第三話 ≪Third Fire。一番星(2)≫
愛子は今日一日、いつもよりずっと浮かれていた。遅刻して怒られても、つまらない授業を受けても、愛子は笑顔を失わなかった。先生に怒られても『えっへへ』の愛子がちょっと恥ずかしくて、みかさは目を逸らした。
(愛香さん、寂しそうだった。なのに…。)
みかさはイライラした。今朝の愛香は崖に追い詰められる感じだった。愛香を見てから、みかさは心配になってたまらなかった。なのに愛子は『そんなのかまわない!』っていう顔でハミングしている。
(何が楽しんだ、あいつは。)
いつもの、いや、過去のみかさだったら、きっと愛子に大声を出したはず。だけど、愛子とウィルヘルミーナと仲良くなってからは、何があっても我慢するようになった。
(わけ、あるかもしれねえし。)
優しい愛子が愛香を嘲笑うわけない。きっと何か理由がある。そう、みかさは愛子を、友達を強く信じていた。
昼休み。三人はお弁当を持ち中庭へ行った。みかさはお弁当箱を開ける前、愛子にそのわけを聞いてみた。
「何があんなに楽しんだ、お前は。」
「だって、だって!」
丁寧に聞いてみたみかさは、愛子の答えを聞いて驚いた。
「まつり、もうすぐだもん!」
「まつり?銀河の町の?」
「うんうん!」
愛子が幸せそうだったのは、まつりのため。今朝、二人と登校していた愛子は、町の人々が『祈りの木』を飾ることを見て、胸がワクワクした。愛子の答えを聞いたみかさは、『怒らなくてよかったぁ…。』と思った。
「まつりか…。知らなった。」
「ええ、どうして!?」
愛子は目を丸くした。
「もうすぐ夏だし、夏といえばまつりだし!」
ウィルヘルミーナが愛子の指で肩をポンポン叩いた。
「愛子ちゃん…。みかさちゃんは転校してきたっす。まつりの始まりの日なんて予測できないっすよ?」
「あ、そうだった!」
愛子が手のひらを叩いた。
「お前、忘れていたのか。」
「ごめん、みかさちゃんとミナンちゃんは、なんだか幼馴染って感じで…。」
「幼馴染…。」
みかさは愛子と目を合わせた。友達がなかったみかさに、『幼馴染みたい』っていう話は、なぜか胸をポカポカさせた。
「…まあ、いいっか。」
みかさは髪をかるく掻いた。みかさの転校を忘れてしまった愛子は、簡単に許されて驚いた。目をパチパチした愛子は突然みかさの手をとった。
「みかさちゃん!」
「な、なんだ急に。」
「私、みかさちゃんとたくさんの思い出を作りたい!幼馴染に負けないくらい!」
三人がであったのは長くても半年に過ぎない。友達といられる幸せを分かち合った時より、離れていた時間が何倍長い。思い出を積み重ねることはできなかった。
だけど『今』そばにいてくれるあなたと、これから一緒の未来を作りたい。いずれ離れていた時間より一緒の時間が長くなるまで。
「一緒に『星空まつり』に行こう!いっぱい遊んじゃおう!時間が負けちゃうくらいに!」
「な…。」
みかさは口を開けたが、何も言えずに頭を下げた。みかさは顔を赤めて、片手で首の後ろを掻いた。
「…勝手にしろ。」
「わーい!」
愛子は目をキラキラして、両手を上げた。ぴょんぴょんしていた愛子はすぐみかさに近づいた。
「ねえねえ、みかさちゃんはどっちがいい?『一番星探し』?『分かち愛』?」
「は…?」
「『星空まつり』のイベントだよ!」
「なにそれ。」
「大丈夫、全部教えてあげる!まず、『一番星探し』は…。」
「ストップ!ストップっす!」
ウィルヘルミーナが突然立ち上がった。ウィルヘルミーナは二人の間で黙って座っていた。もし二人が喧嘩になると、間に入るつもりだった。だが、二人は喧嘩せずちゃんと話し合った。それは確かに誇らしい。でも…。
「自分だって、みかさちゃんにまつりのこと教えてあげたいっす!」
ウィルヘルミーナも役に立ちたかった。だって、二人だけ話すのはずるいから。
「ご、ごめん。」
「じゃ、お前が教えてよ。」
『ごっほん!』と声帯を整えたウィルヘルミーナは話を始めた。
「『星空まつり』には二つのメーンイベントがあります。まずは『一番星探し』!」
