第23話「過去との決別」
前提として学校というのは慈善事業じゃない。
教員は雇わないといけないし、実験に道具が必要なら学校側で用意しないといけない。
小学校・中学校など義務教育で通える教育機関は運営する資金を国民の税金で賄っているのだけども、大学の様な専門的な学校まで行くと生徒、またその保護者からお金を徴収しないといけない。
さて、魔術学院というのは私の世界で言うところの専門学校。
なので入学金や授業料を納めないといけないのだが、流石は帝国と言ったところ。それを補助する制度がちゃんとある。
それが「従軍魔術師奨学金制度」。
戦争が起きた時だけ臨時に従軍する契約を交わす事で魔術学院にかかる費用を負担してくれる制度で、私とイゾルデはこれに加入する事で魔術学院に入学が叶った。
今はその義務を果たす為、学院が終わってすぐに帝都から離れて国境にほど近い砦へと向っている最中だ。
というのも、エドガーとのレースで私が作った試作一号は有名になった。
ご丁寧に重い物も運べる~なんて彼にマーケティングしちゃったものだから軍の運用や作戦を考える参謀本部へと伝わり、奨学金の義務として伝令と輸送の仕事を任されてしまったのだ。
「お疲れ様でぇす……書簡をお届けに参りましたぁ~」
詰所に足を踏み入れると、見覚えのある甲冑を着た青年が地図とにらめっこをしている最中で、私が声をかけて顔を上げて、驚いた表情を私に向ける。
「なんと、アリサ様! どうしてこの様な僻地に?」
「お久しぶりです、バルドゥイン。エドガーに競争で勝ったら伝令を任されました」
「それは……称賛すれば良いのでしょうか?」
「褒めてください。彼は帝国で最速だったんでしょう?」
「駛馬の賢者と言えばその背中を捉える者は居ないとまで謳われたほどです。それに真っ向から打ち勝つのは流石アリサ様と言ったところでしょう」
「多く届ければそれだけ給金も出すと言われました。この子の試運転に持って来いです」
そういって、私は自慢げに試作一号をバルドゥインに見せる。
「なるほど。ではあまり時間を取らせる訳にも行きませんね。すぐ目を通します」
「ありがとうございます」
バルドゥインに書簡を渡して彼が返事を書くまでの間、私はその仕事ぶりを眺めながら砦に勤める兵士の出したお茶で一服。
「それでは、よろしくお願いします」
「お任せください」
数分後、私はバルドゥインから手紙を受け取ると、それを鞄にしまってすぐに砦を飛び立った。
黄昏時の夕陽を浴びながら、私は駆け巡る大地に見下ろすと異様なものを見掛けた。
「なんだあれ?」
私はすぐにブレーキをかけて改めて視線を向けると、それは倒れた馬車だった。
傍には帝国の騎士が倒れていて、その鎧は棍棒で凹み、首元は斧で裂かれている。
「これは……」
私はすぐに地上へ降りて騎士の容態を調べるが、既に息は無い。
「少々お顔を失礼……」
兜を取ってみると、すぐに誰か思い当たった。
あまりいい思い出ではないが、懇親会でエリと騒いでたキースという男だ。
「棍棒、斧……という事は……」
私は空へ向けてある魔術を放つ。
照明弾の様に、一定の高度まで到達すると赤い光を放ちながらゆっくりと滞空する。
合理性の高い帝国だ。狼煙以外にもこの様な魔術や魔道具で味方に情報を伝達する術を考案していて、赤色は至急救援を求む……だ。
「さて、聖女様はどこだ」
即座に飛びあがって、上空から偵察を開始すると、喧騒を耳にする。
「誰か助けてぇっっ!!」
聞き覚えのある声の悲鳴……やっぱりエリか。
助けを呼ぶ声へと駆けつけると、粗暴な男3人に囲まれた彼女の姿が見てとれた。
「雷鳴、三点射……!」
四の五の言ってる間はない。詠唱を簡略化した雷属性の魔術を放ち気絶させる。
「ひやあぁあぁああぁ!?!?」
目の前で雷が落ちてエリも驚きのあまり声をあげるが、今は知ったこっちゃない。
ともかく山賊を無力化する事には成功したので、私は現場まで向かい、降り立った。
「だ、誰?」
「アリサだよ。大丈夫」
「あ、アリサ……? なんでここに……」
「たまたま通りがかっただけ」
私は再び照明弾魔法を放つ。今度は位置を知らせる為だ。
「あとは……うん、山賊は生きてるな」
威力の調整はちゃんと出来ていたらしい。
「土くれの人形よ、彼の者を捕縛せよ」
彼らが意識を取り戻した時に逃げ出さない様、私は土属性の魔術で地面から土くれの腕を産み出して、それに彼らを捕縛させる。
「これで良し。すぐに近くの砦から人が来るはずだから、私は行くね」
「ま、待って! 置いてかないで!」
「……はぁ……」
他にこいつらの仲間が居ないとも限らないか。
仕方なく、私は近くの砦から助けが来るまで、この場で待機する事にした。
それから数日後、私は聖女を救ったという手柄を称えられ勲章を貰った訳だが……。
