第二話 ≪Second Fire。エンプレス(2)≫
「ちょ、どこまでいくのよ!」
愛子が文句を言った。でも、少女は止まってくれなかった。それは愛音も同じ。止める気はない。片方の足を引きずって、歩き続ける。疲れてるはずなのに、黙って少女についていく。
(お母さんは足を怪我してるのに!)
愛子は少女が気に入らない。少女は、大事な母を丘に誘い出した。そしては母の怪我した足など気にせずに、高い丘を登った。
愛音はなにげないふりをしたが、そろそろ限界だった。足がしびれて、一歩踏み出すことさえできない。躓いた愛音がよろけて、倒れそうになった。愛子はふらつく母に寄り添って介助した。
「ねえ、お母さん。もうやめよう!」
愛子が叫んだ。
「あの人、さきから自分勝手だよ!お母さんのこと全然気にしてない!」
愛子が唇をかみしめた。少女は愛音を振り向かず丘を登った。愛音が辛そうな顔しても助けてくれなかった。
「家族はこんなものじゃない。本物の家族は、分かり合えて、支えあえるもの。」
愛子は思った。本当にあの人が家族なら、ゆっくり、母のそばで歩いたはず。家族を放っていく者はない。家族を傷つけるものはない。
「あんなやつ、絶対妹なんかじゃない!」
「…い。」
「お母さん騙されているんだよ!だって死んだ人が生きて帰るわけ…!」
「黙りなさい!」
愛音は娘の手をふりはらった。
「お母さん…?」
足は動けそうにもない。もう片足立ちしてるみたい。なのに、母はふらつくながらも少女の話を信じていた。
「わからないでしょ?今まで私がどんな思いで生きてきたか!」
愛音は歯を食いしばった。
「父は私のせいで死んだ。姉は私のせいで闇に落ちた。母は病気になった。」
いつも元気だった愛音の母は、突然の病気になった。誰もが愛音をせめた。母が病気になったのは、愛音のせいで夫と娘を失ったから。だから、愛音さえ生まれなかったら、きっと病気にならなかった。
「一生忌み子と呼ばれた。誰も声をかけてくれなかった!」
火災で母を亡くなった日、町はざわめいた。父と母、両方を火災で亡くなったのは、きっと忌み子がついてるから。
「私は家族全員を殺された鬼だと呼ばれた。違うっといっても、誰も聞いてくれなかった。」
残された家族は姉だけ。だが、姉は地球の敵として生きている。だから、みんなに嫌われるのも当然のこと。
「苦しかった…。」
町の人々は愛音をいじめた。それに気づいたデリュージョンは、妹を苦しめた人を排除した。あの日から、突然町の人々が優しくなった。いや、それはやさしさなんかじゃない。怖さであり、恐怖であった。
「みんな、姉はもう死んだって言った。帰ってこないって、奇跡は起こらないって…。」
「お母さん…。」
「なのに、戻ってきたんじゃない…。」
愛音がつぶやいた。
「奇跡起きたんじゃない!」
狂った人のように、愛音の目が鋭くひらめいた。
「それってつまり、父も母も生きてかえれるってこと…。」
「お母さん、違う!それとこれとは話が別!」
確かに姉である愛香は戻ってきた。だが、それは奇跡というものじゃない。むしろ絆と呼ぶ物。
愛香はカゲの中に生きていた。カゲの中に閉じこまれた心を家族の愛が呼び起した。もはや死んでる人とは違う。特に、炎に飲み込まされた場合には。
「奇跡は起きる。起こして見せる…!」
「お母さん、やめて!行かないで!」
愛音は娘の手を振り払い、丘を登った。その姿を、丘の頂上で満足しそうな顔で見ていた。
「なにが面白い。はやく父のどころへ案内しなさい!」
ほんのちょっと深呼吸した後、愛音は声を張り上げた。
「父が生きているって言ったんだろ?」
「ええ、そうですは。」
「なら、ちゃんと責任取りなさい。はやく合わせなさい!」
「まあ、なんておかしな話。お父様とはもうお会いできたでしょう?」
愛音を見ていた少女は手を胸にあてた。
「この私を通じて。」
少女の目がひらめいた。後ろから流れてきた赤い風をまとって、少女は笑った。
「お父様は私の中で生きています。」
「何を言ってる。」
