第14話「科学知識によるブレイクスルー」
「では、行ってきます」
安全を考慮して一人ずつ飛ぶことになり、まずは先に私が飛ぶ。
「箒よ、天に落ちよ」
第一段階として、反重力魔術。
「炎の吐息により加速せよ」
そして、燃焼ガスの魔術で推力を得る。
すると、私は後方へ向けて噴射される燃焼ガスによってみるみるうちに加速する。
やり方としては、戦闘機のジェットエンジンと同じだ。旋回する為の翼はないから方向を変えたり上昇するには燃焼ガスの噴射する向きを変えたり反重力魔術の出力を上げる。
高度はせいぜい50mと行ったところで、上昇はストップする。あとは、どこまで加速できるかだが……すぐに限界が来た。
「遅くないか……?」
体感にして時速60キロ。自動車の法定速度と同じぐらいだ。それ以上の速さを出すには、魔術の威力を上げる必要があるが、それにはこの箒だと魔力許容量が足りない。
「お~そ~い~」
湾岸線を訳もなく走っていた頃が最早懐かしい。
「お~~~~~~~~~~~~~い!!」
そんな過去を振り返っていると、後ろからエドガーが手を振りながら追いかけてくる。
なるほど、確かに駛馬の賢者と呼ばれただけはある。体感60キロで飛行する私へみるみるうちに距離を詰めてくる。70キロか80キロってところだろうか?
しかし、不思議なのは減速したかと思うと急加速を行うのを繰り返すところだ。
飛翔というよりかは跳ねるとでも表現する方が正しいかもしれない。
私は燃焼ガスを前方へ向けて減速を行う。それに気づいたのかエドガーも加速を中断して空気抵抗に任せて減速しながらピッタリと私の3m前方で止まる。
「だ、大丈夫か、アリサ!?」
「へ? 何がですか?」
「何がって……60ルフトは出ていたぞ。てっきり魔力の制御に失敗して暴走したのかと思って駆けつけてきたんだが……」
「60ルフト……えっと、確かこの世界での距離の単位で……」
上からルフト、セロ、パロだったかな。
「あぁ。1時間辺りに進める距離を表す速度にも用いられる」
「なるほど、私の世界のキロメートルと同じです」
であれば、私の体感速度の見立ては概ね正しいと見える。
しかし、下から見て速度が分かった辺り、もしかしたら物体の速度を測る魔術もあるのか。
「随分余裕そうだな。地上ではイゾルデが心配していたぞ。安心させてやれ」
「わかりました」
エドガーに促され、私はまた60キロ前後まで出してイゾルデの元へ急いで戻る。
「あ、アリサさん、大丈夫ですか!?」
「心配ご無用。あの程度の速度、私の世界じゃ日常茶飯事だよ」
「全く、アリサの世界はどれだけ目まぐるしいのやら」
私の後を追ってきたエドガーも地上に降りてきた。
「そうですね。馬車と同じぐらいの鋼鉄の塊が当たり前の様に40キロ……40ルフト出せて、それが生活必需品になっています」
「末恐ろしい世界だなぁ」
「事故を起こしたら馬車の比じゃない惨事になります。だから魔術師認定証の様に特定の機関で座学と実技を繰り返して試験に合格しないと乗れません」
「そういう意味では、魔術師の扱いと似ているのだな」
さて、今度はイゾルデの番なのだが、箒を掴んだまま固まって顔を赤らめている。
「どうしたの、イゾルデ?」
「えっ、あ、あの……やっぱりエドガー様とは言え、恥ずかしいというか……」
なるほど、スカートの中身が見えるかもしれないからか。
イゾルデの場合、風属性の魔術になるから余計に舞い上がってめくれる可能性も高い。
「すまん、俺も気が引ける……というかアリサが気にしなさすぎだ」
そう言って彼は目を背ける。なるほど、女性組を男性組と分けたのはそういう配慮のつもりだった訳か。
「いえ、大丈夫です……」
イゾルデもその配慮に気付ける女性なので、彼に申し訳なさそうに箒へ跨った。
「風よ、背中を押せ……わ、わぁっ!?」
私と違い、乗り物を運転した事など全く無いイゾルデはまるで初めて自転車に乗った子の様に悲鳴をあげながらゆっくりゆっくりと進む。
「大丈夫、大丈夫だよ~。私が支えてあげるからね」
ならば私は、彼女の補助輪となって腕に手を添える。
