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クロスタイム・マジプロ!第2部~セイレイの炎~  作者: 異星人
第4章 新たな夢に向かって
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第十話 ≪Third Dream。カウンセラー(2)≫

中東にある、タイムホールに近い場所。


「死にたくない…。死にたくない…!」


歪んだ世界の透き間で、フィルムは怯えていた。噛み過ぎた爪の欠片が、口の中に入って、フィルムの喉をさした。 咳払いをしたフィルムが両手で自分を抱きしめる。


「このままじゃ、ハザードみたいに…。」


マジプロにやられたら確かに死ぬ。だからって逃げたら、マジプロが歪んだ時間をもとに戻して、フレームエンプレスが蘇る。


「生霊がない世界なのに、なぜ消えないんだ…!」


フィルムは耳のイヤリングを掴んだ。フレームエンプレスからのプレゼントは、消えずに彼女の耳についていた。まるで、生霊に呪われたみたいに。


「イヤリングは消えなかった。つまりそれは、まだこの世に生霊の意志が残ってるってこと。」


マジプロは強くなった。戦ったら絶対殺される。だからって逃げるわけにはいかない。


「力を…。もっと力を集めなきゃ…。」


力を集めて、マジプロにかつ。生霊が戻ってこられないように。そう決めたフィルムは、中東のタイムホールを見つめた。


「この国にはあまり悲しみがない。だけどー。」


フィルムはタイムホールを手で混ぜた。すると、フィルムが生み出した悪夢がどんどん世界へ広がった。


「苦しい想い出から作られた悪夢を見せたら、狂わずにはいられないはず。」


フィルムはお金持ちを恨んだ。現実に甘んじる、悩まぬ満足な豚。夢すりゃ現実にして、絶望など知らぬ者。


「絶望の中で泳ぎながら死ね。悲しみの中で命を失ったー。」


悪夢を散らばるフィルムの瞳がひらめいた。


「我が子のように…!」


鏡の向こう、苦しみがたまってく。目を覚ませず、悪夢の中をさまよう人々。彼らを見て、フィルムは口を横に引いて笑った。



「ぐすっ…。」


柵の影の下で少年は泣いた。ポケットの中の鍵を握って。


「鍵がないと、みんなおいらなんか忘れてしまう…。」


兄弟はお金のため喧嘩した。小さな少年なんて誰も気にしない。少年が兄の手の鍵を奪い逃げたのは、悲しくなったから。


「おいらなんか、誰も心配してくれない…。」


家族たちが少年を探そうとする理由。それは、鍵を取り戻せるためであり、少年を心配するからではない。


「それは違うよ?」

「…!」


柵の向こうから聞こえる声。


「私は、あなたのこと心配したから。」


柵を捕まえた愛子は汗を流してる。少年を探すため精一杯走り回ったから。少年がうつむいてた影の中に、愛子の汗が落ちた。


「お前は…。」


うつむいてた少年はそっと顔をあげた。逆光の少女は顔も全身も真っ暗。でもなぜだろう。元々黒いはずの瞳が今、一番輝いて。影の真ん中の君の笑顔が、目を開けていられないほどまぶしくて。


「話、聞かせてくれない?」


愛子は柵の向こうに手を伸ばした。


「おいらだって、話したい…。」


力が抜いた足。よろめきながら、少年は立ち上がる。


「いっぱいいっぱい、話し合いたい…!」


愛子のところへ、精一杯手を伸ばす。


「それでいいよ!」


笑顔の愛子は、少年の手を取った。すぐ、愛子は少年の脇を掴み、抱きかかえた。愛子に抱かれて見る世界は、不思議でまぶしい。影だらけの柵の下で逆光の世界を見てきた少年は、向こうの光に気づかなかった。


「アドナン…。アドナン・ビン・オジェ。」

「え?」

「おいらの名前だ。その胸に刻むがよい。」

「分かったよ、アドナン!」


アドナンは愛子を見てそっと微笑んだ。それは、父が倒れてからの初めての笑みだった。


「お父さんが倒れたって!?」

「ああ…。医師の見解によれば、フィルム症候群らしい。悪夢から目覚めないまま、ずっと苦しい過去を繰り返す病気さ。」

「フィルムって、まさか…。」


初めて聞く病気が流行ってる。なにより『フィルム』って名が不安を煽る。


「ねえ、お父さんが倒れたの、いつ?」

「4日前。」

(タイムホールの現れた時機と同じ…!)


