第4話「聖女と魔女。光と闇」
その後、面接用の小さな会議室に一人連れていかれ、しばらくの間待ち惚けするハメになった。
「アリサ様、本当に申し訳ございませんでした」
やがてルストフェルトさんが現れて開口一番に頭を下げながら私に謝罪する。
「あ、いや……なんていうか私も悪いっていうか……」
エリに騙されたとはいえ、ルストフェルトさんが説明を聞き取れなかった私が悪いんだ。
「魔道具の不備はこちらの責任です。全ては管理の不行き届きが原因で……」
「ルスト、嘘を言わなくてもいい。彼女に伝えるべきだ」
その後ろからエドガーさんも現れ、恐らく私がつけていたイヤホンを机の上に放り投げた。
「しかし……」
「ある意味で、彼女の素養を物語る証拠だ」
「あの、話が見えないんですけど……」
「ルストが話すつもりがないから俺が話そう。この声送りの魔道具が壊れたのは君の魔力が原因だ」
「やっぱり私が悪いんですね?」
「しかし、君は壊そうと思っていた訳ではないのだろう?」
「た、たぶん……」
「それだけ君の能力が凄まじいという事だ。そもそもこの魔道具は並大抵の扱い方で壊れるほどヤワなものじゃない。兵士や騎士達が戦で使うものだからな」
褒められているのか非難されているのか……。
「正直、俺はこのまま魔術師になって欲しい。研修課程でも話す事だが、魔力には属性があり、お前の魔力傾向は圧倒的に魔術師寄りだ」
「なんか、検査のおじいさんが破壊系だの創造系だの話してた事ですよね?」
「あぁ。大雑把に言えば攻撃に用いられる傾向にあるのが破壊系、回復や守りに使われるのが創造系だ。ただし、飽くまでも傾向であって使い方次第ではどちらも立場が逆転する事は往々にしてあって――」
「エド、今は講義の時間ではありません。ただ検査と試験の結果だけを見れば私も彼と同意見なのです。しかし……」
「何か問題でも?」
「魔術師は……それも女性が魔術師になるのは……この世界ではおすすめしません」
ルストフェルトさんの言葉を聞いて、エドガーさんは苦い顔をする。
私の中では魔法使いといえば女の子のイメージがあるのだけれど、どうやらこの世界ではそういう訳ではないらしい。
「何故おすすめできないのか、聞かせて貰ってもいいですか?」
「はい。それは、この世界で広く信仰されているリガネ教があるからです」
「リガネ教……私は本来、その宗教の聖女になるという話でしたね」
「はい。リガネ教に古くから伝わる祝福の秘技で騎士や兵士を癒し加護を与えるのが聖女です。この役職は恐らくこの世界の女性が最も憧れる職業でしょう」
日本で言えば株式上場企業のOL辺りか。しかし、宗教的な意味合いもあるから、それに留まらないほど羨望は強い筈だ。
「逆に魔術師というのは、アリサ様の世界で言うところの「理系」分野全般に当たるでしょうか?」
「あ、なるほど……」
そう言われて大体は把握できた。つまり、ファンタジーでイメージされるような魔法を研究するのはもちろん当然として、薬学や生物学、天文学、果ては機械に至るまで。
そういった研究を専門にやる人達の総称として、この世界では魔術師と呼ぶんだ。
「説明会の席に置かれた声送りは魔道具……アリサ様の世界で言うところの機械を作ったのも魔術師ですし、異世界の住民に合わせて自動で翻訳する羊皮紙も魔術師です」
「それならなおのこと私の天職ですね。日本では自動車を作るメーカーに居たので」
自動車と聞いて、二人は首を傾げながら顔を合わせる。
この世界では流石にそんな物は無いし、逐一私の世界にある物を詳しく説明する暇が今は無いか。
「ですが、それでもやはりおすすめはしません」
「リガネ教の影響があるからですか?」
「はい。リガネ教は清貧を尊び、苦難……つまり、不便とは神の与えた試練です。生活を楽にする魔道具は人を堕落させる悪魔の道具だと考える聖職者が多数居ます」
「あぁ~~……」
「……心当たりがあるようですね?」
