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第31話「開戦まで……」

 それから三週間後。


「帝都はすっかり開戦ムードですね。中層街や低層街は傭兵や兵士向けの商品を売り出し中ですよ」


「株でも持っていれば儲けれたかなぁ。いや、それだとインサイダー取引になるか?」


「かぶ? いんさいだー?」


「一般庶民が手を出したら最悪の場合、破滅してしまう呪われた紙クズさ……」


「ひぇぇ……」


 なんて冗談を飛ばしつつ、私は箒のボディへの塗装を進める。


「どうしてまたそんな白黒の塗り方をするんですか?」


「これはねぇ、一部の車好きにはある意味伝説を象徴するカラーリングなのさ」


 そう。私が施した塗装とは、見る者が見れば分かる公道最速伝説漫画の主人公が乗った車を模したものだ。


「この塗装を以て、マニュアルトランスミッション箒を完成とします!」


「やったぁ~!」


 イゾルデは喜びで跳ねながら手を叩いていると、ばん! と工房の扉が開け放たれる。


「あ~っ! どうして私を置いて完成させていますの~!?」


 現れたのは完成祝いの飲み物類をメイドと一緒に抱えてやってきたシュテファニエだ。


「やぁ、シュテファニエ。みてみて、このパンダ塗装!」


「ぱん……? まぁ、とても素敵だと思います。アリサに相応しいカラーリングではないかしら?」


「いや、相応しいなんて余りにも恐れ多い!」


「じゃあなんでそんな塗装を……」


「それより、この箒の名前を決めましょうよ。マニュアルトランスミッションでは長すぎます」


「実は名前、既に考えてたんだ。完成したら発表しようかと」


「では完璧なタイミングでしたわね! それでどんな名前? 聞かせてくださいな」


「その名も……アハト・ゼクス(86)


「……8と6?」


「……まだ続きがあるんですわよね?」


「いや、アハト・ゼクス」


「「……」」


 あれ? なんかすごい白けてるような……。


 だって、8と6だよ!? 車好きにはそれだけで大層な名前になっちゃうよ!?


 これでも結構気恥ずかしいんだけど!?


「まぁ短くて言いやすいのではないでしょうか」


「合理的なアリサらしいですわ」


「いいんだ……どうせスポーツ車ってのは乗ってる奴しか楽しくないんだ……」


「あぁぁぁ~~! 卑屈にならないでください!」


「もう。そういうところが見ていて飽きないんですけども……」


 私はイゾルデにあやされながらシュテファニエのメイドさんが卓に並べた飲み物や料理に手をつけていく。


「これ、ちゃんとノンアルコールだよね?」


「はい、アリサの要望通りにお酒じゃない飲み物です」


「ありがとうね」


「飲んだら乗るな、でしたっけ? アリサさんの世界にある標語は」


「そうそう。お酒を飲んで酔っ払うと正常な判断ができなくなっちゃうから」


「律儀ですわよね。今、こんな箒で空を翔けるのはアリサだけですのに」


「いずれ他の人が乗る時にそういうところ疎かにしちゃうと、いざという時に癖が着いちゃうよ」


 こういうのは習慣だ。悪い事をちょっとくらいちょっとくらいと何度も犯してしまうとそれが当たり前になって日常になってしまう。


 それで事故を起こしました~なんて日には目も当てられない。


 特に自動車事故は容易く命を奪ってしまう。ましてや正常な判断も、運転も出来なくなってしまう上に、実際に事故を起こした時、間違った対処やパニックを更に引き起こす飲酒運転は以ての外だ。

 

