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第17話「仕立て屋カスタルテ」

「いらっしゃいませ! 仕立て屋カスタルテへようこそ!」


 この店の制服らしい衣装を着た女性がこちらまで駆け寄って出迎える。

 

「本日はどの様なご用件でしょうか? 当店では店舗の既製品以外にもオーダーメイドも承っております」


 とても丁寧な接客だ。上層街に店を構えるにあたり良く教育がされているのが分かる。


「きょ、今日は服を探しにきました……っ!」


「どの様な服をお求めでしょうか?」


「あ、あの、腰元を緩く締めて、身体を細く見せてくれる様なものを」


「ふむ……コルセットなどの補正下着は使用しますか?」


「えっと……」


 イゾルデは私の方をすこし見上げてくる。少し前、コルセットで内臓を圧迫させる危険性を説いていたのを覚えているようだ。


「ゆるく締める形の……例えば、カフスの物をお願いできますか?」


 しかし、イゾルデも女性だ。腰を細く見せたいという気持ちもわかる。


 だから折衷案。健康被害が出ない範囲でイゾルデの希望に沿ったものにしよう。


「承りました。それでは、こちらへどうぞ」


「あ、ありがとうございますっ!」


 イゾルデは深々と頭を下げる。これは、店員にも私にも向けた言葉だった。


「こちらにあるのは、コルセット一体型のドレスとなっています。カフス式は左手の奥に陳列されてあります」


 通されたコーナーには店員が言う様にコルセット一体型のドレスが複数並んでいた。


 分かりやすく貴族の令嬢が着ているイメージの豪奢な物があれば、私が着ているドレスにと同じで質素なデザインの物もある。


 コルセットも種類が豊富だ。シルク製の物やレザー製などの選択肢もあって、締める為の紐にも色や材質で違いを持たせている。


 カフス型にも彫刻が入っていたり、宝石を嵌めたりと意匠を凝らせた物が多い。


「これらのカフスは私共が提携している宝石店、ジェエル・マリーネ所属の彫金師による加工でございます」


「え~っと、このカフスを別の物に変えて頂く事も可能ですか?」


「はい。仕立て屋カスタルテではお客様の大切な衣服をより彩る為、カフスの他にも多数のオプションパーツを販売致しております。また、弊店舗でお買い求めの商品に併せた品もご用意しています」


 私はファッションそのものには詳しくない。けれど、この店が何故上層街という日本で言えば銀座みたいな一等地で商売出来るのか、よく理解できた。


 色んなニーズに合わせた商品を展開しながら高級な服も安価な服も分け隔てなく楽しめる様に商品を展開している。要は金持ちも貧乏人も選ばない商売。


 だからこそ、上層民以外もこの店に訪れる。中流階級の方が絶対数が多い分、そのお陰で他の店と比べても大きな店舗を維持できるほど売り上げと弾き出しているようだ。


「アリサさん、どんな服がいいですか?」


 あぁ、そういえば私はイゾルデに服を選んで欲しいと言われていたんだ。


 さっきあんな事を言ったけど、私自身に服を着る楽しみとかはないです。


 運転で邪魔にならない服ならなんでもいい。つまりシャツとジーパン。以上!


 そんな私に、イゾルデの服を決められる程のセンスは無い……。


「イゾルデがどんな格好をしたいかが知りたいかな!」


 玉虫色のそれっぽい答えで、まずははぐらかそう。


「どんな格好……」


「ほら、さっき腰を細く見せたいって言ってたじゃない? その他にも貴方が考える貴方が人に見せたい姿から考えるとか……」


「見せたい姿……」


 私の言葉を聞いて、イゾルデは胸元に当てた力にきゅっと力を込めて、熱に潤んだ瞳を向ける。


「では、私がいくつから選ぶので、その中からアリサさんが選んで貰えますか?」


「うん、いいよ」


 快く返事を返すと、イゾルデはぱぁっと顔をほころばせて陳列された服を眺めていく。


「試着も出来ますので、身に着けてからお選び頂く事もお勧めいたします」


 店員も微笑みながらイゾルデに声をかける。


 暫くして、イゾルデはいくつかの服を手に取って試着室へと入っていく。


 着替え終わり、彼女はカーテンを開いた。


「どうですか……?」


 私の下までやってきて、彼女は上目遣いでこちらを見て、強調される谷間が目に飛び込んでくる。


 イゾルデが選んだのは布地が暗緑色なオフショルダーにフリルが着いたワンピース。


 なので豊満な彼女の胸はこれでもかと解放されているし、また腰をシルクのコルセットで緩く締めているため、いわゆる乳袋が産まれている。


「あ、あの、イゾルデ?」


「はい、なんでしょう? も、もしかして変ですか?」


「変? 変では……ないけど……」


「けど?」


「純粋な瞳で私を見ないで……っ! 私が穢れているだけだから……っ!」


 彼女をこんな邪な目で見てしまったら、極刑にされたエロ司祭の事を何にも言えない!