「はい。まず確認なのですが、この世界で眼鏡をかけるのが認められたのは?」
「正確には不明ですが、50年前頃になってようやく何も言われなくなりました」
これについても大体把握しました。
「視力の低下は神の与えた試練という奴ですね」
「アリサ様の世界でも、その様な歴史を歩んでいるのですね」
「流石に何百年も前ですが」
つまり、リガネ教の与える世界への影響。正確には圧力というのは、本当に中世時代の某宗教と同レベル。
しかも、なまじっか「祝福」とされる奇跡を現実に起こせるのだから、その信仰は私の世界よりも強固で、人心の拠り所となっている。
「むしろ魔術師という役職がある事が奇跡ですね。私の世界では異端者とか悪魔を召喚するとして処刑されていましたから」
「その点は国に依りますね。帝国などある程度の市民権を得ている地域もあれば、魔術師と判明するや否や、旅人であろうと即刻処刑される国もあります」
「
ある程度……」
私の言葉にルストフェルトさんはうなづくと目を伏せながら答える。
「帝国は確かに魔術師の社会的地位が他国と比べて高いのですが、それは皇帝陛下のお力添えあっての事。それでも、国民の認識というものはすぐに変わりません」
「つまり、魔術師なんてなるものじゃない、っていう家庭がまだまだ多いと」
「そうですね。貴族、庶民、関らず」
「かなり深刻だ……」
すると、今度はエドガーさんも口を開く。
「哀しい事に、魔術師は騎士になれない奴がなるものだ、なんていう意識は全くと言って変わらない。お前も試験会場で見ただろう?」
「なんというか、非常に彼らには申し訳無いのですが……あまり体格の良い人はいませんでしたね」
こう、私含めて陰キャの集りって感じだった。
「ましてや女性が魔術師になるのは以ての外です。女性は聖女になって騎士を癒すか家庭で子を産んで育てるのが役目で、知恵を身につけるのは論外だと考えている人がほとんどです」
私のじい様ばあ様世代みたいな事を言う連中だ。私も母方の実家に行くと女が大学に通うもんじゃないとか、勉強よりも花嫁修業をしろとか言われたな。
自動車メーカーに就職するなんて聞いた時には孫の顔が見れなくなるとまで言われた。
「以上の事から、私は魔術師になる事をおすすめしません」
「う~ん……エドガーさん、凄いネガキャンを喰らってますけど反論は無いんですか?」
「ネガ……? いや、まぁ、事実だしな……取り繕い様が無い」
「そっかぁ……」
私は天井を仰ぎ見て、数秒考える。
「わかりました。このまま魔術師になります」
「は?」
「ん?」
二人は目を丸くして私を見つめながら、素っ頓狂な声をあげ、二度三度お互いの顔と私の顔を見合わせた後、声を震わせながら確認を取る。
「あ、アリサ様……先ほどの話を踏まえての判断……なんですよね?」
「そうですよ」
私の返事を聞いて、エドガーさんはもう堪え切れずに手を叩いて爆笑を始めた。
まだ私の言葉を信じ切れないルストフェルトさんは再度、口を開く。
「理由をお聞きしても、よろしいでしょうか?」
「理由は3つあります。まず私に他人を癒すとか加護を与えるとか性に合わないんで、炎を飛ばすとか機械……じゃなくて、魔道具作るほうが楽しそうだなって」
「確かに貴方の故郷での職業と似てはいますが……」
「確かに私はハラスメントを受ける環境から離れる為に聖女になるという誘いを受けました。けれどそれは聖女という職業が魅力的だからじゃなくて、貴方の事が気に入ったからなんです」
「私が?」
「はい。なんでもかんでも馬鹿正直に後で私が傷ついたらダメだからって話してくれるそういう性格が好きだなぁって」
隣で聞いてたエドガーさんはもう笑いすぎて腹が痛いらしく、目尻に涙を浮かべてる。
「それで最後……の前に確認なんですけど、私が聖女にならない場合、聖女候補の採用枠がその分だけ減らされるって事は無いんですよね?」
「はい。このまま定員100人で採用を決めますが……」
