第二話 ≪Second Fire。エンプレス(1)≫
さあ、真実を灯そう。
第二話 ≪Second Fire。エンプレス≫
「このビルだよね。」
一方、神と愛香はビルにやってきた。愛香はビルを見回った。そしてビルの入り口で立ち止まった。
「何の気配もしない。あの炎ってやつ、どこかへ行っちゃったのかしら。」
愛香の話を聞き、神は愛香の手を取った。
「愛香が欲しいなら、このビルの下まで探せばよい。」
「どうやって?」
「僕がこのビルを消したうちに…。」
愛香は何も言えず、神のおでこを中指で弾いた。
「いたっ!」
「冗談言ってる場合じゃないわよ。早く手がかりを探しなさい…って、あれ?」
愛香が横断歩道の向こうを見た。遠くからみかさとウィルヘルミーナが手を振っていた。
「愛香さん!」
「神様、おはようっす!」
タイミングよく、信号が変わった。青信号を見たみかさが愛香に走ってきた。その後ろをウィルヘルミーナが追った。
「二人とも、久しぶり!今、散歩中?」
「いいえ、レンタルスタジオを探し回ってます。」
「え、なんで?」
「ギターの練習していたら、隣の家の人たちから『素敵な演奏ですね』と聞いて、次のコンサートに誘いましたが、実はあの人、京都から来たようで…。」
「京ことばって怖いっすよね。」
「わかる、それよくわかる。」
ウィルヘルミーナの話に愛香がうなずいた。
「愛香さんはどうしてここに?」
「そうっすよ。昨日愛子ちゃん、『明日は大変忙しい!』と言ったっす。家族同士のお墓参りじゃなかったっすか?」
「それが…。」
愛香は短く今朝のことを説明した。もちろん、愛する妹のため、愛音が怒ったとかひどいこと言ったとか、そんなことは全然言わなかった。
「それでね、このビルのまわりをさがしていたのよ。」
「なるほどっすね。」
「でも、どうやっても見つからないし、どうすればいいか迷ってた。」
考え込んでいたみかさが、突然アイデアを出した。
「あの、愛香さん。火災って、愛香さんがいらっしゃんた過去にもありましたね。」
「ええ、そうだわ。」
「なら、あの場所にも行ってみましょう。」
愛香が絶望する前、愛香は火災で父を失った。なら、そこにも手がかりがあるかも知れない。
「すごい、みかさちゃんマジ天才!」
愛香が瞳をきらきらした。
「どうっすか、神様。」
ウィルヘルミーナがいたずらに微笑んだ。神はそっと目をそらした。
「まあ、マジプロらしい推理だな。」
「そうっすね!」
ウィルヘルミーナは楽しそうにうなずいた。神はウィルヘルミーナの笑顔が理解できない。彼女は神に何回も告白した。そしてそのたびに振られた。なのに、いつも楽しそうに笑顔をしていた。
(僕は愛香と一緒にいられなくて辛いのに、あいつは振られても立ち上がる。)
おかしいと思うが、口にすることはできない。人を無駄に傷つけたくないから。
(最初はさ、あいつは僕を本気で好きじゃないと思ったが…。)
ある日は好奇心がわいて、神の目で調べてみた。でも、彼女の『好き』は本物だった。
(…わからない。)
神が顔を軽く振る間、もう愛香とみかさは角を曲がっていた。歩いてないのはウィルヘルミーナだけ。彼女は神のそばで、神の顔色をうかがっていた。
「行かないっすか?」
「言われなくても行く。」
「じゃ、一緒に…。」
「一人でいい。」
神は愛香たちを追った。遠ざかる後姿を、ウィルヘルミーナはじっと見た。
「慣れたことでも、やっぱ痛いっすよね。」
四人は愛香の住んでいた家に来た。丘の上の家は誰もが羨んだが、火災で家族がなくなり、その娘はカゲとなった噂が広がって、いまだに誰も住んでない。いや、近づいてもない。
雑草の生い茂ってる庭をこえ、四人は家の中へ。いや、家だった何かの戻へ近づいた。片付いてない焼けた木々。壊れて骨組みを見せてる建物。その下でぎりぎりに四人はいた。
四人は15分ぐらい炎の後を探した。だが、なにも手にすることはなかった。手のひらは空っぽのまま。なんの手がかりも得なかった愛香はため息をついた。
「何もない…。」
「ですよね。」
愛香のそばにくっついていたみかさは額の汗を拭った。
「そっちはどう?」
「なんにも見つからねえ。」
神が返事した。
「違うっす。宝物を見つかったっす!」
ウィルヘルミーナが頬を膨らました。
「宝物?」
愛香は興味深そうな顔をした。
「はいっす。知識の源っす!」
ウィルヘルミーナが手を上げた。彼女は本を一冊持っていた。本は炎に燃えたが、半分以上は残っていた。
