第十一話 ≪Forth Dream。???(2)≫
「愛香さん!」
みんなが叫んでも、声は届かない。眠りついた姫のように、愛香はだんだん沈んでいく。妄想を繰り返しながら。
「早く助けなきゃー!」
「危ないっす!」
ウィルヘルミーナがみかさの腕を掴んだ。
「あれを見るっすよ!」
愛香の閉じ込められてるクリスタルの周りに、どんどんカゲが生まれた。昔のデリュージョンの力に似てる強さに、三人は歯を食いしばった。
「このままじゃ、町を守るのも精一杯っす。」
「じゃ、どうすんだよ!」
みかさは跪き、地面を拳で撃った。悔しかった。神が何度も警告してくれたのに、未来を止められなかった。
「どうすればー!」
「みかさちゃん!」
愛子は両手でみかさの頬を包んだ。
「大丈夫。絶対に助ける!」
「愛子、おまえ…。」
ぼうっとしていたみかさが目を閉じた。再び眼を見開いたみかさの瞳には、ハリケーンのような青き近いがこめられてた。
「愛子ちゃん、神様がっ…!」
神はむやみにヘイトに突き進んだ。愛香をまた失った。夢のようになった。未来から逃げることが出来なかった。情けない自分への悔しさを、神はヘイトへ放った。
「きさま!」
地球の神だって、力の限界がある。この前、パラレルワールドへ世界線を移動した時の反動がまだ体に残ってる。
「神としては情けない強さだなー。」
「ぐぁああ!」
ヘイトは妄想帝国の幹部。神には及ばないが、彼の強さは本物。力を尽くした神は、朝飯前。
「僕が倒れても絶望は続く。お前に女帝は救えない。」
「くそっ…!愛香、愛香…!」
倒れた神は身を伏せたまま、拳で地面を殴った。
「神様、しっかり!」
愛子は手のひらで神の頬を軽く撃った。
「確かに今のままじゃ神様の夢の通り。でも、神様が一緒なら未来は変わるかもしれない!」
愛子は大きな声で叫んだ。
「だからあきらめないで!呼び続けて!愛香さんの心が答えてくれるまで!」
「愛子、お前ー。」
「忘れないで。今の愛香さんを救えるのは、神様だけ!」
神が見た夢のままであるのなら、マジプロの三人がどうあがいても愛香は救えない。だからこそ、夢に出なかった神にしか愛香は救えない。
「ヘイトは私たちが止める。さあ、早く!」
「…分かった。」
神が立ち上がった。その姿を見下ろしていたヘイトは眉をひそめた。
「無駄なことをー。」
ヘイトが神を止めるため、神へとダッシュする時ー。
「逃がすもんか!」
すぐ変身したインターセプトが、後ろからヘイトの頭を狙った。ヘイトは腕をあげて、インターセプトのキックを止めた。
「泣き顔がなかなか凛々しくなったな。大丈夫。すぐぐすぐすにしてやる。」
「言ってくれるな!」
インターセプトが拳を握りしめた。手の軟骨が肌の下でぶつけ合う音がした。
「待ってろよ。手前なんかぶっ倒してやるから!」
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愛香は思う。確かに彼女は裏切られた。それが痛い、苦しい。もうあの頃には戻れないのがー。
「愛香!」
神がクリスタルを叩いた。叩き続けた。手が赤くなるまで、愛香を呼んだ。
「愛香、先の子、覚えているだろう?」
答えはない。でも、話は届いてる。そう信じてる。
「あの子に愛香が影響を与えた。あの子は新たな夢を見始めた。」
愛香にはもう、可能星が残ってない。自分の夢を咲かせることはできない。
「愛香にはまだ、人の夢を咲かせる力があるってことさ!」
助けられないままだった、人に手を伸ばすことはできる。自分の夢が壊れたから、今の自分を壊す必要はない。
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そう、私は人に裏切られた。何度も利用され、痛くて泣いても誰も振り向いてくれなかった。
なのに人を憎むことが出来なかった。私は、どこまでも人を愛したいから。
私は夢を、未来を、自分をあきらめた。でも、あなたがそばにいてくれるたび、そのやさしさに振れるたび、なぜか安心してしまった。
知らんぷりしたままだって、目を逸らしたままだって、あなたの愛は届いていた。その気持ちを、思いを受け入れなかった理由は、なにもできないままの私を愛してくれるあなたに『ごめんなさい』と言いたくなるくらい、感謝しすぎて。
ぼろぼろな心が愛し方を忘れても、私は愛をしたかった。それが辛すぎた。苦しかった理由はむしろ、私がまだ私を、愛をあきらめてなかったから。
ああ、そう。
私はまだ私をあきらめてない。鏡に映された自分を憎めなくて涙を流した。
あなたは私をあきらめてない。私も私をあきらめてない。だからー。
(立ち上がる…。)
愛香は重い瞼を開ける。
(立ち上がれるー!)