愛子は唇を噛んだ。神が生霊を消そうとした根本的な理由は、祖父が生霊を作ったから。時間が歪み、生まれたタイムホールは、愛子の家族の過ちのせい。アドナンの父がその犠牲になるとは。


「お父様は悪い夢から抜けず、怒ったり叫んだりする。それが、寝言とは思えないぐらい悲しくて…。」


アドナンは視線を落とした。


「怖い…。」


小さな肩がどんどん震えた。ちっぽけな肩に、愛子は手をあてた。


「大丈夫。お父さん、すぐ起きるはず。だから元気を出して!」

「…ああ。」


アドナンの顔が少し明るくなった。でも、彼は明るさをすぐうしなった。


「アドナン!!」

「!?」


白い服の人たちが、アドナンの兄弟が近づいた。


「さっさと出てこい!」

「アドナン、後ろへ下がって!」

「でも…!」


愛子が一歩前に出た。背が高い男が愛子を見下ろした。


「なんだ、お前は!」

「きゃっ!」


変身する前の愛子は、男に押されて、後ろに倒れた。


「愛子!」

「どこ見てんだ!早く金庫の鍵を出せ!」

「いやだ!放して!」


愛子はやっと気づいた。アドナンは誰も自分を見てくれないといった。親も兄弟も自分なんか探すわけないといった。


でもそれは嘘だった。見つけ出してほしいから。この寂しさに気づいて欲しいから。だから鍵を持って逃げたんだ。みんなを怒らせるのが、寂しさよりましだから。


「このー!」

「うぅ…!」


男がアドナンを押した。アドナンはそのまま倒れた。


「アドナン…!」


愛子はよろよろ立ち上がり、アドナンのところへ。それに比べて、兄弟たちはアドナンを気にしない。ただ、奪った鍵だけを手に入れようとする。


「それをわたせ!」

「ふざけんな!」


背が高い男が、鍵を手に入れた。


「これさえあれば、遺言状を取り出せる!」

「…あなたたちが探しに来たのは、アドナン?それとも鍵?」

「はあ?」


アドナンを抱いたまま、愛子はアドナンの兄弟を睨んだ。


「あんたたち、アドナンの家族でしょ?なのにどうしてアドナンを心配してくれないの?」

「そ、そりゃ、遺言状は大事だからー。」

「アドナンは?アドナンは大事じゃない?」


アドナンの兄弟たひは、口を噤んだ。


「鍵は何個だって作れる。でも、アドナンの傷はいやせない!どうしてそれに気づかないの?」

「この、この小娘がー!」

「君たち、いったいなにをしてるんだ!」


時間が止まったように立ち止まる。アドナンも、その兄弟も。


「お、お父様…?」

「そんな、もう目覚めないはずじゃー。」

「君たちには失望した。私が倒れてるうちに、こんなことをするとはー!」


ぞわぞわが広がる中、アドナンの父はアドナンを助け起こす。


「お父様…。もう大丈夫?」

「そう、もう悪夢から抜け出した。」

「お父様…!」


アドナンは父を抱きしめた。愛子はその後姿を笑顔で見つめた。


「あら、悪夢から抜け出した者があるわね?」

「あんた…!」


空から聞こえる声に、愛子が顔をあげた。フィルムは腕組みをしたまま、みんなを見下ろしていた。


「じゃ、また落としてあげるだけー。」


フィルムは黒いエネルギーを発した。すると、アドナンの父や兄弟がよろめいた。


「うっ…!」

「お父様!」

「あっはっは!みんな悪夢に落ちればよい!」


フィルムから打ち込まれた悪夢が、アドナンの家族を襲う。誰もが両手で頭つかむすがたに、フィルムは嬉しそうに笑った。


「あんたたち、お金持ちだな?ちょっと苦しい思いさせても、すぐ忘れるじゃん。」


悪夢から目覚めて幸せな現実を見れる人は、悪夢に苦しんでもよい。傷ついてもとうせ薬を飲んで、カウンセラーに相談してもらう。