愛音が顔をしかめると、少女は笑顔になった。
「その通りです。お父様は私と一つになりました。」
「な…なんだって?」
「お父様は愛する家族を守るために、完璧な命を作ろうとしました。家族みんなで幸せになりたいと言いました。」
少女が目を覚ました。瞼の下、きらめきを放つ真っ赤な瞳が愛音を映していた。
「だからきっと、私と一つになったことも喜んでいるはずです。」
少女をまとった風はやがて目を開けていられないほどに強くなった。瞬きをしたその一瞬の後、少女の姿が変わった。
血色のオフショルドレスは、プリンセスラインによって風に揺れた。パフスリーブから始まった真っ赤は、スカートにたどり着くまでどんどん黒くなり、やがて黒いドレスに血が凝っているような姿になった。ティアードスカートは火に焼かれたように破れていた。
「赤い炎…。まさか、あの時の…。」
家を総嘗めにした炎は、不思議なくらい燃え移らなかった。まるで家だけが目的であるように、他の被害者はなかった。
「あなたが飲み込んで、だから焼け跡からも見つからなくて…。」
そして今、やっと気づいた真実:父は殺された。炎は父を平らげた。つらい想い出だけのこして、そのまま消えてった。
「私を、騙したの…?」
「もう、そんなこと言わないでください。だって私、嘘はついてませんよ?」
父に合わせるって嘘ではない。少女は自ら父を吸収し、一つになった。なにより、最初から生きている父に合わせるって、一度も言ったことない。なんてあくどい手口だ。
「許せない…。絶対許さない…。」
「あら、お姉さま。なぜ怒りましたか?」
少女は姉の怒りを理解できない。生霊は炎の中で独りぼっちだった。そんな生霊を父が誘い出した。そして命を与えた。家族と呼んでくれた。
それでも少女は寂しかった。幸せにならなかった。心に穴が空いてる気がした。いや、穴が開いたほうは心ではなく腹。食べても食べてもおなかがすいて、少女は食べるのをやめなかった。
「みんなで一つになれるチャンスですよ?」
父を食べても寂しかった。母を食べても同じだった。どうしてもわけをわからない、悩んでいた少女は、やっと理解した。おなかがすいてるのは、家族と一つになりたいという父の望みが満たされてないから。家族みんなで幸せになってないから。
「さあ、私と一緒に、幸せになりましょう!」
だから一つになる。一緒になってみんなで永遠に幸せになる。少女はそう決めた。
「お母さん、下がってて…!」
「無駄よ!」
愛子は母を守ろうとした。だが、愛子が危険に反応する前、少女はもう愛音の首を狙っていた。少女が生み出した炎が広がった。炎は愛音と少女を囲んだ。少女は愛子を締め出すつもりだった。二人きりになって、愛音だけ手に入れたら充分だったから。
「お母さん!」
絶体絶命の時、空から流れ星が落ちてきた。いや、それは流れ星なんかじゃない。より速く、強い想いを抱いた少女であった。
「ハアッ!」
ストローク・プロミネンスが空から降りてきた。正確にはダッシュ、さらに言えば猛獣の驀進。猪突猛進な急降下キックに少女は後ろへ押された。
「クッ…。」
だが、少女も只者ではない。愛香のキックに気づいた瞬間、すぐ腕を胸の前でクロスして攻撃を防御した。一瞬倒れそうだった少女は、なんとか耐えてふらふら重心を取った。いや、取ろうとした。
「マジプロ…。」
「!?」
反撃しようと思った瞬間、後ろから小さなつぶやきが聞こえてきた。生霊ではなく人間だったら、絶対聞いたはずのない小さな声が。
「エリミネート・ザ・スレット…!」
エリミネートの手に集まった赤のエネルギーたちは、少女の背中を狙った。今更振り向いても遅い。少女は歯を食いしばって、素早く飛び立った。
「逃がさないっすよ!」
地面に落ちたと思ったエネルギーは再び舞い上がって、まるで誘導ミサイルのように少女を追った。少女は何度もルートを変更してエネルギーを避けた。数個のエネルギーが少女をはずれ、空から爆発した。大きな爆発は濃い雲を生み出した。
(なんだ、大したことないじゃん?)
