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第5話「2日目。異世界生活の始まり」

 翌日。慣れない豪奢な部屋でメイド達に囲まれた甲斐甲斐しい朝の身支度が終わった頃にルストフェルトさんが私の部屋を訪れた。


「おはようございます。今日からの予定をお伝えします」


「魔術師としての研修ですよね?」


「はい。本日からエドガーを始めとした複数人の講師、教授により魔術師になる為の講義と実技研修が開始します。午前に講義、昼食を挟んでから実技です」


「わかりました。あの、ルストフェルトさんは?」


「私は司教として、聖女達にエドガーと同様、講義を行います。その為、今後はあまり顔を合わせる事は減るかと思います」


「そうですか……」


「それと、今後は私の事をそのまま敬称を省くよう、お願いします」


「なんでですか?」


「アリサ様は今や帝国の賓客。扱いは他国の貴族と同等です。対して私は司教兼法務長官という立場ではありますが、貴い家柄ではございません。対等ではないのです」


「そんな……いえ、すみません。私が拒否をしても国の品格が問われるんですね」


「ご理解、痛み入ります」


「エドガーさんも同様ですか」


「はい。その旨は昨晩伝えてあります」


「わかりました。それでは、ルストフェルト。改めてよろしくお願いします」


 そうして、私は朝食を済ませてからメイドに案内され、昨日召喚を受けた城の敷地内にある建物へと入っていく。


 どうやらここは本当に学校みたいに授業を行う為の施設みたいで、そこから魔術師棟と聖女棟に別れている。


 規模としては圧倒的に聖女棟の方が大きく、魔術師棟は教室の数も部屋の広さも下だ。


 しかし、良い点もある。聖女棟の教室は沢山の長い机に候補達がすし詰めされてるのに対して、魔術師は卓上で教科書を広げながら実験をする必要があり、ひとりひとりに広いスペースの机を貰えていた。


「昨日ぶりとなる。魔術講師のエドガーだ。これより教科書を配布する」


 彼がそういうと、職員の人たちが大事そうに抱えた本を順番に渡してくる。


「これは来期の魔術師見習い達も使う。その為、紛失や破損、落書きをしたら弁償となるので注意されたし」


 という事は、かなり厳重に管理しなければならないな。これは。


 触って中身を少し拝見したところ羊皮紙ではなく普通の紙で、文字も筆記ではなく活版印刷で行われているようだ。


 確か私の世界では実際に中世ヨーロッパ末期。つまりは14世紀から15世紀には活版印刷や製紙技術というのは確立されていた。


 という事はつまり、少なくとも帝国はルネサンス期直前の技術力がある文明である事がこの教科書という存在で理解できる。


 しかし、困った事に昨日の羊皮紙の様な自動翻訳機能がこの教科書には無いらしい。


 とにかく、後でエドガーやルストフェルトに聞いておかないと。


「本日最初の1時間はオリエンテーションだ。お前達見習いがこれから何を学ぶのかを話していく」


 ひとまず教科書はこの時間は要らないらしい。私はすぐに閉じてエドガーへ向き直る。


「知っている者もいるだろうが、基本から話していこう。この国では魔術師になる為には認可魔術師証を得る必要がある。これを得ていない者の一部初級を含む、中級魔術以上の使用は法律に反し罰則が与えられる。それだけ上位の魔術は扱いが難しく危険な為だ」


 危険物取扱や自動車免許みたいなものか。


 確かに、昨日の私がぶっ放したものを見れば、下手な奴が下手なまま魔術を使えばどれだけの被害が出るかわからない。よく昨日は怪我人がいなかったものだ。


「なのでお前達は魔術の使用だけでなく魔術を取り扱う上での法律も学び、実技と筆記の試験に合格して初めて認可魔術師となれる」


 いよいよもって自動車免許じみてきた。


「次はどういうカリキュラムを行っていくかを話そう。まずは魔術の基礎から始めていきどのようにして魔術は発動するのかを教える。早く魔術を学びたいと思うだろうが、基礎を怠っては到底、試験は通らないと思ってくれ」


 私としても基礎はとても学びたい要素だ。昨日はそれを理解せず、ただ指示された通りに行動した結果、あの惨状が産まれた。


 どういうロジックで火は飛んでいくのか、爆発するのか、それを理解しなければ今後も同じ間違いを犯し続ける。魔女を志した以上、そんな無様は絶対に晒せない。


 車の免許を取るのと同じだ。車の仕組み、挙動を理解する事で自分が行う操作の必要性やコツというものが理解できるし、どの様な操作が危険に繋がるかも把握できる。


「基礎について理解を深めたところで初級魔術について教えていく。昨日、君達が試験で発動したものは、飽くまでも基礎魔術だ。あれよりも一段階複雑なものになる」


 あの程度で基礎魔術なのか。


 車両に例えるなら、基礎魔術が自転車、初級魔術が電動モーター付き、その中から一部の物が原動機付自転車ってところか。そうなると中級は中型二輪になるのかな?


「実技と学科で一定の授業を受けたところで君たちには中間試験を受けてもらう。それに合格すれば仮認定魔術師となる。これは実技で学ぶ時のみという条件付きで中級以上の魔術を扱える様になる認定証だ」


 おっと仮免許制度まで出てきたぞ。


 という事は、私含めて何人かはここで躓く可能性があるという事だ。


「そして、全てのカリキュラムを終えた際、本認定試験に合格する事で、ようやく君達は認定魔術師となる。ここまでにおおよそ3か月から6か月だ。もし6か月を過ぎて合格が貰えなかった場合、残念だが落第となる」


 自動車学校でも一定期間までに免許取れないと退学になるんだよなぁ。


 少なくとも6か月は落第にならないという事はわかったので、ひとまず安心かな。


 聖女の方はどういうシステムで落第になるんだろうか?


