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第10話「イゾルデの本音」

 ルストフェルトに午後の講義がまるっと潰れるほどの説教を受けた帰り。ちょうど実技が終わったイゾルデと私は再会する。


「あ、アリサ様……その……」


「あぁ、安心してください。喧嘩両成敗って事でどっちも不問になったから」


「で、でも……」


「それより、あなたは大丈夫?」


「は、はい……」


 彼女はうつむきながら立ち尽くしていて、私はどうしたものかと悩む。とりあえず彼女を住まいまで送っていくか。


「住んでいる場所はどこですか? 送っていきますよ?」


「そ、そんな! 私なんかの為にそこまでなさらなくても」


「いいからいいから」


「……今日から魔導特区の学院寮に住むことになりました」


「あぁ、私も昨日からそこに引っ越しました。ならこのまま一緒に帰りましょうか」


「アリサ様が何故あんなところに? 異世界から来た方々は王宮に住めるのに……」


「あまり王宮の暮らしが肌に合わないので……その分、本とか服とか、他の事で贅沢させてもらっていますから」


「本? アリサ様も女性なのに本を読むのですか?」


「やっぱりおかしい?」


「……あまり女性は知識をつけるのは好ましくないと……司祭様は女性の在り方ではないと仰っていました……」


 やっぱり、そういう意識はあるか。こればかりはどうしようもない、この世界へ染みついたものだから私がとやかく言う立場はないが……。


「う~ん、やっぱり私が変なのかなぁ」


「そ、そんなことないです!」


 私が何気なく発した言葉に、今日初めてイゾルデは語気を強めて話した。


「アリサ様はとても素敵な方です。聡明で、慈悲深く、私みたいな辺境の民にも優しくて……まるで聖書で読んだリガネ様みたいです」


 今度はリガネ様みたいとまで来たか。


 何かとみんな私のことを持ち上げてくれて、悪い気はしないんだけど、凄く背中がこそばゆくて仕方がない。


「どうして、アリサ様はそんなにも……皆に愛情を注いでくださるのですか?」


「愛情を注いでいるつもりはないんだけど……多分、私が凄い恵まれているからだと思う」


「恵まれている……?」


「そう。私の国は日本という国で、聖女の祝福が無くても皆が健康で長く暮らせて飢える心配は少なくて、100歳まで生きられるような豊かな国なんです」


「そ、そんな国が、あるのですか?」


「あの国にはあの国で不幸はあるけど、きっとこの世界よりもずっと恵まれていて女性もまだ生きやすい世界。だからあなた言うように愛情を注ぐだけの余裕を持ってこの世界にやって来られた」


 と言っても、私がこの世界に来たのはそんな恵まれた国なのにこの世界と大して変わらない頭の人達から受けたハラスメントが原因なんだけど。


「だから私が凄いんじゃなくて、それだけ豊かな国にしてきた人達が凄いだけだよ」


 現代でも女性一人で生きていける様な仕事に就く事が許されない国もあるし、自分で車を購入出来ないくらい女性の人権が全くと言っていいほど弱い国もある。


 その中で、私は恋人を作ろうとせず車にお金を掛け続ける事が許されていた。


 だからと言って日本が100%幸せな国とは言えない。けど少なくともこの世界で生きるより私がずっと生きやすい国であったのは間違いない。


 私達がそんな事を話していると、いつの間にか女子寮に着いていた。


「私は203号室だけど、イゾルデさんは?」


「202号室で荷物は今日の午前のうちに部屋の中へ運ばれたそうです」


「なら一緒の階だね。荷解き手伝いましょうか?」


「いえ、大丈夫です……」


 階段を上り、部屋の前まで沈黙が続く。


「それじゃあ、また明日」


 私は部屋の鍵を開けて、ドアノブに手をかける。すると、イゾルデはそのまま私の部屋の前で足を止めて、私の顔を見上げる。


「少しだけ、お話があります。その……お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」


「うん、どうぞ」


 私は快く彼女を自分の部屋に通す。


 思えば、他人を自分の家に招き入れたのは初めてかもしれない。


 今まで女性の友達は居なくて、かと言って男友達も親密かと言われたらそこまでじゃなくて。だからこれまでにない体験に少しだけ私はワクワクしている。


「しまった、茶葉とか全く用意してない」


「あ、お構いなく! すぐに出ますので」


 リビングの椅子に座る彼女に、せめてものおもてなしに私はお水を差し出す。


「こんなものしか用意出来なくてごめんね」


「いえ、とんでもないです……」


 そう言って背中を丸める彼女は日本の女性と比べれば高身長なのにずっと小さく見えてしまう。


「その、アリサ様……」


「はい、なんでしょう」


「本当にありがとうございました!」


 そう言って、彼女は深々と頭を下げる。


「私、何かしたっけ?」


「貴方が聖女候補になるという名誉を辞退してくださった為、私は短い間だけでしたが夢を見る事が出来ました。ずっと憧れの、聖女候補になる夢を」


 なるほど、そういう事だったか。


 転向してきたという事からあらかたの予想はついていたが、彼女はどうやら聖女候補に落第して、魔術師見習いになったようだ。


 つまり私が辞退したお陰でチャンスが巡ってきた幸運な女の子。


「なのに、私の力及ばずこの様な結果になってしまい、申し訳ございません」


 けれど能力が不足して機会を掴み切れなかった、不幸な女の子。


「その話、ルストフェルトから聞いたんですね?」


「はい。真に聖女に相応しいお方だと」


 通りで誰かから聞いた事のあるような評価を口にすると思った訳だ。


「それで話したい事は私に謝りたかった事なんですか?」


「はい。本当に……私が無力なばかりに……」


 彼女の瞳には涙がたまり、今にも泣きだしそうだ。


「私は怒っていません。貴方が責任を感じる必要も無い。ただ私がやりたいと思う事を始めて空いた枠が偶然にも貴方へ回ってきただけ。これからは魔術師として頑張っていけばいいと思います」


 そういうと、彼女は首を横に振る。


「すみません……魔術師見習いに転向したのは、貴方に謝罪したくて選んだだけで……」


「やっぱり、魔術師は嫌だった?」


「……ごめんなさい……」


 うん。まぁ、彼女はそれだけ敬虔な人だし、辺境という事は帝国領土と他国領土の境界。


 帝国内でさえ魔術師への偏見が根強いのだから、そんな場所ではここよりも印象は悪いだろう。


「でも、最後に一目アリサ様のお顔を見られて私は幸せです。憂いなく故郷へ帰れます」


 本当は引き留めたい。


 初めて私が仲良くなろうと思えた女性で、これから一緒に魔術師の勉強をしていけると思えた。


 だからこそ、イゾルデが嫌がることを続けさせるのは忍びなかった。


「最後に、不躾ながらお願いを聞いて頂けますか?」


「……わかりました。なんでも言ってください」


 私がそう口にすると、彼女は少しだけ頬を赤らめて席を立って私の隣までくる。


 そして、ずっと丸めていた猫背をシャンと胸を張って――。


「私の胸を触ってください……!」


 そう言って、ゲームでも見たことないような大きな乳を差し出した。


 ――はぁ!?



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