黒いクリスタルの外からずっと自分を呼んでくれた神と目が合う。神が手をあてていたクリスタルに、中から愛香は出をあてる。二人の手が重なった瞬間、クリスタルにひびがはいる。割れ目から始めた崩れがどんどん広がる。
「愛香!」
「神君!」
空から落ちてくる愛香を、神が抱きかかえる。そのぬくもりが本物であることに、なんども感謝して。
「なんだと!?」
ヘイトも、彼と戦っていたモード・ナイト・フィナーレのインターセプトも。カゲを浄化していたエリミネートも。町の子供を非難させてたクラッシュも。みんな、影を抜け出した愛香を見つけた。
「なぜだ。なぜ絶望しない。何もできないままなのにー!」
「ヘイト、あんたのゆう通りだわ。私は何もできない。でも!」
愛香が抜けだした固い皮が、金色に染まってく。そして、金色の波となり、町を包み込む。タイムホールのせいで苦しんでたみんなの心と体を癒してくれる。
「あの子たちの夢を見守ることはできる!それが、今の私の夢!」
金色の王冠に差されていたトパーズが、愛香のカードリーダーに飛び込む。すると、愛香の体が金色に光る。
「モード・ナイト・フィナーレ!」
金色の波が愛香を包み込む。愛香が流した涙の分、愛香は強くなった。そのすべての『過去』が溶け込んだ今を、愛香は愛する。愛し続ける。
その気持ちが届くだけで、カゲは消え去る。熱すぎる心が、すべてを溶かすから。まっすぐな心に絶えずに、ストロークの足首についてるカゲの欠片、アンシンの欠片は、ストロークを掴んでいた手を放してタイムホールの中へ逃げてしまった。
「まばゆい…。」
ストロークが放つ光は、日差しの色。ストロークの歩みを支えるのは、優しい風。すべてを燃えつくす炎のように、ストロークはヘイトに、憎悪に立ち向かう。
「マジプロ!コンティニュアス・メドレー!」
ストロークの技が町に広がる。技に振れたカゲらが全部溶けていく。
怪我していた人は癒される。泣いていた心はポカポカになる。
「くっ、くぅうっ…!」
両手で技を止めていたヘイトは耐えられず、力が抜けた両手を下がる。
「うああああ!」
ぼろぼろになったヘイトがその場で倒れた。消えずに生きているのは、きっとストロークが途中に攻撃をやめたから。
「また浄化できなかった。」
ストロークの力は圧倒的。彼女が放つ光に触れたら、カゲは浄化される前に溶けてしまう。
「私に誰かを救う資格がないって言ってるのかも。」
漂う波を抑えて、ストロークは舞い降りる。
「もういい。構わないわ。」
ストロークの力は『今』を生きている三人とは違う。でも、目的は同じ。だからこの気持ちを仲間と分かち合える。
「ヘイト。」
ストロークが前へ一歩を踏み出した。神はストロークがヘイトに近づくことを心配したが、もうヘイトにはなんの力も残ってない。
「妄想帝国の幹部たちは全員、私が集めた。」
自分を憎む人。『今』を生きられない人。誰かに捨てられた人。デリュージョンはそんな彼らを集めた。
「何もかもあきらめてたから、あなたたちを見つけることが出来た。でもこんな私も、私をあきらめてなかった。だからきっと、あなたもー。」
「それが、あなたの望み、か…。」
ヘイトはまだ覚えてる。友達に裏切られ、濡れ衣を着せられて、執行の日を待っいた彼に、舞い降りた黒い天使。その手を掴んだことを、ヘイトは一度も後悔したことない。
「わかりました。」
「じゃ、あなたもー!」
「いいえ、僕はあなたのカゲを追います。だから、どこまでも前へ進んでいきなさい。」
「ヘイト、いや、ヘンリ…!」
ヘイトは黒い空間の中に消えた。ポータルに飛び込む前、彼はストロークにそっと微笑んだ。
「終わった、の…?」
クラッシュが呟いた。
「ああ、これで終わり、だよな。」
「信じられないっす…。」
ぼうっとしているうち、太陽はどこまでも光を降り注ぐ。
「やったー!」
クラッシュがインターセプトやエリミネートを抱きしめた。今日だけはインターセプトも二人を優しく抱いてくれた。
「ありがとう、みんな!」
ストロークは三人に礼を言った。
「もう二度目、あんたたちに助けられた。本当にありがとう!」
「そんなこと言わないでください!仲間じゃないですか!」
「なかま…。そうだね。私たち、深い絆でつないでる仲間だね!」
ストロークはそっと微笑んだ。その後ろ、幸せそうに彼女を見てる神がある。
「愛香…。」
「神君。」
ストロークは神に近づいた。
「あなたがいてくれたから、私はここまでこられた。」
ストロークは神を抱きしめた。
「ありがとう。そして、大好きだよ、私の神様。」
神は何も言えず、ストロークを抱きしめた。
「よかった…。」
二人を見ていたエリミネートの世界が滲んだ。
大好きな神の思いが伝わった。神が幸せになれるなら、この胸が散々散りばめてもいい。どれが、本物の片思い。
「本当によかった…。」
声を出して泣いてしまったエリミネートを、二人がぎゅっと抱きしめた。
「よし、よし。」
「帰ったら、またパジャマパーティーしよう!」
「はいっす…!」
みんなが幸せ。めでたしの話になるべきだった。
「帰る…?」
タイムホールの中から、聞きなれた声が聞こえた。愛香の物だが、愛香じゃない声。
「私をこんな目にしておいて…?」
四つのタイムホールが消えた今、世界はもとに戻った。つまり、それはー。
「ふざけんなよ!!」
フレームエンプレスの帰還、である。




