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第30話「覚悟」

 会食は進み、デザートが運ばれた頃。それまで冗談や世間話を交わしていた中で唐突に皇帝陛下は卓を人差し指で3回、トントントンと叩く。


 それを聞いて、口元が緩み切っていたバルドゥインの表情は険しい物になっていく。


 どうやら、ここからがこの会食を開いた本題らしい。


「さて……ついにクストウェル王国の進軍が開始した」


 それは戦争のお話。


 前提として、帝国はシュベルト帝国を中心とした6つの属州によって成り立つ国家だ。


 海岸のある西岸部を除いて、様々な国達に囲まれている。


 そのうちの一つが、ここより東に位置するクストウェル王国。


 既に100年に渡り帝国はこの国と戦争をしており、ここ数ヶ月は各国が聖女召喚の儀を執り行う時期だった為、戦局は小康状態であったらしい。


 言わば、私が召喚されたのも聖女候補を募集したのも、次の戦争を始める準備だ。


 その準備段階が世界的に終わり、ついに戦争再開の時節がやってきた。


「彼らと激突するであろう場所は王国との国境線に位置するセネト平原だ。ひとたび合戦が始まれば身を隠す物も、護る物存在しない広大な原っぱが広がる。それでも先陣は……やはり君が往くのだろう? バルドゥイン」


「はい。それが我が黒鉄槍騎士団の務めですから」


「であれば、君達の進軍に着いて行ける様な聖女、あるいは魔術師が必要だ」


「聖女の方々では行軍に耐えれないでしょう。やはり駛馬の賢者であるエドガー殿が再び戦地に赴く事になるのでしょうか……」


「いいや、彼以上の適任が居るだろう」


「は……? いえ、そんな――」


「そんなまさか!」


 バルドゥインの声を遮って、ルストフェルトが立ち上がって声を荒げる。


「……陛下、御身に粗暴な振舞いするなど、無礼を働きました」


 ルストフェルトも大人で法務長官に就いている。すぐに先の非礼を詫びて頭を下げたは良い。だがその手はわなわなと震えている。


 彼らしくない姿に、思わず私含めた一同はまさに鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見つめてしまう。


 暫くの沈黙の後、それを切り裂いたのは皇帝陛下だ。


「気にせずとも良い。今の余……いや、僕はテオバルト。少しお金を持った青年だ」


 ここの料理を「庶民の料理」と口にしてしまう財力を、“少し”と言いますか。


「今のルストフェルトより愉快な事を言おう。どうやら当の本人が、話の渦中にいる事を全く気付いていない様子だ」


「へ? 一体誰なんですか?」


 間の抜けた声を上げる私の予想に反して、今度は全員の視線が集まる。


「えっと……もしかして、私?」


 ルストフェルトは沈痛な面持ちで首を縦に振り肯定する。


「わ、私がそんな大層な魔術師じゃないですよぉ……」


 エドガー以上などと、私には身に余る評価を頂いてしまったが、それは過大評価だ。


「では、いま君が製作している箒。エドガーとの競争に勝ったと聞く」


「あれはこちらに有利な条件だったからで……そもそも箒が凄いのであって、なら私の箒にエドガーを乗せれば……」


「その彼から事細かなレポートが上がっていてね。曰く、自身の魔術よりも魔力の消費を抑える事が可能で速度も上。そしてあの箒の習熟には最低でも3か月。そこまでやってようやく街から街の往還が可能な程度である……との見込みだそうだ」


 あぁ……その通りだよ。


 車の免許を取るのが大体3か月から半年だ。そこまでやってようやく街乗りを問題無く出来る程度で、レースだとか行軍だとか、そんなプロフェッショナルの技術には程遠い。


 私は18歳で免許を取ってから9年培った程度の技術を応用して、試作一号の操縦を上手く熟しているに過ぎない。


「えっと……操縦を誰かに教えるとかは……」


「そもそも、アレは未だに試作段階なのだろう? 誰かに教授するよりも先に開戦までに完成させたまえ。必要な費用は私が出そう。量産の目途が立つなら報酬も渡す」


 わぁい。税金で開発できるなんて! 嬉しいなぁ!


 お上からの依頼って報酬の割に合わない高い完成度と短い納期を求められるから、9割クソ案件になる事に目を瞑ればな! 皇帝陛下に限ってはそういう事無いと信じたいな!


 私がお金に目を眩ませていると、バルドゥインは大きなため息を吐きながら髪をかき上げながら口を開く。


「テオ、俺は彼女を戦場に送り出す事に同意できない。そもそも聖女として召喚したのに敵を殺せと命令するのか?」


 いつもの格式ばった物言いではなく、幼馴染としての言葉でバルドゥインは皇帝陛下を諫める。


「バルドゥイン。アリサは従軍魔術師奨学金制度で有事の際は軍に従うとの契約を結んでいる。これは避けられない事なんだ」


「しかし……」


「私だけじゃない。参謀本部としても彼女の魔女としての才能と箒による即応性が今回の戦場で必要になると判断している」


 参謀本部。やけに私を高く買ってるな。でなければ私を伝令に任命しないか。


「テオバルト様、私もバルドゥイン殿と同意見です。そして従軍契約は必ずしも前線での火力支援を行わなければならないという強制力は無い筈。後方支援の選択肢を提示しないまま従軍を指示するのもまた契約違反です」