「だったら、最後の理由は変わりません」
「その最後の理由とは?」
「私が聖女候補にならなければ真剣に聖女を志す人が候補に入れるでしょう?」
「それは――」
「だって私よりもリガネ教への信仰に篤い絶対に聖女になると意気込んだ人が、わざわざ今日この日に試験を受けてきた訳ですから、そういう人達の方がよっぽど聖女に相応しいと思います」
「ですが聖女候補になれたからと言って、この先に落第する可能性は残ります」
「でもチャンスは得られる。私の世界でもきっとこの世界でも、夢があるのに叶えられるチャンスが巡って来ない人はたくさんいる。私が私のやりたい事を選んでそういう人たちに一人でも多く機会を与えられるなら、私は与えたい。今のところ、この世界の住人達はルストフェルトさんのお陰で印象が良いですから」
「与えられたチャンスを掴み切れなかったとしても……?」
「夢は自分で叶えるものです。チャンスを与えた後の事は私に関係ありません。その人が夢に破れても私はとやかく言うつもりも無いです」
私が話した理由を聞いて、ルストフェルトさんは息を呑んで立ち上がって、深々と頭を下げた。
「きっとあなたの様な御心を持つ方こそが、真の聖女というのでしょう」
「えぇ……そんな大袈裟な」
「本当に聖女なら、騙されたと分かってあんなにも大声で怒鳴り散らさないさ」
エドガーさんはルストフェルトさんの肩を叩く。
「あれは……そりゃ誰だって騙されたと知ったら怒ります」
「違いない。して、君を騙した張本人のエリ聖女候補についての処遇はどうする?」
「試験と検査の判定を見ればA判定。聖女としての素質は十分以上ですが……」
「えっと……聖女候補に異世界から呼ぶ時は何かしら事情を抱えている人をリサーチしているんですよね?」
「はい。その世界で満足しているのなら、そこでの生活を捨ててわざわざ異世界へ向かう必要はありませんから」
「ではエリにも他人を蹴落としてまでこの世界に来たい理由があるのでしょうから、不問という事でよろしくお願いします。帝国にも魔道具の故障の責任を問いません」
イヤホンに関してはそもそも私に原因がある訳だから、元より責任を問いただす権利は無いと思うのだけれど、こうまで言っておかないと何処までも自分達に非があると言い続けそうなので、一応の表明だ。
「わかりました。アリサ様の寛大な配慮に深く感謝の意を示します」
ルストフェルトさんに倣い、エドガーさんも最敬礼の構えで私に頭を下げる。
「では、ウルリヒ執事長」
そう言いながらルストフェルトさんが手を叩くと、すぐに会議室の扉は開かれて燕尾服を着た、穏やかな雰囲気の男性が現れた。
「こちらはウルリヒ執事長。アリサ様を初めとしてこれより異世界召喚を受けた聖女候補達の給仕を担います」
「ご紹介に預かりました。ウルリヒ・ヴォストマンと申します」
彼もまたうやうやしく頭を下げる。
「これより、賓客であるアリサ様が暫く住まう部屋へとご案内します」
「ひん……きゃく?」
私がルストフェルトさんの方へ振り向くと、彼は頷いた。
「異世界から召喚を受けた聖女候補の方々には貴族に類する賓客としてもてなすよう帝国は定めています」
「そ、そんな……私は結局聖女候補ではなく魔術師になる訳ですし……」
「こちらの不手際による無礼の謝罪と諸々の寛大な処遇への感謝の意を考えれば同様の待遇となるのは当然の事です」
こんな風に恭しく扱われる事なんて、私の人生で今まで一度も無かったからなんだか慣れないというか、遠慮してしまうというが。
しかし、ここまでしてくれるのならそれを断るのも失礼だ。
「わかりました。それでは、これからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そうして、私とルストフェルトは改めて握手を交わした。
私は二人に見送られながら、この世界における住まいにやってきた訳なんだけども……。