「一番星か…。空を見て、誰が一番最初に探し出すか比べるとか?」
「違うっす!」
みかさは『一番星探し』を、その名の通り受け入れた。そんなみかさに、ウィルヘルミーナは首を振った。
「『一番星』は人っす!」
「人?人が星を名乗るのか?」
「いいえ、人が星になるのっす!」
「星に、なる?」
ウィルヘルミーナは顔をうなずいた。でも、みかさはよくわからないっていう顔をしていた。
「はい、そこ私が説明します!」
愛子が手を上げた。
「まつりが始まる前、長老が『一番星』を占ってあげるの!」
「町中の人を全員?」
「ううん、中学二年生だけ!」
「中学二年生…って、俺たち?」
みかさが指先で自分をさすと、愛香は軽くうなずいた。
「…なぜ中学二年生だけそんな目に合わされる。」
「伝説のため!」
「伝説って?」
「最初に『星空まつり』を始まった女の子が、中学二年生だったらしい!っていうか、まさかみかさちゃん『一番星』になりたくないの?」
「別に。」
「そんな!みんな楽しみにしてるのに!」
『一番星』はまつりの主人公である。中学二年生しかなれない主役。銀河の町の女の子は誰もが『一番星』にあこがれた。『一番星』になるため自分を磨いた。
「でも、占いがどんな原理で『一番星』を示すのかわからないからね。」
「そうっす。あるいは一番可愛い子かも知らないっす。」
「心のまっすぐな子っていう話もあるよね。」
「どっちもなりたくねえ。」
みかさは手をあげた。みかさの手のひらと向き合った二人は、雨に濡れた猫のようにしょぼくれた。元気のない二人を見ていたみかさは急いで話を変えた。
「そんなことより、分かち合いはなんだ?」
「『分かち愛』かぁ!」
「いいっすね、それ!」
「大切な人に折り紙の星をあげること!」
「モテモテの人は両手いっぱいもらうっすよ!」
二人の瞳がきらめいた。とくに、ウィルヘルミーナの目はきらきら輝きを出していた。
「自分は知り合いなかったっすから、いままで家族と分かち合ったっす。けど、今年は違うっす!二人にちゃんと、この町で一番派手な星を…!」
「普通にしろ、普通に。」
「必ず伝えるっす!」
「ぜんぜん聞いてねえし。」
みかさはため息をついた。まつりの日、ウィルヘルミーナの星を隠す紙袋をよういしないと、見世物になるかも。
「っていうか、ずいぶん細かいな。」
「自分、この町が大好きっすから。」
「町が、好き…?」
生き物でもない町そのものが好き。その気持ちは、みかさにはまだ難しい。みかさは故郷の空をよく見たこともない。小さい頃は、父のコンサートのため世界中を旅したから。大きくなった頃は、自分がコンサートをしなければいけなかったから。
「はいっす。この町はとても美しいっす。愛しているっす!」
「いや、愛するまでっは…。」
「とにかく、お楽しみっす!」
「もう、待ちきれない!」
二人はお互いの手を叩いた。
「じゃ、それはまつりのためだったか…。」
「え?なにか?」
「いや、なんでも。」
みかさはごまかしたが、彼女が隠そうとした秘密はすぐ明かされた。
「木村さん。ちょっといいですか?」
近づいてくる生徒会長を見て、みかさは不機嫌な顔をした。不愉快を隠そうともしないままだった。
「例のことですが。」
「やらねえって言っただろうが。」
生徒会長を過ぎてゆくみかさを二人は不安そうに見つめた。二人がみかさを追いかける前、生徒会長が再び話を始めた。
「個人的な頼みではありません。町の戦士、マジプロにその役目を果たしてもらいたいのです。」
みかさは歩みを止めた。愛子とウィルヘルミーナも凍り付いたように立ち止まった。
三人がマジプロであること。それは言えない約束だった。知っているのは町のみんな。だが、だれも『マジプロ』っていう単語を声に出さなかった。それは多分、少しの罪悪感と大きな緊張感。
町の人々が愛香を戦士として頼り、追いつめて、デリュージョンにさせた。デリュージョンは怖かったが、妄想帝国の支配の下、銀河の町は豊かになった。なにがあってもデリュージョンは、銀河の町に手出しはしなかったから。