 オリエンテーションが終わり、さっそく魔術の基礎について私は学んでいく。


 まず、この世界には大きく分けて破壊系魔力と創造系魔力の二種類があるらしい。


 破壊系が主に攻撃に使われて魔術師が主に利用する。対して、創造系が守りや回復に使われ、聖女が主に利用する。


 しかし飽くまでも傾向であって当然の事ながら使い方次第でどちらも人を傷つける。


 また魔術師だから破壊系しか使えないという訳ではないし、聖女だから創造系しか使えない訳でもない。


「形式、常識、品格。そんなものは気にせず、使えるものはなんでも使っていけ」


 とは、エドガーの談。


 さて、午前が終わり昼食の時間だ。


 今日は初めてという事で、エドガーや職員の引率で、これから最長6か月は利用する事になる食堂へと向かう。


 うやうやしくテーブルクロスが敷かれた意匠の彫られた高そうな椅子と長机。


 それらがひしめいてなおも余裕のある豪奢なダイニングホール。


 食品を受け取るカウンターはビュッフェ形式で、しかも無料だ。


「素晴らしいだろう。聖女候補様方の恩恵を我々魔術師も賜っているのさ」


 エドガーは皮肉なニヒルな笑いを浮かべている。


「その聖女候補達はどこに?」


 私が手をあげて質問すると、エドガーはため息をついた。


「懇親会だよ」


「え……? 誰と?」


「そりゃあもう、未来のパートナーである騎士様さ。聖女というのは基本的に一人の騎士とペアを組むか、ひとつの騎士団に3人から4人配備される。だから、候補のうちに将来を見据えて先に交流を深めましょう、っていう慣習だ」


「ありえないと思いますが、それってルストフェルトが決めた事ではないですよね?」


「何代も前の司教さ。騎士だけじゃなく城に勤めている聖職者全員も参加できるからな」


 堕落してんなぁ~~。


「うらやましいか? 酒も振る舞われるぞ?」


「いいえ。私はああいうノリは好きじゃないですし、飲んだら乗るなと言いますから」


 私以外の全員が首を傾げている。当然か、自動車が無い世界なのだから。


 適当に昼食をさっさと済ませ、私は午後の実技が始まるまでに教科書に目を通す。


 読める訳じゃない。けど、文字の判別はなるべく早くやっておきたい。


 文字の形状がかなり違うけれど大体はアルファベットと同じだ。文法もドイツ語と酷似している。


 あとは単語の意味さえ理解できればなんとかなりそうだ。


 自慢じゃないが、英語はできないけどドイツ語だけは分かる。


 何故ならドイツにはBMWっていう一大自動車企業があるから。そりゃもう公開資料を読むためやサーキットのニュルブルクリンクでいつか走る為に猛勉強したともさ。


 語学の勉強をしていると、すぐに午後。実技の時間になった。


 集合場所は昨日、試験を受けた演習場で、この授業もエドガーが講師をやるらしい。


「さて、お前達にこれから基礎魔術について教えていく……が、お前達に挨拶したい男がいる。先に彼を紹介しよう」


 エドガーの言葉の後、黒色の煌びやかさなど欠片も無い武骨な甲冑を身に纏った私よりも少し年下に見える青年が現れた。


「私はバルドゥイン・フォン・アーチボルト。黒鉄槍騎士団の団長を務めている」


 彼は闘志に煮え滾った若々しい瞳を私達魔術師見習い全員に向けると、よく透る声をあげながら胸を叩いた。


 ところで私は貴族扱いだから敬称をつけずに呼べとルストフェルトとエドガーに言われているが彼は名前にフォンが着いているし、団長って事は地位もそれなりだ。


 という事は、いつも通り敬称はつけておくのが丸いかな。処世術万歳だ。


「私達は魔術師を最も頼りにしている。きっと、未来の貴殿らも同様に信頼に足る魔術師となると私は信じている。どうか、その志に誇りを以て励んでほしい」


 最後にバルドゥインさんは最敬礼をしてからきびきびとした姿勢で去った。


 私は思わず、エドガーに質問を投げる。


「どうして彼は私たち魔術師にあんな事を言ったんですか?」


「そうだな。きっと他の騎士団なら君たちを労ったり励ます事はないだろう」


「じゃあ、なおさら何故?」


「彼らがどの騎士団よりも……いや、傭兵達よりも真っ先に戦場へ吶喊する男達だからだ」


 まだ答えが見えてこないな。なおのこと聖女が与えてくれる祝福が拠り所になるのでは?


「彼らに与えらえる任では生半可な加護だと耐えれない。、あた聖女の手には負えない状態で帰る者が……つまりは戦死者の方が怪我人よりも圧倒的に多い。だが、魔術師なら彼らを救える」


 私の脳裏に昨日の大爆発が思い浮かぶ。


 魔術で行う攻撃というのは想像以上に破壊力が凄まじく、遠くまで飛ばせる。


 そこから真っ先に連想されるのは戦闘ヘリ、爆撃機に迫撃砲……そういった現代の兵士達が戦場へ突っ込むよりも先にあらかた脅威を排除してくれる超火力。


「私達が先にどれだけ敵を……脅威を除けるか。それが彼らの生存率に関わってくると」


「そういう事だ。彼らをよろしく頼むよ。俺にとっては思い出の騎士団だからな」



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