 断じて許すべき事ではない。


「本当に戦場に行ってしまうんですね、アリサさん……」


「うん、まぁ……がんばるよ。イゾルデも奨学金制度受けてるけど何処に配備された?」


「私は魔道具整備です。前線陣地なので、途中まではアリサさんと一緒です」


「私も同じく前線陣地ですわ。聖女として祝福で護りを与えたり、傷病者の手当を行う事になっています。もしも怪我をしたらすぐに陣地までいらして」


「そっか。じゃあ私の責任重大だ」


 私のミス一つで、最悪の場合イゾルデとシュテファニエが危険に晒される。


 聖女はリガネ教の戒律で攻撃してはならないとされているが、それでも戦争という物はとても簡単に決まりを破ってしまうし、破る為の方便を用意する事象だ。


 例えば軍需用品……今回で言うところの魔道具を整備しているだけの人間も、同じ軍属だから軍人だと言い訳しながら殺戮する事だってある。


 だからこそ、彼女達の下へ敵である王国の魔の手を及ばない様にしなければならない。


「じゃあ、アハト・ゼクスの完成祝いとお互いの無事を祈って、乾杯」


 ちりんとグラス同士でかち合う音が工房内で響き渡る。


 更に二週間が経ち、開戦も目前に迫った明朝


 アハト・ゼクスのお陰でこの世界にとっては驚異的な速度で帝都と平原近くの丘にある前線陣地へ素早く行き来が出来る私は、沢山の荷物を抱えながら何度も往復していた。


「アリサ様! お疲れ様です!」


 そんな私を馬を駆ってちょうど同じタイミングで陣地へ戻ってきたバルドゥインが元気よく挨拶をしてくる。


「はひぃ……バルドゥイン、おはようございます……明朝から精が出ますね……」


「はい。やはり戦の日は気持ちが昂ります。今は部下と共に偵察を」


「なるほど……私は配達です……ひとまず終わったので、後は仕事まで休みます」


「アリサ様の尽力で助かる命が増えました。本当に、ありがとうございます」


「いえ……」


 そうして、私は適当な椅子でバルドゥインの部下が出したお茶を飲みながら、ぼうっと待ち惚けしながら魔力の回復を待つ。


 太陽が昇り日差しも暖かくなってきた頃、イゾルデを含めた他の魔術師達も箒に乗って陣地に辿り着いた。


「アリサさん!」


「イゾルデ~~!」


 わずか数時間だけだったが、無事に陣地へ辿り着いた事を祝して私達は抱き合う。


「シュテファニエ達は?」


「聖女組は馬車での移動なので、もうしばらく掛かるそうです」


「仕方ないね。魔道具の整備はすぐ始めるの?」


「はい。特に声送りの石に不備があっては情報や作戦の伝達に支障を来たしますから。あと、これはエドガー様から預かってきました」


 そういうとイゾルデは懐から久方ぶりに見るイヤホン……つまりは声送りの石を差し出した。が、前に見たものよりもだいぶゴツい気がする。


「何これ?」


「アリサさん用の特注品です。魔術回路の許容魔力量を各段に向上させています」


「助かる~! また壊したら大変だもの!」


 私は早速耳に取り付けて、イゾルデに協力して貰い動作チェックを行う。


「聞こえますかぁ?」


「感度良好」


 どうしてか、ささやき声で話すものだから少し耳がこそばゆく、しかし気持ちが良い。


 イゾルデに耳元で囁かれるASMR。魔道具なら技術的に可能だから売れること間違い無し。


 更に暫くして日もてっぺんに昇って昼頃。


 周囲を偵察する斥候の動きも慌ただしくなってくる。


「諸君!」


 するとバルドゥインが詰所から現れて、声を張り上げた。


「ここから1ルフト先にて、ついに王国軍が確認された! 聖女を待っている暇は残念ながら無くなってしまった! 出陣の時だ!」


 その言葉を聞いて、イゾルデは私の袖を掴んで声を震わせる。


「あ、アリサさん……」


「大丈夫。アハト・ゼクスの速さは知っているでしょう?」


「でも……」


「今回の戦争が始まるにあたって、相手のリサーチもしてきた。王国はリガネ教への恭順が深いから帝国ほど魔術師を軍にしていない。という事は箒に乗って戦う私達は弓の射程外に居れば魔術を撃ち放題という訳なんだ」


「も、もしもという事がありますし」


「そのもしもに備えたアハト・ゼクスだよ。大丈夫、相手に魔術師が出ても私なら負ける事はない」


 などと、私は空元気を振舞ってみる。


 魔術師対魔術師の戦闘なんて訓練を受けていないし、ましてや箒での空中戦なんてどうやればいいのか分からないが、それでも全てはイゾルデやシュテファニエ、バルドゥインを無事に帰す為に参加した戦争だ。私が張り切らないでどうする。


 3人だけじゃない。この陣地に居る皆を生還させてあげたい。彼らは同じ帝国に住む住民で、私にとってのイゾルデ達の様な人を帝国や故郷に残して従軍しているのだから。


「じゃあ、行ってくるね」


「気をつけて……!」


 後ろ髪を引かれる想いでイゾルデに見送られ、私はアハト・ゼクスで荷物を引きながら、この平原を見下ろせる丘へと降り立った。


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