかもしれない。


「騎士団長に就くのは30代後半から40代前半で、父が黒鉄槍騎士団の団長に就任したのも36歳の時。私が16歳の頃です。それからわずか8年で団長の座を私に譲りました」


「周りからの批判も多かったでしょうに」


「えぇ、それはもう痛烈に。魔術師の肩を持つからなおのことです」


「その、騎士団からの批判は?」


「部下達は父の代が仕えている者も含めて私の味方でした。もし彼らが居なければ……あるいは彼らからも言葉の刃を向けていたら、きっと心折れていたでしょう」


 どちらかと言えば、若いのにいきなり会社を引き継いだ御曹司みたいな感じか。


「ですので、ルストフェルト殿からお話を聞かされた時、貴方が私と同様に心無い言葉を投げかけられる事の無いよう努めるつもりでした」


「なるほど、だから駆けつけてくれたと」


「しかし、駆けつけるのが一歩遅く、申し訳ございません」


 そういって、彼は謝罪の意を示して頭を下げた。


「助けに来てくれただけでも十分です」


「お気遣い痛み入ります。それではこのまま部屋までお送りしますね」


 一人でも良いのにと言いたいが、また別の人間に絡まられるのも面倒だし、好意に甘えよう。


 道すがら、私達は他愛のない雑談を広げる。


「実はルストフェルト殿からはアリサ様の評価についてお聞きしていまして」


「ほう、悪口でも言っていましたか? 態度が大きいとか、偉そうとか」


「滅相もありません。とても聡明で慈悲深い方だと仰っていました」


「これまた大袈裟な評価を……それで、実際に私と会ってバルドゥインさんはどう思いましたか?」


「そうですね、最初はルストフェルト殿の仰る通りの方だと思いました」


「最初は?」


「ですが女性らしい面も垣間見え、かと思いきや男と負けず劣らずの芯の強さと切り替えの速さも持ち合わせおられる」


「女性らしいって、思わず泣いちゃうところとかですかね?」


「いえ、違います。貴方は貴族と同等の扱いを許されて尚も貞淑なままです。エリ様の様に貴い身分と認められた途端に不遜な態度が表に出る方が数多くいますから」


「そういう女に苦労させられた経験がありそうな物言いですね」


「わかりますか?」


「それはもう」


「そうなのです。元は純真な村娘が、聖女候補として蝶よ花よと扱われる内に下手な貴族の令嬢よりもワガママになるのを嫌というほど見て参りました」


「ははは……私の世界でも良く見る光景だ」


「その点、アリサ様は変わらず礼儀正しく、どんな相手に敬意を以て接してくださる」


「単なる処世術です。今の扱いが続いたら私もエリみたいになってしまうかも」


「貴方ならば大丈夫です。そうなる気質があるのでしたら、魔術師を自分から選び、この世界の民に夢を掴む機会を与えようとは思いません」


「人というのは変わってしまうものですよ?」


「だとしても、変わらない面もあります」


「確かに貴方の言う事も尤もだ」


 やがて、私は自分にあてがわれた部屋にやってきた。


「では、これにて失礼します。それと恐らくルストフェルト殿にも言われている事でしょうが私にも敬称をつける必要はありません」


「わかりました。今後はバルドゥインと呼びます。またお会いしましょう」


 そうして、バルドゥインは去っていった。


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