第15話「音の壁」
次の日の早朝。
講義が始まるまでに徹夜で開発した私だけの魔術を試す為、帝国城内の実技でいつも利用している演習場へ向かった。
騎士の方々から矢を何本か借り受けて、私は準備を進める。
「早いな。何か掴んだのか?」
「あ、エドガー。ちょうど良いところに」
眠気まなこを擦りながら、私は矢を手に取った。
「恐らく、炎魔術全体に革新が起こると思います」
「はっはっは! たった一晩で、大きく出たな」
「ひとまず、炎の吐息……いいえ、仮称ジェットエンジン魔術をお見せします」
「じぇっと……えんじん……?」
エドガー全く聞き馴染みのない単語を聞いてポカンとした表情で私と矢を交互に見る。
きっとエドガーはこれを見て腰を抜かすだろう。
「圧縮、燃焼、噴射」
それらしい詠唱は全く思いつかなかったので、とにかくジェットエンジンが起こす3つのサイクルを私は口にして、魔力を矢に込める。
あとはこれを投げるだけだ。
「それっ」
ダーツでもするかの様に投擲された矢は、放物線を途中まで描き――破裂音を立てる。
「うおっ!?」
甲高く乾いた音。成功の証だ。
「矢が魔力に耐えきれず破裂したか。流石にお前でも一朝一夕では難しそうだな」
そう言ってエドガーは笑う。
時速60キロで速い速いという世界だ。今の音で本当に矢が破裂したと思っても仕方ないし、もしかしたら現代の日本人でも矢が破裂したと思うかもしれない。
「的の近くをよく見てください、成功です。命中はしてませんが」
「は?」
私が指さす先。
的の藁人形……その後ろにある外れた矢を受け止める為の土手に、矢は羽根の根本まで深々と突き刺さっていた。
「さ、刺さっている……だと!? だが、いま確かに破裂した音が!」
土手と私の元を大慌てで行ったり来たりした後、彼は矢を一つ取って火の吐息を使い、矢を土手に向けて放つと、また大急ぎで土手まで駆けて二つの矢を見比べる。
「火の吐息で放った俺の矢は半分まで刺さっている。だがアリサの方は根本まで刺さっている……この差はなんだ!?」
「単純に速度ですよ。私が投射した矢は音の壁を突き破りました」
「音の壁……?」
「物体が音の伝わる速度を越えようとする時にぶち当たる目には見えない壁です。これを貫いた時にさっきの破裂した様な音が鳴ります」
「その速度は一体どれだけの速さなのだ?」
「環境によって変わりますが、私の地球かつ地上1mほどなら秒速340m……この世界の単位で言えば、340セロかな?」
「どうして同じ矢なのに炎の吐息とアリサのジェットエンジンとやらは音の速度に辿り着ける?」
「気づかせてくれたのはイゾルデです」
私は前提知識として燃焼の仕組みについて軽くエドガーに説明し、その後で私の産み出した魔術について話していく。
「燃焼の3要素のうち、空気はありふれているので2つ要素の……熱と可燃物を炎の魔力で補う事にしました。いざ実践してみたら、あら不思議。一気に燃焼にかかる魔力量が軽くなりました」
「バカな……信じられん……」
「そして私が産み出した魔術は燃焼ガスを溜め込む袋ではなく、飛翔しながら空気を取り込む筒を形成します。これにより飛翔すれば飛翔するほど燃焼に必要な空気を取り込めます」
「しかし、それだけであんな速度になるのか……?」
「もちろん、ただ空気を吸入してるだけじゃなく、圧縮の手間は要りますが。私の世界ではこれを魔術ではなく機械……魔力を必要としない道具に用いられ、馬車よりも大きい鋼鉄の身体を音速の2倍以上に届かせました」
戦闘機がそうだ。限界までエンジンを酷使すればマッハ2まで届く。
ただ直進することだけに専念すればマッハ3まで届く機体もある。
「あの矢が飛んだ速さよりも、更に先があるのか……!?」
「魔術ならジェットエンジンの重みが無いので突き詰めていけばすぐにでも出来ると思いますよ」
エンジンだけでもの凄い重さだ。その制約が無い分、魔術の方がより簡単に到達するはず。
「アリサ、少し魔術式を見せてもらえないか!?」
「どうぞ」
私はすぐに魔術式を書いたメモ帳を渡す。
「ジェットエンジンとやらだけじゃない、他の炎属性魔術まで……」
「これを作るのに、もっと基礎の物から組み立てる必要があったので」
イゾルデも少し手伝ってくれたから、一晩でやれたのだ。
「アリサ……いくら払えばこれを売ってくれる?」
「へ? 売るなんてそんな……欲しいならあげますよ、ただの殴り書きなんですから」
「そんな粗雑に扱うな、これは魔術師学会に旋風を巻き起こす! 何故なら炎魔術の前提が覆るのだからな!」
「いやでも……」
「金貨100枚で買う! というか受け取ってくれ! 俺も魔術師のはしくれだ。こんなものを見せられては研究意欲が抑えられん!」
意気込んだエドガーは鼻息を荒くして、どこかへ去っていった。
今日は彼が講師なんだけど……。