「ひっろ……」
まず私が日本で暮らしていたマンションは1K。
対して、ここの部屋はそれが3つ入るぐらいはあるリビングがあって、寝室も私の住んでいた部屋がまるまる入るくらいの広さだった。
当然、豪奢な調度品があるんだけど、それを見て何か気の利いた言葉を口にできるほど私のポギャブラリーは深くなかった。
「さて、アリサ様。大変申し上げにくい事なのですが」
「え、なんでしょう?」
私がこの部屋の広さに驚いていたらぞろぞろとメイドさん達が服のかけられたカートを運んできて、いくつかをリビングに広げていく。
「アリサ様が今後、この世界で生活をしていく上でのお召し物を用意しました」
「え、私はこれでいいですよ」
簡素なTシャツとジーパン。スカウトされた時の恰好のままだから、大変ラフな格好。
ただ、私は服にお金をかけるよりも車にお金をかけたい人間なので、オシャレをしようという気は全くないからこれで十分だ。
「本来ならばアリサ様のご意向を尊重したいところではあります。しかし、貴方を異端者にする訳にもいきません」
「……そうか、異性装になるのか」
「はい」
私は改めて、近くにあった姿見に映る自分の姿を見つめる。
現代ではもう女性だってジーパンを当たり前に履いているけど、昔はそうじゃない。
女性がズボンを履くのは異性の恰好をしていると認定されてしまい戒律に反すると罰せられる時代があったのだ。
それと似通ったところがあるリガネ教もまた、異性装を戒律で禁止しているのだろう。
つまり、この世界で私はジーパンを履く事が許されない訳だ。
「えっと、スカートの丈は?」
「面倒な輩を避けるならば、少なくとも膝より下の丈である事が望ましいです」
「ですよねぇ……」
女性が着る服の縛りは私が生きてきた世界でもあった事で、それを少しずつ色んな人が意識改革を繰り返したから、ジーパンを履いて何も言われない世の中になったのだ。
「あ、あの、これなんて如何でしょうか?」
メイドの一人が純白のドレス……えっと、コタルディと呼ばれる種類のボタンが使われ始めたものだったか。
ただ、純白……純白かぁ……私はあまりシャツ以外で白を選びたくないというか……。
「落ち着いた色の物はないですか?」
「でしたら、こちらはどうでしょう?」
そういって別のメイドが差し出したのは、同じ種類のドレスだが色は藍色。
「じゃあこれにします」
ウルリヒさんはにっこりと微笑みながら、頭を下げる。
「同じ染色のドレスも手配致します」
そういって、彼は部屋からメイドさん達を残して出ていった。
殿方が女性の着替えに居合わせる訳にはいかないから、仕方ない。
「素敵です! とてもお似合いですよ!」
着替えが終わり、メイドさん達は目を輝かせて私を褒め称える。
本当は足元まで隠れる様に調整されているんだろうけど、180センチある私の体格ではスカートの丈が膝下10センチの辺りで止まっている。
「もう少し丈の長いものをご用意致しますが……?」
「いえ、これくらいでお願いします」
「わかりました」
姿見に映る自分を見て、私はほんの少しだけターンを決めて軽くスカートを翻す。
「らしくねぇ~な~」
「???」
メイド達は首を傾げて、頭にハテナマークを浮かべていた。
男勝りを地で行っていて、スカートを履いたのだって制服以外じゃ指で数えられる程度の記憶しかない癖に、なんだかんだ言ってオシャレをしたら心が躍ってしまう。
これほどまでに私らしくない事が、今までにあっただろうか。
そもそも私らしさなんてものは元から存在しなくて、あの男系家庭をそれとなく生きていく為に培われた処世術の類だったのかもしれない。
なら少しだけ、押し付けられた「女性らしさ」というものに乗っかって私が今まで体験出来なかったそれを謳歌してやろう。髪も少しだけ伸ばしてみるのもいいか。
「さて、頑張って魔女になってみますか」
こうして、私の異世界生活は始まった。