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第29話「やんごとなき食事会」

 という事で夕食時。私はバルドゥインに連れられて上層街へやってきた。


 いつもの甲冑ではなく、フード付きの外套を羽織った上品な服装。


 待ち合わせ場所には、同じ様にフードを被った人も立っていた。


「こんばんは。そちらの方は?」


「私ですよ、アリサ様」


「その声、ルストフェルト?」


 私が気付くや否や、彼はフードを少したくし上げて、自身の顔を見せる。


「どうしてまたそんな……まるで隠れるみたいに」


「これから来る御方を見れば分かりますよ」


「へ?」


 私が理解出来ずに首を傾げてると噂をすればなんとやら。更に二人ほどフードで顔を隠した男性がやってきた。


「やぁ、魔術師アリサ。久しぶりだね」


「へっ!? こっ……」


 私はようやくルストフェルトの言っている事を理解し、口を抑えて思わず出かった言葉を押し込んだ。


 その朗らかな青年の声色。忘れもしない、テオバルト皇帝陛下だ。


「な、なんでここに……」


「上層街にはお忍び用料亭があってね。顔を隠しても入店出来るんだ」


「ば、バルドゥイン……今日の予定ってまさか……」


「はい……テオとの会食へご同席を願いたく……」


「って事はお隣にいるのは……」


「ウルリヒです。今日はお付き合いくださり、ありがとうございます」


 帝国宰相、皇帝、法務長官、騎士団長。


 国のトップに君臨する人や、その補佐をする様な役職の方々が一同に会する食事。


 緊張で強張る私を他所に、4人は店へと足早に向かっていく。


 辿り着いた隠れ家的料亭。そこは日本の高級料亭と似ても似つかない雰囲気だった。


 店員に通された個室も同様の造形になっていて、壁は木造であるものの魔術により防音が施され中の声が隣の個室や外には漏れない様になっている。


 確かにお忍びや密談には持って来いの場所と言える。


 ましてや現代日本の別に誰も探しちゃいない中年と違い、本当に正体を隠して人の目を引きたくない御家柄の方々が実在するのだから、そりゃあもう需要の差は大きい。


「ひっ……メニューに値段が書いてない……」


 私はあまり高級レストランに行く人間ではないけれど、社会常識として知っている。


 値段が書いてないという事は、時価で払う店だ。


 仕立て屋カスタルテの様な良心的な値段の店ではない。本物の金持ちだけを相手にした商売をやっている。


「金額は気にしないでください。支払いはテオがしますので」


「はひっ……あっ、ありがとうございます……」


 私は恐る恐る、適当な肉料理を選んでいく。


 やがて運び込まれた肉料理は金箔で彩ろられた皿にちょこんと小さく乗せられ、ソースが見目豊かにかけられたものだった。


 もっと言う事あるだろって感じなんだけど私はドライブの帰りにラーメン屋に寄るのを「贅沢」と言っちゃうタイプの人間だから、この料理を飾る言葉が思い浮かばないのだ。


「うん。庶民の食事も、また一段と向上したものだ」


「しょっ……!?」


 テオバルト皇帝陛下は自然な口ぶりで、自分の食べる料理に評価を下した。


 きっと帝都に住む人も含めて庶民のほとんどは一生のうちに何度も食べる事が出来ないような類の料理なのですが……。


「給仕達も一度連れてきましょうか。宮廷の料理と切磋琢磨させてみましょう」


「お店の人がプレッシャーで胃を壊しちゃうからやめましょうよぉ……」


「ふふっ。では内々に、それとなくという方向で」


 ウルリヒ宰相は冗談でも飛ばすかの様に微笑む。


「アリサはここの料理をどう思う? 其方の世界と比べた感想を聞かせて欲しい

「いや、あの……わかんないです……」


 私は助けを求めてバルドゥインやルストフェルトの方を見るが、彼らは首を横に振る。


 フードで顔色は伺えないが二人は慣れているらしく、どうやらこのお忍び会食は一度や二度の話ではないようだ。


 そしてウルリヒ宰相と皇帝陛下からすれば初々しい反応を示す人が来て、新しい玩具を見つけたような雰囲気だ。


「私も気になります。外の世界はどの様な料理があるのか」


「聞かせて貰えないか? アリサ」


「えぇ~~っとぉ……」


 日本という国は世界でも類を見ないほど、世界中の料理が高品質で食べられる国だ。


 なので、私の世界の人間の中でも本来であれば彼らが求める様な答えを提供し得る人種である。


 が、さっきも言った様に私は寄り道ラーメンで贅沢な人間だ。


 多少自炊をするとは言え、基本的にジャンクフードしか食べない。


「みっ……味噌汁という物がありまして……」


 苦渋の決断で、私は日本人のソウルフードである味噌汁を例に挙げてみた。


「ほう、なんだそれは」


 案の定、皇帝陛下は食いついた。


「大豆を発酵させた調味料をベースに、魚、海藻で取った出汁……ブイヨンの様な物ですね……それらといくつかの具で作ったスープ料理です」


「か、海藻というと、海の中にあるアレか?」


「はい、アレです」


「あんなものを食べるのか……」


「庶民から私の国の皇族まで、幅広く愛されています」


「アリサの国では普段から庶民が皇帝と同じ料理を食べられるのか?」


「もちろん使われている食材の品質は違いますが」


「なるほど、余も見習わねばならぬ在り方だ」


 なんとか皇帝陛下が楽しめる会話が出来たらしい。


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