おっかなびっくりで動く割に安定して魔術を維持しているので、よほどの事が無い限りはひっくり返ったりしないだろう。
その点は自転車と違って良いところだ。自転車はジャイロ効果で姿勢を安定させる都合上むしろ速度が出ないと危険だからね。
30分ほど練習した結果、イゾルデは小走りする程度の速度を出せるようになった。
頭脳明晰の天才肌と農村で鍛え上げられたフィジカルの両方を併せ持つ彼女だ。操縦でも如何なく才能を発揮している。
「私もアリサさんの様にすぐ乗りこなせたらなぁ」
「いやいや、乗り物の経験無しで転ばずに運転出来ただけ十分イゾルデも才能あるよ」
今日の実技が終わる頃にエドガーは難しい顔をして、帰ろうとする私を呼びつける。
「どうしました?」
「本当は教習ではなく魔術学院でやる様な事なのだが……魔術式に手を出してみないか」
「魔術式?」
「そうだ。今まで魔術を使う時は呪文を詠唱するだけだったろう?」
「ですね」
「だが行使した魔術の仕組みそのものを理解して発動はしていない」
それはエドガーの言う通りだ。
確かに私は理系なのである程度どういう現象が起きているかを科学的に理解しているからイメージが掴みやすい。
そのお陰で同期の魔術師見習いと比べて半歩リードしている自負がある。
しかし、言ってしまえば私はエンジンの仕組みを理解せずに運転している様なものだ。
私が魔術師として学びたい事がらはエンジンで例えるならばどういう仕組みでエンジンは動き、車は走るのか。それを理解しなければ、私は私の作りたいものを作れない。
「そして魔術式というのは火線や火の吐息と言った魔術で様々な現象を起こす為の設計図だ」
「でも、私達はそんな設計図が手元に無くても魔術は発動できています」
「そうだ。その設計図が手元に無くても発動出来る様にしたものが呪文なんだ」
「……なるほど、確かにただ魔術を使うだけなら要らない知識だ」
また車で例えるが、本来であれば運転免許を取るのにわざわざエンジンの仕組みを完全に把握する必要はない。
私は仕組みを理解した方が習熟も速くなるし、事故の原因も分かると思ってるから勉強を推奨するけど、車を運転するだけなら不必要な知識だから。
帝国がやっている魔術師育成の教習は飽くまでも魔術が使える人間を生み出し、ライセンスを与える為のもの。
新しい魔術を産み出したり、既存の魔術を改良させる人材を育成する為ではない。
恐らく、ほとんどの認定魔術師はここで満足する。
帝国としても1人や2人の開発者を育てるよりも、10人の魔術師を育てた方が得だ。
「そんな専門性の高いものを今の私にやらせていいんですか?」
「中級魔法を取り扱う訳じゃないからな。それを弄るぐらい、許可は不要だ」
「でも、それって永らく使われている様なものですよね? 私が触っても車輪の再発明になりやしないか……」
「お前は卑屈過ぎる。むしろ凝り固まった古い魔術をお前が持っている知識を合わせる事で更に発展させられる良い機会だ。それに魔術の開発は凄いぞ! もしも革新的なものを産み出せば、一獲千金も夢じゃない!」
それだけ、彼もドリームを追い求めて魔術師を志した口なんだろう。
そうして、私はイゾルデを先に帰らせてエドガーから一冊の書物を渡される。
「45項のこの行からが火の吐息の魔術式だ」
「ありがとうございます」
そうして私達は部屋に戻るとすぐさま魔術式大全と表紙に書かれた本を読み解く。
この本は学びの宝庫だ。
私がこの世界に来て一番最初に使った魔術の「火線」も当然載っていた。
ロジックとしては炎属性の魔力を導火線として自身から標的に繋げ、それを着火する事で燃焼を炎が走る様に起こせるという魔術。
魔力という通常では目に見えないものを伝って炎が走っていくから、傍から見れば火が飛んでいく様に見えるという寸法。
そして、ここからは私が試験の時に起こした事故の原因だ。導線として繋げた炎属性の魔力はそのまま対象に何処までも蓄積する。
物には付与出来る魔力は限られているが、「空間」には際限が無いからだ。
普通に打つ分なら導火線の先にあるのが小火程度で済むものを私はダイナマイトを何個も括り付ける様な量の魔力を送り込み、結果としてあんな爆発が起きた。
