第13話「充実した異世界の日々」
私が異世界に来て1か月。その間、転向で座学に遅れが出ているイゾルデに既に学んだ事を教えていた。
教習前や夕方以降は私の部屋。学科講義の後ならば食堂で行うのが定番で、今は朝なので私の部屋で行っている。
「まず、魔力には大きく分けて破壊系と創造系の二つがある。これは聖女候補の時から既に学んだよね?」
「はい。聖女は創造系を利用すると教わりました。でも、魔術師見習いなのにアリサさんは風の祝福を使っていらしたような」
「うん。その前に、ここから細かく分けると、破壊系は火と雷、闇の3属性。創造系は水と風、地、光の四属性に分ける事が出来る。イゾルデの言っているのは風属性の魔力」
「創造系の方はわかります。ただ、破壊系は聖女は利用しないから勉強しなくていいと省かれました」
「誰が教えてたの?」
「シギント司祭様です」
「誰かは知らないけど、使わないから知らなくていいってのは良くないなぁ」
「私もそう思います」
「ともかく、各属性の魔力というのはほぼ誰も備わっていて、その中から人によってどの魔力が強いだとかの偏りがあるの」
「私は確か……風と水が少しと、雷が高いと言われました」
「で、私が風の祝福を使えた理由だけど、簡単な話で、あれは祝福ではなくただの風魔力を制御して発動した魔法だからだよ」
「いくら破壊系を利用するのが魔術師と言っても創造系魔力を全く使わない訳ではないと」
「誰にでも備わっているんだから当たり前の話だよね。本当は祝福だとどういう感じに魔力を使ってるのか知りたいんだけどなぁ」
「祝福の伝授は司祭様でなければ許されていないので私がアリサさんに教える事は……」
「いいよいいよ。でも不思議な話。聖女をこれでもかと持ち上げる割に女性が知識を身に着けるのは忌避するし。ミスマッチな気がする」
「アリサさんに色々な事を教えて頂いた事から考えた推察したのですが、話してもいいですか?」
「いいよ、話して」
私の部屋で教える利点はこういう他人に聞かれたら危うく異端と告発されかねない事を気軽に話す事ができるところだ。
「きっと、男女である程度の均衡を保ちたいのだと思います」
「均衡?」
「はい。この世界は聖女の力なくしては今よりも過酷です。なので、人々は聖女の祝福に頼らざるを得ません」
「そうだね。でも、その割には女性の立場って男性よりも低い気がする」
「そこが均衡なんです。力を発揮して、継承していくには男性の手が必要で。男性もまた知識を力にするには女性の手が必要。脚を引っ張り合う構造にすることで、ある程度の均衡を作り、そうする事で秩序を保とうするシステムかと。今はその構造を利用して悪事を働く者が居たり、発言権の強さから、少し男性の方が優位でしょうか」
よくできた子だ。それにメンタルも強い。
性被害に遭って男性全体が敵に見えてしまう人は数多い。それは仕方のない事だ。
私だって実際に遭遇したら男性全員が性犯罪者に見えてしまうかもしれない。
イゾルデは飽くまでもその悪事を働いた者が悪く、彼らが属する性別や人種、職業全体まで悪いと思わない稀有な子だ。
みんながみんなイゾルデの様になれとは言えない。皆がそんな強かさを持つ事は出来ないし、それが偉い訳でもない。
それはそれとして彼女の強さを私は褒め称えたい。
「イゾルデは頭良いね~~~~~これで美少女だから完全無欠だなぁ~~~~」
なんとなく、クラスメイトが女友達や後輩を孫を可愛がるマネしてたのが理解できた。
さて、個人授業やディスカッションも終わり、やがて実技の時間。
本日は何故だか、私とイゾルデは男子組とは別の場所で始める事になったのだが……。
「来たな。俺はこの日が待ち遠しかったぞ」
エドガーが、いつもの執務や講義をする為のローブではなくまるで乗馬でもするのかという動きやすそうな恰好で待っていた。
その手には箒が握られていて、近くには私達の分の箒があった。
「なるほど、今日の実技はついに箒で飛ぶ授業ですか」
「そうだ。ところで俺の二つ名は知っているか?」
「いえ、まったく。イゾルデは?」
「私も知りません」
容赦のない言葉に、エドガーはがくっとうなだれてしまうが、すぐに頭を上げる。
「俺はこれでも駛馬の賢者と呼ばれていたんだ。バルドゥイン殿の父の時代に彼らと戦場を共にした折にな」
「なるほど、馬と同じくらい速いから」
私がそういうと、エドガーはフフンと鼻高らかに胸を張る。
「優駿よりも速かったからさ」
エドガーの自信はさておき私達は箒に手を取った。
「ここから箒で飛ぶ訳だがこれには二つの魔術を連続的かつ持続的に発動するのが求められる」
つまり、浮くのと翔ける。二つの動作を別々の魔術でやらなくてはならないらしい。
「お前達は雷属性の魔力に適正がある。なので、まずはこの魔術を使う方が良いだろう」
そう言いながら、エドガーはせっかく手に握っている箒を敢えてまた地面に置く。
「箒よ、天へ落ちろ」
その呪文と共に、まるで重力から解き放たれたかのように箒は浮き上がった。
