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第25話「ルストフェルトの苦悩」

「厄介な方に絡まれてしまいましたね……」


 あれだけの騒ぎになった事で私は注意という名目でルストフェルトに呼びつけられた。


「有名な人なんですか?」


「ローエングラム家と言えば、代々厳正なリガネ教の信徒として王宮や社交界で知らない者はいません。その娘であるシュテファニエ様もまた、ローエングラム伯から厳しい教育を受けた敬虔な聖女です」


「ははぁ……ところで、気になる事を話していたんですが、ルストフェルト一派とは?」


「一派と呼べるほど大層な物ではありませんが……私やエドガー、あとはバルドゥイン殿もそうですね。私に同調する帝国内のリガネ教徒達の事を指します」


「どうしてそんな括りに?」


「私は……本来であれば司教の器ではありません」


「へ? そうでしょうか? 立派に努めているじゃないですか」


「司教という任を与えられたからこそ、その職務を果たしているに過ぎないのですよ。本来であればもっと力や家柄がある者が司教に就く筈でした」


「でも今はルストフェルトが司教ですよね?」


「その方が、皇帝陛下にとって都合が良いからです」


「皇帝陛下に……?」


「皇帝陛下と謁見したという事はあの御方の思想に触れたのでしょう? 彼も為政者ですから、そのまま自分の政策を推し進めては無用な軋轢を生む事もご理解していらっしゃるのです。だからこそ自分にとって上手く事を進めてくれる、または邪魔にならない者を選定して要職に就けているのです」


「じゃあ……」


「私が司教だからこそ彼は魔術師への投資に大手を振って始める事が出来ました。他の者が司教についていれば異を唱えていたでしょう。魔導特区も設立は叶いませんでした」


「私がこうして異世界生活をエンジョイ出来ているのは皇帝陛下のお陰でもありルストフェルトのお陰でもあると」


「……そう言って頂けると、司教冥利に尽きます」


 苦々しい顔をしていたルストフェルトだったが、少しだけ表情が和らいだ気がする。


 嘘は言っていない。ルストフェルトが何かと気にかけてくれて、イゾルデの一件も迅速に動いてくれたからこそ、私は今こうして好きに生きられる訳で。


「私はただ、後ろめたさを紛らわす為に働いている様な物です。なのに、働けば働くほどそれは増していく……」


 椅子にもたれかかると、彼は手で目を覆いながら天を仰ぎ、ため息を吐きながらそんな言葉を漏らした。


 珍しく彼が弱味を吐いた気がする。それだけ最近は心労が祟っているのか。


「気負い過ぎでは? もう少し肩の力を抜いても、罰は当たらないと思いますが……」


「そういう訳にはいきません。少なくとも、貴方がこの世界を去る日までは――」


 ルストフェルトは自身が言った言葉にハッと気づき、身を起こして口を押える。


「すみません、今のは失言でした。アリサ様に帰って欲しいという訳ではありません!」


 そんなつもりがないのは彼の普段の態度で分かり切っているけれど、そう捉えてしまいかねない言葉を発してしまった事に彼は自責の念を感じてしまう。何せ、何処までも愚直で誠実な男だから。


 そういう性格だから私にも対等に接してくれて、そこが気に入ってこの世界に行こうと思えた。


 でも、彼の愚直さは時に、自分を縛りつけ、自分を傷つける。


 他人は全く気にも留めない様なことを、ルストフェルトは心労として抱えてしまう。


「大丈夫です。そういう意味で言った訳ではないと分かっていますから」


「ですが……はぁ……自分はなんという事を……」


「私は貴方の愚直でマジメな所が気に入ってこの世界に来たわけですし、お陰で今は幸せです。だからルストフェルトに幸せになって欲しいなぁと思うのですが」


 率直な私の願いだ。気に入っている人の好きな面で、心が壊れて欲しくはない。もっと自分を労わってもいい。


「私が、幸せに?」


「そうです。司教として救いや幸せを説くなら、まず自分がそれを理解しないと説得力がないと話になりませんし」


「それは……そうですね。自分が知らない物事を他人には語れませんから」


「だからまずはルストフェルトから……って、賓客としてもてなされておる私が偉そうに言うのもなんですが」


 私が照れ臭そうに誤魔化すと、ルストフェルトは軽く微笑んで返す。


「そんな事はありません。私が、そして他の方が貴方に尽くすのは、ただ貴方が異世界からの来訪者だからではない。貴方の御心に感銘を受け、自らの意思でそうしたいと感じたからです」



「なんだかちょっと気恥ずかしいですね……」


 しかし、さっきの微笑みとは打って変わって、すぐに神妙な面持ちで彼は続ける。


「だからこそ厳に注意します。今後は異端者や背教者と疑われる様な事はどうか……本当にどうか、くれぐれも慎んでください」


「え、でも……」


「今、アリサ様がこの世界に居られるのは二つの祝福が施されているからです」


「二つ……?」


 片方は不老の祝福だと分かる。だが、他に祝福など掛けられていただろうか?


「アリサ様は、今こうして自然に会話出来る事を不思議に思った事はありませんか?」


「……そういえば最初は思ってたけれど……」


「それは私が初めて貴方と出会った時から、言葉の壁を超える為の祝福が掛けられていたからです」


「初めて会った時から……? というか祝福って事は……」


「エリ様の一件の様にこちらの一存で解く事も出来ます。そして、解かざるを得ない状況も起こり得ます」


「私が異端になったら、ですか?」


「はい。リガネ教は異端者には祝福を与えてはならないと定められています。もしアリサ様が異端の道を歩み、審問官に判決を下された場合……不老と翻訳の祝福は解かれます」


「そしたら、私は帰らないといけない……?」


「残る事も出来ます……永遠に」


 つまり、いつまでも居ても、いつ帰っても許されるこの状況は、私がリガネ教に守られているから成り立っていて、私の行い一つで簡単に覆ってしまう。


 そして、その時に私はこの世界に永遠に残るか、この世界から帰るか……その二つの内どちらかを選ばなくてはならない。


「その選択は今の貴方にはあまりにも酷です。私があの日に言った通り、貴方が傷ついてはこの世界に招いた意味がない。出来れば、もうこれ以上貴方に心労を与えたくはない」


「……善処します」


「ありがとうございます……話はこれで終わりです。イゾルデさんも心配しているでしょうから安心させてあげてください」


「わかりました」


 そうして、私はルストフェルトに見送られて執務室を後にした。



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