全部避けたと、これで終わったと思った瞬間。強い風が雲を飛ばして、その中身が現れた。雲の中に隠されていたのは一番大きいなエネルギー。
「親友の家族には、指一本触れさせないっす!」
エリミネートの怒りが少女を狙った。
「アアアァーッ!」
少女は悲鳴を上げて、地面に落ちた。その反動で砂の風が周りに広がった。若い愛子は何とか耐えた。だが、ただの人間、それも足を怪我した人間である愛音はどうしても立っていられない。愛子はふらふらする母を寄り添った。
(このままじゃ、倒れてしまう…!)
母と支えあっていた愛子が目を閉じた時、突然風がやんだ。いや、風はずっと吹いていた。でも、大きなシールドが風除けのように二人を守ってくれた。強くなった力のほど、青色に染めてくシールド。これを作れるのは世界で一人。
「みかさちゃん!」
愛子が明るい笑顔でみかさを迎えた。
「大丈夫かい?」
「ありがとう、助かったよ!」
そのうち、後ろへ飛ばされた少女は木にぶつけられた。少女は倒れたまま、指先も動かない。ストロークとエリミネートは状況を確認するため、空から降りてきた。
「あなただね…。」
ストロークは顔をしかめた。
「あなたのせいで、親が亡くなった。端的に言えば…。」
ストロークは振り向いて妹を見た。愛音は衝撃を受けて、怒りに身をふるえていた。ストロークも同じ気持ち。だけど、ちょっと違う。もちろん敵を討つことも大事だが、ストロークには大切な家族が、妹がいた。変えられない過去に怒るより、大事な物を守るべきだった。
「私の妹のせいじゃないってこと。」
「お姉さん…。」
愛音は泣きそうな顔をした。
「音々は何も悪くない。」
「ふ、ふふ…。」
突然、破れた木が動いた。いや、それは木ではない。木の下に埋もれた少女が肩震わせて笑っていた。少女は立ち上がろうとした。地面を踏みしめて、前のめり過ぎて、ふらふらする姿が、なぜか突っ伏してるようにも見えた。
「妹?妹だと…?」
笑い続けた少女は突然歯を食いしばり、猛烈な勢いで叫んだ。
「私もあなたの妹だ!家族なんだ!」
まっすぐ立ち上がった少女は炎の風をまとった。少女が踏み出す地は炎に覆われた。
「なのにどうして認めてくれないんだ!」
強い炎に驚いた愛子は反射的に後ろへ下がったが、すぐ後に気を引き締めて叫んだ。
「違う。そんなの家族じゃない!」
愛子の父は妻のためデリュージョンを祭った。デリュージョン、いや、愛香は妹の怪我をみて狂ってしまうほど怒った、ただの姉であった。
「家族は信じあい、支えあうもの。大切すぎて、傷つかないように守ってあげたいこと!」
愛子は気づいた。愛する人を守りたい。そのためなら悪にもなれる。そんな気持ちが、きっと『愛』だと。
「その気持ちがわからないあんたに、家族と呼ばれる資格はない!」
愛子を呆然と見ていた少女は、愛子の言ったことに気づき、拳を握りしめた。
「黙れ…。」
少女が歯を食いしばった。歯と歯が噛み合い、何か削れる音がした。
「黙れ!」
少女が愛子にとびかかった。炎をまとった拳が愛香を狙った。愛音を支えていたストロークが少女の前を立ちはだかった。ストロークは片手を上げて、軽く攻撃を止めた。少女は慌てて、顔が真っ青になった。
少女はあっという間に腕を捕まえた。振り払おうとしても動かなかった。ストロークは右手のひらで少女の肘を押した。手首を回された少女は地面に押された。
「放せ!」
少女は全力でストロークを振り払い、後ろへ下がった。腕や手首からまだ痛みを感じた。
少女は周りを見た。戦士が四人。その中、自分より強い相手が一人。とてもかなわない。だから、今は逃げるしかない。いつかきっと、一人ずつ排除してやる。
家族と一つになろうとした目的はもはや忘れた。心に残ったのは怒りだけ。
少女が下がると、周りの炎も消された。下がる炎に驚いた四人が気を抜いてる間、少女は空へ飛び上がった。
「覚えてろよ!」
少女は炎に飲まれた。気づくと、少女は消えていた。火花さえ残らずに。