今や魔力のコントロールが出来る様になったから事故は起きなくなってきたが、仕組みについて知らなければ、また別のところで事故を起こしていたかもしれない。。
さぁ、ここから火の吐息の本題だ。
これは燃焼ガスを推力として使う為の魔術。
まず燃焼ガスを溜め込む見えない袋を産み出し、その中で持続的に燃焼を起こして燃焼ガスを吐き出す事で推力となる。
なるほど、初級だけあって単純だ。数行で記述が終わった。
少しだけ別の項で中級魔術や上級魔術に目を通したけど、1ページ丸々使われていたり中には10ページに渡って書かれているものもある。
だから、手を加えるだけなら簡単と思われた。
けど、すぐに壁にぶち当たった。
「無理だろこれ~~~~~~!!!」
物体には物体の重さの分しか魔力が付与出来ない。この世界の法則だ。
恐らく、これは物質に含まれる質量数だけ魔力を溜め込められると私は推察する。
そうなると箒の様な木材は圧倒的に不利だ。木は生きているから質量数は一定ではないけど、それでも金属より低い筈。セルロースの化学式ってなんだっけぇ。
物質に付与せず直接発動してもダメだ。ただその場で燃焼ガスを噴射するだけで、その勢いで物体が受け止めてくれないから、動かない。
燃焼ガスを吹き付けるのも当然ダメ。エンジンで発生する燃焼の温度と同等とするなら1400℃から1700℃。火傷するってレベルじゃない。
「煮詰まってますねぇ」
「やっぱり私はまだまだ見習いだなぁ……」
「少しだけ見せて貰ってもいいですか?」
「うん、いいよ」
イゾルデに魔術式大全を渡して彼女がパラパラと色々なページの魔術式を読み進めて約10分。
彼女は行き詰まった状況をいとも容易く打破できそうなヒントを口にする。
「炎魔術の燃焼って……酸素は使われているんでしょうか?」
「え?」
「アリサさんが教えてくれましたよね、物が燃えるには温度以外にも可燃物と酸素が必要って」
「そうだけど……あぁ、そうか!」
やはり彼女は天才だ。魔力で物が燃える事が当たり前になってきて気づけなかった。
魔術や魔法というのは本来その状況では起こりえない現象を魔力を利用して無理矢理に発生させるという技。
だから炎魔術も燃焼に必要な条件……可燃物、熱、酸素。この3つが無くても炎が発生するっていう寸法だ。
つまり、私が今まで実技で何気なく使っていた炎の魔術は酸素を一切消費せずに燃焼が起きていた事になる。
これは「火の吐息」にも同じ事が言える……というか燃焼ガスでさえ閉じ込める透明の袋を魔力で産み出している時点で、持続的に燃焼が起きるなんてありえないんだ。
だって、仮に袋の中に酸素があったとしても、燃焼を起こし続ければやがて全てを二酸化炭素にしてしまい、燃焼を起こせなくなる。
だというのに、私は遅い遅いと駄々をこねるぐらい散々翔けまわっていたという事は、その袋の中では酸素は使われず、二酸化炭素も産まれていなかったんだ。
「やっぱりイゾルデは天才だよ~~~~~~~~~~~!!!!」
「えへへへ~~~またアリサさんに褒められた~~!」
私が現代知識を利用するより彼女に現代知識を授けた方がよっぽどチート出来るんじゃ?
ここからは科学史の話になるが、燃焼は酸素によって起きると発見されたのは18世紀頃の話。
それ以前はフロギストンという燃焼を発生させる物質があると信じられていた。
当然だけどそんな元素は存在しなくて、酸素の発見によりフロギストン説は崩壊するんだけど科学に関する研究が15世紀前後で止まっているこの世界。やはり燃焼は火の魔力によって起きると考えられているし、実際に火の魔力で燃焼は起こせるから、それ以外の要素で燃焼が起きるという発想が存在しない!
となれば炎の吐息だけじゃない、多くの炎属性の魔術に改良点が見つかる発見だ。
「ありがとう、これでエドガーも腰を抜かすよ」
そうして、私は用意した紙に新たな魔術式を書き込んでいく。
翌朝、講義の前に徹夜で開発した私だけの魔術を試す為、帝国城内のいつも利用している演習場へ向かった。