 ルストフェルトは飽くまでも法務長官として制度に則った反論で返す。


 だが、皇帝陛下もそれに負けるほど甘くはなかった。


「あぁ、飽くまでも参謀本部及び皇帝による辞令が無い場合は。今回は参謀本部と皇帝である僕から直々の指令がある。これならば拒否は出来まい?」


 相変わらず、その朗らかな顔立ちからは想像もつかない様な冷徹ぶり。


 確か彼の異名は「鋼鉄皇」だったか。なるほど、確かに心の臓まで鋼鉄出来ていそうな男だ。


「テオ……!」


 バルドゥインはなんとか私の前線行きを避けられる方法を探るが見つけれず、ただ皇帝の名前を呼んで瞳で訴えかける事しか出来なくなった。


 ――このままでは二人の間に亀裂が入ってしまいかねない。


「わかりました! 不肖の身ながら帝国のお役に立てる様に尽力致します!」


「「アリサ様!?」」


 二人はやはり驚きの声を上げる。


 無理もない。普通に考えて、戦場に行きたがる人間が何処にいるか。


 けど、この場を丸く収める為だ。私がただ「行きます」というだけでバルドゥインとテオバルト陛下との間に亀裂を生まずに済むなら、私は何度だって首を縦に振る。

 

 友人っていうのは、大切なものだからね。


「お二方が私の身を案じて前線から遠ざけたいのも分かります。でも今まで魔女の教習を頑張ってきました。一端の戦力にはなるつもりです」


「ですが……」


「バルドゥインは言ったでしょう? 魔術師が最も頼りになる味方だって。私では不足ですか?」


「……いいえ。恐らく、帝国の中で最も頼りになる方です」


「なら、私を信じてください」


 苦々しい顔をしながら黙ってバルドゥインは頷くと、今度はルストフェルトが割って入る。


「私は反対です。貴方はお優しい方。きっと敵を殺めればまた心を痛まれる。私はもう貴方には心労を掛けたくないと言ったのにどうしてわかってくださらないのですか?」


「ルストフェルトが思っている以上に私は心優しい人間じゃないですよ」


「そんな事は……貴方の御心のお陰で、イゾルデなど救われた者も居ます」


「私はただ貴方が気に入って、貴方の延長線に居るだろう誰かだから優しくできた。身内にだけ甘い人間なんです。これまでの私の騒動で分かるでしょう?」


「それでも、貴方には戦場の凄惨さを知って欲しくない……」


「私は大丈夫ですから。何度も言いますが、それぐらいでへこたれる女じゃありません」


 中世ヨーロッパ風の世界だから仕方のない事だけど、女性が戦場に出るという事はあり得ない事だから、なおのこと私を戦場へ送り出す事に忌避している帰来がある。


 だが、現実問題としてこの世界にだって女傭兵が居る訳で、だから参謀本部も私に戦場へ行けと何の気負いもなく指令を下せたのだ。


 戦争に参加するなんて現代日本で暮らしてきた私には想像もつかないし、出来るとも思わない。


 だけど……あぁ、そうだ。私はバルドゥインには無事に帰ってきて欲しいのだ。


 それはきっとテオバルト陛下も同じ気持ちだろう。


 数ヶ月程度しかない付き合いの私でさえ生きて欲しいと願うのなら、十年以上苦楽を共にしてきた彼に戦争が起こる度バルドゥインを戦場に送り出すなど気が気ではない筈。


 でもテオバルト陛下はバルドゥインの親友である以前に皇帝だ。死んで欲しくないから戦場に向かわせないなんて、あってはならない。


 だから、私を選んでくれた。


 皇帝として公的に選べる選択肢の中から彼なりに最も生還率が高くなる様に私を戦場に送り出す事を厭わない。


 そりゃそうだ。異世界からやってきたとは言えテオバルト陛下からすれば他人も他人。


 贔屓にしてもらってはいるものの、飽くまで彼の役に立つからってだけ。


 私だって貞淑に内地で無事をお祈りなんて耐えられない。出来ることがあって、それを任せて貰えるならなんだってやろう。


 皇帝陛下が犠牲にする方を私とバルドゥインで秤に置いた様に、私もまたバルドゥインと自分自身を秤に預けるのだ。


「彼女も覚悟を決めている。それを無碍にするのも失礼ではないか?」


「……テオの言う事も尤もだ……」


 バルドゥインは身体を私に向き直して、俯いた顔を上げて私の瞳を真っ直ぐ見つめる。


「何かあればすぐに私の下へ。絶対に貴方を帝都までお守り致します」


 幼馴染で親友のテオに見せたフランクな顔つきではなく飽くまでも騎士として彼は私に相対する。


 彼の中では、飽くまでも私は護るべき女性なのだ。これもまた、仕方ない事か。


「私も出来る限りのサポートは致します。激戦が予想されますから、参謀本部にも多少の無理は通せるでしょう」


 ルストフェルトも私の覚悟を認めてくれたが、それでも心配なのは変わりないらしい。


「……ウルリヒ、これではまるで僕が悪者みたいじゃないか?」


「事実として悪者ですよ、坊ちゃま」


 私達3人を眺めながら、皇帝陛下は悪戯っ子の様に口を尖らせてわざとらしく顔をしかめた。


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