宙に浮かぶ箒は一定以上の高さになると、急に重力を思い出したかのように落ち、またすぐに浮くのを繰り返している。
「これがまず第一の魔術。浮遊だ」
「……反重力か……」
「ん? なんだそれは?」
「えぇっと……その話はまた今度にしてもらえますか? 長くなってしまうので」
こればっかりは前提となる重力について話さないといけなくなるからエドガーに申し訳ないがまたの機会にさせて貰おう。
とにかく、エドガーの唱えた雷属性の魔術は重力に反する力を作用させるものらしい。
重力に反する力によって本来は地面へ引っ張られる力の方向が逆転する。しかし魔術の効果範囲の大体地表から1mのところまで行くと効果が切れて本来の物理法則に従い落ちる。すると効果範囲に入るからまた離れるまで浮かぶのだ。
なるほど、確かに呪文にある「天へ落ちろ」とは言い得て妙だ。地に落ちる力の向きを天に向けているのだから。
私はイゾルデの方を見て、アイコンタクトで確認を取ると、すぐに頷いた。
司祭の事件から彼女には学科を教える傍ら、私が覚えている範囲で小・中学校レベルに理科の授業も行った。だからこの魔術が重力に作用していると理解している筈だ。
ならばこの魔術を発動するのに必要なイメージも自ずと理解できる。
魔術とは呪文の詠唱と魔力のコントロール、そして、その二つによってどんな現象を実現するかというイメージが必要になってくる。
だからこそ、その魔術で何が起きるのかというイメージが湧かない人間には難しいのだ。
その点では先に現象や物理法則を知識として知っている私達はいくらかのアドバンテージを持っている訳。
私とイゾルデは箒に向けてエドガーの唱えた呪文を復唱し、箒に魔術をかける。
流石にこの一か月、私も魔術の練習を重ねてきたの、最初の頃のように魔力量を制御できずに必要以上の作用が起きるなんてことは無くなった。
そして、やはり重力について理解度が高いお陰か、私達の反重力魔術は一発で成功をする。
「やった! できました!」
「便利だなぁ~、これ」
それを見て、エドガーは感嘆する。
「驚いた……この魔術を一発で成功する奴が、それも二人も同時だなんて。まさかこの2週間で秘密の特訓でもしたか?」
「そんなにやっていませんよ。ただ、私の世界に在る知識が応用できたので」
「私はそれをアリサさんに教えて貰ったので」
「少し気になるが……きっとそれを教授頂くには、今日一日では足らんのだろうなぁ……」
理科の授業をする時もイゾルデの頭の良さが際立ったなぁ。
案の定、この世界でも天動説以外は異端になるのだけれど、地動説について少し話しただけですぐに理解してしまった。
なんでも帝都に向かう馬車で見た地平線や太陽の傾きで天動説に疑問を抱いたらしい。
私に出会うまでにその疑問を誰かへうっかり漏らしていたら、この子はどうなっていたんだろうと少し心配になった。
「では次だ。今回はアリサとイゾルデで別の魔術を伝授する。まずはアリサからだ」
そう言って、エドガーは矢じりの無い短矢を懐から取り出した。
「熱の吐息により加速せよ」
そう唱えると、矢は羽根に陽炎をまとわせながら独りでに飛翔を開始する。
「これは流石にアリサでにも理解出来んだろう?」
「燃焼ガスですね」
私が即答し、本日何度目かのうなだれを見せるエドガーだった。
「わ、わかるのか……」
「わかるも何も、元居た国では私の専門分野ですよ!?」
ガソリンやディーゼルで稼働する自動車の心臓、それは内燃機関。
その名前の通り燃料と酸素を化合させて、それを燃焼させる事によって発生するガスで機械を働かせる発明だ。つまり、燃焼ガスを扱うのは私の得意分野と言える。
この魔術は見たところかなり原始的。魔術によって発生させた燃焼ガスをそのまま推力にして飛翔している。
「ま、ひとまずは矢で試してみろ」
「わかりました……熱の吐息により加速せよ」
エドガーが実演した様に、私が唱えても矢は燃焼ガスによって飛翔を開始して、魔術の効力が切れたら、後は空気抵抗を受けながら慣性に従いゆるやかに落ちていく。
「よし、今度はイゾルデの番だ。風よ、背中を押せ」
すると、今度は風が巻き起こりエドガーが側で浮かび上がらせていた箒がそれに押されてゆっくりと動き出す。
「炎属性と違って速度は出ないが帆船等に使えるから応用が利く。アリサも覚えておいて損はない」
「見た感じ、物体には魔術をかけていませんね」
私が思った事を口にすると、エドガーは嬉しそうに指を鳴らす。
「そこに気付くとは、流石に鋭いな! その通りだ。炎の吐息で加速するには、矢とか箒などの物体そのものに魔術を付与する関係上、魔力許容量で限界がある。だが、背中を押す風は自分で起こした風を持続的に物体の指定した面へ送るから、魔力許容量に左右されずに出力を高められるのだ」
「なるほど、それなら確かにどんな大きさの帆船でも動かせそうだ」
「船を動かす為だけに魔術師を用意する船乗りもいるくらいだぞ」
さて、では実際にこれで飛んでみる時間だ。