だが人々は、デリュージョンを恨んだ。デリュージョンがなくなった今、他の町は銀河の町をすべてから排除した。他の町の戦士が戦ううち、誰もデリュージョンを止めようとしなかった。むしろ、のりに乗ってすべてを手にした。デリュージョンが消えた今も、彼らは昔々の過去を懐かしがった。他の町と仲が悪いのは、当然のこと。
だから誰も彼女らのことを話そうとしなかった。なのに、生徒会長はそのタブーを破った。みかさはそれが気に入らなかった。
「今度、デリュージョンが消えて、他の町と連絡を取っています。それはご存じでしょう。」
生徒会長はみかさに近づいた。生徒会長が一歩を踏み出すたび、みかさは怒りを抑えられなくなった。
「だが、みんな銀河の町との協力を断っています。」
廊下にいたみんなが静かになった。彼女らのすべてである町が、いじめられてることをみんなの前で宣言したことと同じ。
「興味なかっただろう、マジプロに。」
その通り。デリュージョンの真実はまちの大人だけの秘密だった。子供はデリュージョンが生まれた理由なんて知らなかった。
「それはあなたたちが戦士になる前のこと。」
生徒会長はすべてをみかさたちのせいにした。彼女らがマジプロになったから、妄想帝国と銀河の町が戦うことになった。妄想帝国の真実など知らなかった子供らが大人に真実を問いかけた。彼女は言った。妄想帝国のことが知られたのは、大人たちではなく、マジプロのせいだと。
「黙れ。」
みかさは歯をかみしめた。今でもみかさは随分と我慢してる。生徒会長がデリュージョンの、愛香の名を口にした時から。
「町のイメージを刷新する必要があります。町のためです。どうか協力してください。」
「手前…!」
みかさが拳を握りしめた。
「ま、待って!」
「みかさちゃん!」
愛子とウィルヘルミーナが走ってきた。
「ハナセヨ!」
「ダメっす。喧嘩になったらみかさちゃんの損っす!」
二人は早くみかさを連れてグラウンドへ行った。
「なんだよ、あいつ!何もかも愛香さんのせいにして!」
みかさはまだ、怒りをおさまらない。
「なにが町のためだ。自分たちのためじゃないか!」
みかさは唇を噛んだ。
「そう、だね…。」
「なにもかも愛香さんのせいにしては、愛香さんが可哀想っす…。」
二人がそっとうなずいた。
「信じられねえ。こんな町のどこが愛おしい!どうして守る必要がある!こんな町なんか…!」
みかさはふと立ち止まった。昼休みの話を思い出したから。二人は町が好きって言った。町を愛しているっ言った。なのに『守らなくていい』と断言していいのか。
(しまった…。)
二人に取って町は大切な場所。このざまでも、守りたい人がいる場所。みかさにはわからない思い出が詰まってる場所。そんな町がみんなに嫌われることを、二人はどんな気持ちで見ていたのだろう。
(俺はかまわねえが、あいつらは辛いだろう…。)
みかさは二人を振り向いた。
「なあ、お前ら…。銀河の町のこと、好きだろう?」
「うん、大好き…。」
「そうっす…。」
もじもじしながらも、二人ははっきり言った。その声からあふれる心に、みかさはため息をついた。
「やってみる。」
「え…?」
愛子とウィルヘルミーナは驚いた。口をパクパクしても声が出なかった。
「コンサート。やってみると言った。」
「そんな、無理しちゃダメっす!」
「そうよ!みかさちゃん、やりたくないだろう?」
みかさは二人を見た。町が大好きな二人は、みかさの見方をしてくれた。大好きな町のためじゃなく、みかさのために声を出してくれた。町より愛されてるって、心に伝わってきた。
「ああ、やりたくねえ。けどよ…。」
みかさがつぶやいた。
「お前らの守りたい物から目を逸らすなんてできねえ。」
町は大嫌い。でも、それ以上に二人のことが好き。二人が町以上に、みかさを心配してくれたように。
「だから俺はやる。そう決めた。」
「みかさちゃん!」
二人はみかさに抱きついた。今度だけは、みかさも逃げたり二人を押したりしなかった。