「なら少しでも私の役に立ちなさい!」


フィルムは、そんな世界で住んでいた。そんな世界を生きていた。だから、彼女の論理は完璧。固い論理は誰にも崩れない。


「アドナンの家族をくるしめるなんてー。」


愛子は手をあげた。桃色の光が集まり、カードリーダーとなった。


「絶対ゆるせない!」


桃色の光が愛子を包み込んだ。愛子はすぐ、ピンク色のコスチュームに着替えられた。ふわふわのフリルと、可愛いスカート。クラッシュの愛おしい姿をアドナンはぼうっと見つめた。


「人の傷は、数値じゃない!数えきれないの!」


心の形は目に見えない。それが、いくつの傷を持っても笑える理由。


「お金持ちだって傷はある!傷はお金で治せるものじゃない!」


風邪には薬がある。虫垂が破れた時は手術する。でも、胸の奥に刻まれた辛い記憶は、手術台にあがっても治せない。


「お金持ちだって、どうしようもないことがある!」

「そんなのない!!」


フィルムはイライラする。なにも分かんないまま、頭の中にお花畑が広がっているクラッシュが憎い。


「オマエも過去を繰り返せばよい!」


彼女はカメラフィルムをクラッシュに投げた。クラッシュをフィルムで包み込み、永遠の悪夢に閉ざす気だった。だが、クラッシュは強くなった。世界のため戦った分、みんなと分かち合えた絆の分。


「なっ!?」


フィルムがクラッシュを囲む前、クラッシュがフィルムを捕まえた。


「こんなことはもうやめて、フィリア!」

「…!」


フィルムは、凍り付いたように固くなった。


「本当はあなたも気づいてるはず。心はお金で買わないってこと!」


フィルムの瞳が揺れた。


「私、聞いた。あなたに息子があったって…!」


フィルム、いや、フィリアは貧しい少女だった。でも、生き残るため、一所懸命だった。お金を集めると、いつかは憧れの世界一周をする。そして、幸せになる。そう信じていた。


そのはかない夢は、ある夜に散々壊れた。酔っぱらった名家の息子に無理矢理おかされたあの夜に。


フィリアは妊娠した。仕事も出来なくなった。世界一周のためのお金を使い切った後、フィリアは自分をおかした男性の家に尋ねた。悔しかったが、行くしかなかった。おなかの中の赤ちゃんのために。


『汚い。』


男性の母が出た。彼女はフィリアに紙幣を投げた。


『まさか、我が息子の子供を産むつもりじゃないよね?』


男性には婚約者がいた。美しくて、お金持ちである彼女が。彼らには派手な未来が待っていた。


『中絶手術して来い。なら、あなたが使い切れないほどお金をあげる。』


彼らはフィリアの傷なんて思わない。何もかもお金で解決するから。フィリアのことも、お金で思い通りに動かせると信じた。


うんざり。虫酸が走る。だからフィリアは逃げた。


生まれたての命は大嫌いな男じゃなく、フィリアに似ていた。息子はフィリアに笑ってくれた。フィリアの胸ですやすや眠った。フィリアは息子を愛した。息子もフィリアを愛したと思う。聞くことが出来なかったけど。


『あ、あああ…!』


子供は言葉を話せる年になる前に死んだ。病気のせいだった。薬はあったが、フィリアにはお金がなかった。


なにもかもお金のせいだ。仕事も出来なくなり、一人で息子を育てたことも。死にかかる息子を見て、泣くしかないことも。


『復讐したい…!』


フィリアは願った。願い続けた。減りすぎたおはらから飢えなど感じなくなるまで。そんな彼女を救ったのはデリュージョンであった。強欲な男性はカゲとなり、自分の妻を殺した。妻の腹には、小さな赤ちゃんがいた。