「エリ様。貴方には職務放棄の嫌疑がかけられています」
本当は今日も学院で講義があるのに、朝から裁判に同席しています。
被告人は先日盗賊に襲われたエリ。被害者ではあるのだが、彼女は本来であれば騎士を祝福で加護を与えたりして傷を癒して援護しなければならない職務があるのに、それを放棄して逃げ出した疑いがもたれてる。
罪ではないが、騎士と聖女っていうのはおとぎ話の関係じゃない。立派に軍事的な戦力に相当するもの。なので、それを放棄するという事は立派な軍規違反という事だ。
私はというと、現場に居合わせた証人という事で呼ばれた。
そして法務長官であるルストフェルトの立ち会いの下、審問官による進行でエリの裁判は始まる。
「ま、待って! 私達は急に襲われて、祝福をかける暇がなかったの!」
「キース殿は3人を相手に長時間の抵抗を行いました。山賊からの証言で彼を仕留めるのに時間が掛かったとの遺体の検分から裏も取れています。それでは、救助に携わった魔術師アリサ。貴方からも証言をお聞きしたいのですが」
エリは何故か私の方を睨む。まるで、どうして山賊連中を殺さなかったのかとでも言いたげだ。
「私が現場を発見した時には既にキース殿は息絶えており、聖女エリ様はそこから北へ数十セロ離れた場所まで逃げていました。私が彼女を見つけた時点でちょうど追いつかれていました」
「アリサぁっ!!」
悲鳴の様な怒りの様な叫びを向けられるが、私は別にエリを陥れたい訳じゃない。飽くまでも事実を述べているだけだ。
「静粛に。魔術師アリサの証言から、奇襲に遭いながらも祝福の力を発揮するだけの時間があったと判断します。聖女の特権にはそれに伴う義務がありますが、貴方はその義務を放棄し、その結果として我が国は騎士を失いました。この損失は非常に重い」
エリの顔が青ざめていく。処刑の二文字が、脳裏に過っているに違いない。
こればかりは仕方ない。騎士というのは誰もがなれる訳じゃなく叙勲される事で初めて騎士の称号を得られる物。
被害者のキースくんは若い男性だったから、恐らく何処か良い御家柄と思われるので、今ごろ実家では大騒動だろう。
「しかし、異世界からの召喚者に厳罰を処す訳にも行きません」
その言葉を聞いた彼女がほっとと胸を撫でおろすのも束の間。審問官は判決を下す。
「よって聖女の資格を剥奪。それに伴いエリ様は元の世界へ送還させて頂きます」
「はぁ!? ま、待って! それだけはやめて!」
送還を告げられて、彼女はまた顔色を変えて、悲鳴を上げた。
やはり、彼女には日本で何か深い事情を抱えている。
私を貶めてまで聖女になったのだ。それだけ深刻な物なのかもしれない。
「アリサ! 助けて! お願いだから!」
私はなんと答えるべきか。
せめて、どんな過去があるのかだけでも聞いておくか。
「どうしてそんなに聖女に拘るの? 日本で何かあった?」
「えっ、そ、それは……」
私の質問に対して、しどろもどろになりながら彼女は意を決して口を開く。
「借金があるの……親から背負わされた借金が……」
私は彼女の言葉を聞きながらルストフェルト達を視界の端で様子を伺う。
「とてもじゃないけど私じゃ返しきれないの! もう借金取りに追い掛け回される生活は嫌! 不幸な私を助けて!」
私はため息を吐き、ルストフェルトの方を向いた。
「ルストフェルト、彼女がこの世界に来る直近二週間の映像。出せますか?」
「……わかりました。手配します」
「あ、アリサ!? 疑ってるの!?」
「私は一度騙された。だからまた騙されたくはない」
「な、なんで……ふざけんじゃないわよ!」
なんて滑稽な物を見ているのだろう。
演技に徹していればいいのに、わざわざ取り乱すものだから自分から嘘を吐いていると言っている様なものだ。
「こちらになります」
私はルストフェルトがスカウトに来た時以来のタブレットみたいな石板に目を向ける。
そこにはホストへ貢ぎに貢いで色んなところからお金を借りているエリの姿があった。
「……本当に両親から借金を背負わされたのなら、助けようと思いました」
「あ、アリサ? 聞いて、私の話を聞いて!」
「でも、また騙そうとしたね」
「ちが……違う……」
「私はもう、貴方に何を言われても黙ってたアリサじゃない」
「アリサの癖に生意気なのよ! 私を下に見るんじゃない! 陰キャの癖に――」
エリが罵詈雑言を並べようという時、一瞬にして彼女は光に包まれ、それが消える頃。
既にエリの姿は無かった。
「アリサ様、大変心苦しいお役目を背負わせてしまい申し訳ありません」
ルストフェルトは俯きながら私に声をかける。
それに対して、乾いた笑いを浮かべながら答えた。
「これからスカウトする時は人柄や素行、責任感も能力の一つに数えた方が良いですよ」
審問官や法務官一同は、身に染みて頷いていた。