「えっと、次の服をお願いします……」


「わかりました!」


 そして、数分後。


「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!!!!!」


 私はまた悶絶してしまう。


 今度はちゃんと肩とか隠れている衣装だ。


 だが、何故か谷間の辺りにスリットが入っていて部分的に開放的だ。


「アリサさん……?」


「あの、イゾルデ? 確認なんだけど、どうしてその……胸を強調というか見せる服なのかな?」


「やっぱり私の胸は変ですか……?」


「違う違う違う! ごめんね!? 本当に違うの! 魅力的過ぎて私が変になるの!」


 私は彼女の胸を見ない様、思わず顔を伏せて手で覆ってしまう。


 しばしの沈黙のあと、イゾルデはおずおずと切り出す。


「そう言ってくれるから……なんです……」


「へ?」


 私は思わず顔を上げて、聞き返した。


「アリサさんが私の胸の事を魅力的だって言ってくれたから……だからもう隠したくないんです」


 ……本当に自分に嫌気が差してしまう。


 コンプレックスを敢えて見せようと決断したのはそれを自信に変えようとしたからだ。


 何度もイゾルデの胸は疎ましいものではないと言い聞かせていたのに、なんだかんだで私も彼女の身体を邪に見ていた。仕方ないで済む話ではない。


「ごめんね。私、自分で言ってたのに」


「いいんです。やっぱり、もっとお淑やかなものを――」


「これにしよう、イゾルデ!」


 私は話を遮って飾ってあった服に指を差す。


 それは肩と胸元にスリットの入った衣装で、やはり彼女の大きな胸が見えてしまう。


「で、でもこれ……」


「イゾルデの胸はデカいよ。私が頭おかしくなるぐらい魅力的」


「あ、アリサさん……?」


「そんな素晴らしいものを隠すのはやっぱり勿体無い。自信を持って文字通り胸を張れば良い。だからこれにしよう」


 店員は何も言わず、私が選んだ服を手に取ってイゾルデが試着できる様に準備を始めてくれた。


 仕事が速いお人で助かる。


「いやらしい目で見ちゃうのは……ごめん……」


「大丈夫です。私が一番見せたいのは……その、アリサさんだから……」


 嬉しい事を言ってくれるなぁ、この子は。


 私がしみじみしている間に、彼女は店員から服を受け取って試着室へと入る。


 そして、彼女は照れながら再びカーテンを開けた。


「アリサさん、今度はどうですか?」


「最高」


 薄紫を基調とした胸元と肩を開放したドレス。コルセットはレザーのダブルカフス式のもので、生地の色に合わせてアメジストが埋め込まれている。


 身長170cm前後の女性としては高身長のイゾルデが着ると、今まで着ていたローブと比べて途端に大人の魅力的な女性に映る。


 それが年頃の若々しさと混じり、見ているだけでクラクラしてしまいそうな危ない色気を醸し出していた。


「すみません、このお店って薄手のマントはありませんか」


「はい、ご用意致します」


「お願いします」


 店員さんは気を利かせて、イゾルデが今着ているドレスに合う紫のレースが刺繍されている黒色のマントを持ってきて、私はそれを受け取るとすぐにイゾルデへ羽織らせて胸元を隠した。


「ちょっと刺激的過ぎるから、しばらく独り占めさせて」


 こんなものを見せられたら、みんなが彼女に夢中になってしまう。


 イゾルデは年頃の女の子だからきっとすぐに好きな相手が出来るだろう。それまでの間だけで良いから、彼女の悩殺ファッションは私だけの物にさせて欲しいっていう私なりのわがまま。


「良いかな?」


「良いも何も、いまはアリサさん以外には見せる気は無いですし……」


「じゃあこのコーディネートに決まりで!」


 という訳で、今日の買い物が決まった訳だが……。


「マント、ドレス、併せて金貨10枚になります」


「じゅっ……」


 意気揚々と金貨袋を握りしめて会計に出たイゾルデは提示された金額を聞いて真っ白に固まってしまう。


「はいはい、私が出すよ」


 迷わず今日引き出した10枚を店員さんに渡す。ちょうど足りて良かった。


「で、でもアリサさん……私の買い物なのに」


「私が着て欲しいって思ったものだからお金を出すのが筋ってもんだよ」


「もう……そんな風に甘やかされると、ワガママな子になってしまいますよ?」


 一瞬そんな我がまま小悪魔のイゾルデも見たいという考えが頭を過ぎるほど、どうやら私は彼女に入れ込んでいるらしい。


「着てからお帰りになりますか?」


「せっかくなのでお願いします……」


「畏まりました」


 そういうと店員さんは値札を物々しい大きなハサミで断つ。


 恐らくは値札には盗難防止用の魔術がかけられていて、このハサミはそれを解除する為の物なんだろう。


 日本のものだとブザーが鳴るだけだが、果たしてこれは泥棒にどんな仕打ちを与えるのやら、少し興味深い。


 その後、新しい服に心躍ったイゾルデと中層街の方まで降りて、定食屋で食事を摂ったりしながら一日は終わっていく。


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