「ったく。なんの必要もない本を見つけてどうすんだよ。」
神は頭を軽く搔いた。でも、もうみかさと愛香はウィルヘルミーナと一緒にいた。
「本?何が書いているの?」
「えっと、これ日記見たいっすね。」
「どれどれ。」
「俺にも見せてよ!」
「や、破れてしまうっすよ!」
三人はウィルヘルミーナを中心にして集まった。愛香は本の左を、みかさは右を取った。
「これは…。」
愛香が目を丸くした。
「愛香さん、何かご存じですか?」
「敬語使い過ぎっす。」
「う、うるさい!」
みかさの頬が赤に染まった。みかさに取ってストロークは恩人。『俺』を使うみかさも、憧れの愛香の前には『わたくし』の女の子になった。
「聞いたことある。お父さんの研究について。」
「岳丈の研究か、興味深い。」
「出まかせ、お止め。」
愛香が睨むと、神は口笛を吹いた。
「愛香さん。ここ、なんて書いてあるっすか?」
火災で消失された本は、完全な形をしていなかった。文章はもちろん単語さえ途切れていた。ウィルヘルミーナの指先がさしているのは、未完成の文章だった。
「ここは『イ』って書いているっすよね。でも、その前は…。」
「多分、『セイレイ』と書いてるんだ。」
「『セイレイ』って、『妖精』みたいなあれですか?」
「『命令』のあれじゃないっすよね。」
ウィルヘルミーナがツッコミを入れた。愛香ともっと話したかったみかさは、話を止められて不愉快な顔をした。
「お父さんは『セイレイ』を研究した。地球の平和のため。」
「平和…?」
「そう。かつて銀河の町を守ってくれたと言われてる精霊。その源である炎に、私のDNAを混ぜて、強い戦士たちを作ろうとした…。」
「いきなり重い話!?」
「DNAと言っても、渡したのは髪の毛だけだし。」
愛香は驚いたウィルヘルミーナを落ち着かせた。愛香には町のことや家族のことが一番。だから喜んで自分のDNAを手渡した。
「うれしかった。お父さん、人にあまり頼らないタイプだったから。」
愛香は記憶を探ってみた。セイレイの炎を探し出した父は、大変喜んだ。これで世界は救われると信じ、毎日研究に夢中だった。
「なんだかんだ言ってもそれって命を生む実験ではないっすか?人が人を作るなんて、どう考えてもやばいっす!」
「そうです。生み出された人造人間が愛香さんの力を吸い取ったら、危険ではありませんか?」
「心配すんのそっちすっか!」
「まあ、まあ。二人とも落ち着いて。」
愛香は何気なく話していた。幼い頃も今も、父を信じていたからだ。父が危険な実験をするはずがない。愛香はそう信じていた。でも、その信頼はすぐ壊れてしまった。薄いガラスのように、跡形もなく。
「な、いくら愛香の話でも、今のは聞きづらいだな。」
「神君?」
神は顔をしかめた。
「人間は人間を作れない。作ってはいかない。誰も誰かを生かせたり、死なせたりできない。」
一輪の花を死なせるにも、大きなエネルギーが必要。運命を逆らってはならない。それは、宇宙の秩序を乱せるから。
「愛香、命は操れない。無理矢理に操ったら、神である僕にもペナルティがある。」
「つまり、愛香さんのパパは…。」
「やってはやらないことに手を出した…。」
神の言葉に、ウィルヘルミーナは怯えて、みかさは驚いた。でも、この中の誰も、愛香より衝撃を受けてはいない。
「そ、そんなわけないわ!お父さん、セイレイは優しいって、何があってもみんなを守ってくれるって…!」
「愛香、宇宙の秩序を逆らう人間はその分の代償を支払わなければならない。」
「お父さんは研究を完成させて…!」
「一つ可能性はある。誰かの命を犠牲にすれば、命を生み出せる。」
「やめて…。」
「彼は多分、知らない間に自分の命をその代償として支払い…。」
「もうやめて!」
愛香は耳を塞いだ。誰も話せなかった。ただ愛香の叫びだけ、空へ響いてく。
そんなはずがない。無意味な研究のため、父がなくなったわけがない。愛香はそう思った。信じるしかなかった。胸が痛くて、息苦しさを感じても、すべてから目をそらすだけ。
「あの、愛香さん…。」
みかさがそっと声をかけた。返事はなかった。期待もしていなかった。
「わたくし、愛香さんの味方です。だって愛香さんの父ちゃん、火災で亡くなりましたから…。」
「炎…。」
「愛香さん…?」
「火花さえ消せない、セイレイの炎…!」
愛香は本を奪い取り、火災の日を探してみた。父の死に近づくたび、日記は恐ろしい物語を抱いていた。
