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第19話「下着革命」

 それから一週間後、私達は三度目になる仕立て屋カスタルテを訪問する。


 前回、前々回までと違うのは、庶民や令嬢、修道女など様々な女性が押しかけていた。

「あ、アリサ様、イゾルデ様」


 アンリエッタさんが私達を見つけると、手招きする。


 他のお嬢さん方には申し訳ないと思いつつ、彼女らの間を縫うようにかきわけてアンリエッタさんの下へと向かう。


「大盛況ですね」

「はい。アリサ様の宣伝が功を奏した様です」


 私は目を逸らしながら頭を掻く。ほとんどルストフェルトが手伝ってくれた事なんで。


「という事は、これ全部ランジェリー目的のお客さん?」


「はい。オーダーメイドの予約が打ち止めになるや否や若い弟子が作った既製品でも良いから優先的に売って欲しい交渉する方まで現れました」


「当分は儲けられそうですね」


「えぇ。既に売り上げは金貨一万枚に届く勢いです」


「主にどんな方々から?」


「真っ先に飛んできたのは令嬢騎士のお嬢さん方だよ」


 アンリエッタさんと雑談しながらデザイン部屋へ最中、上から私達を見つけたのか彼の方から出向いてきた。


「令嬢騎士はその仕事柄で馬に乗る事が多くてね。仕方なく補正下着を履いていたところにショーツの出現だ。彼女達の深刻なニーズへ応える事が出来たって話さ」


「ほうほう、その他は?」


「やはり貴族のお嬢方さんだな」


「それは何故? 彼女達は馬には乗りませんよね?」


「下世話な話だが彼女達の仕事は結婚相手の心を射止める事だからな。夜伽の場にドレスを着ていく訳には行かないだろう? その点で言えばランジェリーは夜伽の場で見せてもなんら不思議ではなく、ましてや全裸より男の情欲を煽る。僕は大して興味は無いが」


「なるほど、勝負下着の概念が早くも産まれましたか」


「女性間の流行は常に新しい概念を産み出していく。だから僕は婦人服に夢中なのさ」


「では成果物を見せて頂きましょうか」


 デザイン部屋に集合し、彼はデスクに作ったものをドンドン並べていく。


「試行錯誤の為、大きく分けて3種類ほど作った。まずはサンプル品通りの物、それから肩にかける紐が無くても支えられるもの、後は細い鉄線仕込んで安定度を増したものだ」


 天才とは思っていたが、ここまでとは。


 どれも実際に現代日本で利用されている主要な形のものだ。


「それと、これは眠る際に着けるもの。試着した弟子からの意見を取り入れた」


「完璧です。私の世界でも通用するんじゃないですか?」


「フッ、君の世界では他にどんな服があるのか楽しみだ」


「えっと、これを私が着けるんですよね……? 下着ってイメージからほど遠い様な」


 今回の主役であるイゾルデは首を傾げながら一つを手に取った。


「そうだね、まずはスタンダードなものから行こうか」


 一旦ヴォルフガングを作業場に退避させ、アンリエッタさんと一緒になってイゾルデにブラジャーを着ける。


「あっ……!」


 つけてすぐ、彼女も変化に気が付いたようだ。


「凄い! ア、アリサさん! とてもラクになったような気がします!」


 そう言って、彼女は何度か小躍りするように跳ねる。アブないアブない。


「わぁっ……! 跳ねても胸が痛くならない!」


 胸の薄い私には経験のない事なんだけど、本当に痛いんだなぁ。


「鏡もありますよ」


 気配り上手なアンリエッタさんが姿見を引っ張り出してきて、イゾルデに今の自分の姿を見せる。


「とってもお洒落……! 本当にこれを頂いていいんですか?」


「飽くまで試供品ですので、お代は結構ですよ」


「何から何まで……本当にありがとうございます……」


 思わず感涙しそうなイゾルデだったが、コンコンと扉を叩く音で涙は引っ込んでいく。


「そろそろ入っていいかぁい?」


 ヴォルフガングを待たせているんだった。


 流石に下着姿のままではいけないので、私達は急いでイゾルデにドレスを着せる。


「さて、依頼はこれで完了という事でよろしいかな?」


「はい。期待以上です」


「そうか。あと、これはサンプル品を解体してしまった返礼だ」


 そういうと、下の作業場から持ってきたのか新しいブラジャーを持ってきた。


 サイズは大きくない……という事は、私の物か。


「バラしてみて分かったがアレはどうやら安物だね。君はこれに関しては無頓着だったお陰で僕達もどう簡略化すれば安価に作れるか理解出来たよ」


「ハハァ……服よりもお金を掛けたい物がありまして」


「自由で結構。弟子達に既製品を作らせる練習になった。流石にこの……僕にも理解が及ばない生地までは再現できなかった。違和感は我慢してくれ」


 彼が言っているのは恐らく、ポリエステルやナイロンなど、石油を原料とした合成繊維や化学繊維のことを指しているのだろう。


 性質を知ったら、ヴォルフガングもおったまげるはずだ。


 しかし、そもそも石油を利用しない世界だ。アレを原材料にしている繊維を再現するのは不可能と言える。イゾルデとヴォルフガングが手を組めば2、3年しない内に作れそうな気がするけど。


「大丈夫です。むしろ質としては向上してます」


「それは良かった」


 受け取るものを受け取り、あまり商売の邪魔をしないよう私達は仕立て屋カスタルテを後にする。


「なんだか夢みたいです」


「どうして?」


「ずっと無くなればいいと思っていた私の身体の一部が魅力だと思える様になって、それを飾れる服が貰えて、なんだか私ばかりが幸せになってるから……」


「大丈夫、夢じゃないよ」


「そうですね、夢じゃないです。でも、少し怖い」


「怖い?」


「何処かでしっぺ返しが来るんじゃないかって、幸せになった分だけ試練がやってくるんじゃないのかなって……主はいつも私達を見ているから」


「私は違うと思うな。イゾルデは今までずっと試練を受けていて、それを乗り越えたから幸せになれたんだよ」


「そうでしょうか?」


「間違いない。だからこれからはもっと自分の心を解放していいんだよ」


「じ、じゃあ私……アリサさんと……」


「ん?」


「――ごめんなさい、やっぱりなんでもないです」


「なぁに、それ~」


「ほんとになんでもないですよ~!」


 はしゃぎながら走り出したイゾルデの後を追って、私も駆けていく。


 帝都に射す夕陽を浴びながら、岐路に着く。


 けれどその先には、私も予想していなかった波乱が待ち受けていた。


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