・
・
・
00月00日
…霊の炎を見つけた。
これで…られ…。
00月00日
何…おか…。
…霊が勝手に…。
00月00日
…のでは…。手を出すべき…。
人間は命を…作っては…。
00月00日
…失敗…。
もし…愚か者…忠告して…。
何が…生霊を利用しては…。絶対…。
・
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・
「セイレイ…。生霊!?」
セイレイは精霊なんかじゃなかった。それは生き霊のまたの名。誰かを強く恨む気持ちから生まれた、魂のかけら。
「なんすか、それ?」
「怨霊だ。」
まだ日本の文化に慣れてないウィルヘルミーナのため、みかさは説明し始めた。
「誰かを妬んだり、憎んだりしたら、生まれる忌まわしい魂。本来の体から割れ出して、相手を苦しませる命のかけら。」
「そんな…。」
みかさの説明に、ウィルヘルミーナ口をふさいだ。目が死んでいた愛香は突然、今朝のことを思い出した。
「愛音…。」
彼女の愛おしい妹は、消せない炎を口にした。秘密を明かす手がかりを持ってる彼女を、生き霊がほっておくわけがない。
「愛音を、愛音を探さないと…!」
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・
愛音は妹と言う少女と話し続けた。父を殺した罪悪感に満ちていた愛音に、父はまだ生きていると言う話はとても甘い嘘だった。
「お父さんに会えるってこと?」
「はい。家族みんなで一緒になると、きっとすっごく幸せになりますわ!」
少女は愛音を誘った。父を会いに行こう。今ならきっと会える。そしてみんなで幸せになろう。『幸せ』を語る少女の瞳がひらめいた。壁の後ろで二人を見ていた愛子はその冷たいきらめきに驚いた。
(お母さんなんかへん…。)
愛子はいつもと違う母を不安そうに見つめた。死んだ人は、生きて帰れない。常識的に考えてみると気安くわかるはず。なのに愛音は罪悪感から逃げ出すため少女の言葉を信じていた。
「そういうことで、愛香お姉さまはどこですか?」
「どうでもいいじゃない。」
「ふーん。」
少女は微かに微笑んだ。
「まあ、いいでしょう。二人でさきに幸せになりましょう。」
愛音を見ていた少女は雅に立ち上がり、愛音の手を取った。
「ちょ、待てよ!」
「はあ?」
愛子は二人の行く手をさえぎった。そんな愛子を見て、少女はしかめ面をした。
「なにすんだ、どけ。」
少女は優雅に命令した。大声を出してないのに、本能的な恐怖をかんじた。怖かったけど、愛子は負けないため頑張った。大好きな母を守りたかったから。
「私も一緒に行く。家族だもん!」
「家族…?」
少女は愛子を嘲笑った。まるで『ふざけるな』というような表情で。
「私の『家族』にあなたはいない。」
炎は長い時間を経てここにいる。だから、少女は愛音に娘ができたことを知らなかった。いや、最初から意味なかった。少女に取って『完璧になるため』の家族は四人。姉の娘など、計算していなかった。
「やめなさい!」
「お姉さま?」
「愛子は私の娘よ。あんたの家族でもあるのよ!」
愛音の責めつけに、少女はむかついた顔して愛子をみた。余計な邪魔が入ってイライラしたが、『家族』のため我慢した。
(殺したい。)
少女は思った。
(今すぐ牙を立て、あいつを飲み込みたい。)
炎となり、愛子の存在そのものを消したらよい。だが、そんなことしたら美しい計画が乱れる。
(いや、やめておく。愛音姉さまが怖がって逃げたら困るし。なにより、愛香姉さまを誘うチャンスになるかもしれない。)
少女はパッと笑った。
「まあ、よろしいでしょう。一緒に行きましょう。」
いきなり親切になった少女を、愛子は疑った。でも、母が少女を追いかけてる以上、返信したり攻撃するのはできなかった。
少女は振り向いて家を出た。愛音も一緒だった。
「待て!」
愛子も急いで二人を追いかけた。この後、何が待っているのか想像だに出来なかったまま。
00月00日
生霊の炎を見つけた。これで戦士をつくられるかな。
00月00日
何かおかしい。生霊が勝手に動いてる。
00月00日
手を出すのではなかった。手を出すべきではなかった。
人間は命を作れない。作ってはいけない。
00月00日
研究は失敗だ。
もし、僕のような愚か者があるなら、忠告しておく。
何があっても、生霊を利用してはならない。絶対に。