『あ、あははは…。』


めちゃくちゃになったまちの真ん中、フィリアは笑った。跪いてデリュージョンをたたえた。そして、デリュージョンに話した。


『忠誠を誓います。あなたのとなりにいます。あなたが私より幸せにならないなら、いつまでも、ずっとー!』


デリュージョンはフィリアを受け入れた。彼女に新たな姿を与えた。フィルムはデリュージョンに忠誠を捧げた。愛香が絶望から抜け出して、フィルムより幸せになるまで。


「心の怪我は、お金では消せない。必要なのはぬくもり。あなただってそう、きっと…!」

「オマエ、オマエにー。」


フィルムが歯を食いしばった。


「何がわかるんだ!」

「あああああ!!」


フィルムを通じて電流が流れる。クラッシュを焼きついてしまいそうに。だが、それをクラッシュへの攻撃とは言えない。電流が流れるフィルムを捕まってるのは、フィルムも同じ。


「マジプロ!」


空に響くエリミネートの声に、フィルムが顔をあげた。


「エリミネート・ザ・スレット!」


赤い炎にフィルムが燃えた。切れ切れになったフィルムの中、インターセプトが舞い降りた。


「マジプロ!インターセプト・ザ・アタック!」


フィルムが再びクラッシュを撃つ前、インターセプトがシールドを解き放った。


「大丈夫っすか?」

「ありがとう…。」


エリミネートがクラッシュを支えた。


「あいつ、クラッシュに手をだすなんてー!」

「待って!」


攻撃しようとするインターセプトを、クラッシュが立ち止まらせた。


「私、フィルムを助けたい…!」


インターセプトとエリミネートが目を合わせた。


「敵を助けたいって、おかしい…かな?」

「おかしくないっす!」


エリミネートが笑った。


「自分、クラッシュに救われたから!」

「そうだ。お前は俺たちの友達になってくれた!」


インターセプトとエリミネートの体が輝き、騎士のような服になった。


「クラッシュなら、なんでもできる!」

「くっ…。」


フィルムは逃げようとした。だって、モード・ナイト・フィナーレの二人には敵わないから。だが、彼女が逃げる前、エリミネートが炎を放った。フィルムは炎の中に閉じこまれた。


「この…!」

「私はあんたの心も救いたい…!」


インターセプトから解き放たれた風が、クラッシュの道となってくれた。二人の役目はただそれだけ。弱くなったフィルムを襲ったりしなかった。だって、最後はクラッシュの分だから。


「みんなの心を支えるカウンセラーになりたい!」


夢の時計の針が、確かな夢に留まる時、奇跡が起きる。クラウンにさされていたルベライトが輝き、クラッシュのカードリーダーの真ん中にさされた。


「モード・ナイト・フィナーレ!」


黒い雲が曇った空に、日差しが降り注ぐ。クラッシュの行く道を、照らしてくれる。


「マジプロ!ハーモニー・オブ・プレゼント!」


過去の苦しみから抜け出し、今を向き合わせる技。大丈夫だって、まだ間に合ってないって、抱きしめてくれるハーモニー。


「くるな、くるなぁあ!」


フィルムはあがいた。逃げようとした。だが、空から差す光が心に流れ込んで、どうしても動けない。


「もし、私たちがもっと早くあったら…。」


クラッシュはフィルムに近づき、彼女をそっと抱きしめた。


「友達になれたのかな?」


緊張していたフィルムの体から力が抜けた。憎悪で作られた体が崩れた。


「我が子を、守りたかった。」


フィルムはそっと目を閉じた。


「ただ、それだけ…。」


フィルムの体が日差しに溶けていく。暖かい光が、フィルムを包み込む。彼女の先を、照らすように。


「フィリア、息子と出会ったかな…。」

「ああ、きっと…。」

「幸せになったらいいっすね。」


愛子たちの変身が解けた。空を見上げる三人を、後ろから見てる少年が一人。


「格好いい…。」


凛とした愛子を見上げるアドナンの瞳がきらめいた。


「なあ、愛子!」

「うん?」


振り向いた愛子に、顔が真っ赤くなったアドナンが叫んだ。


「頼む、おいらの嫁になってくれ!」

「え、ええええ!?」


アドナンが愛子の手を取った。だがー。


「抜け駆け禁止っすよ。」

「そうだ。こいつは渡さないぜ!」


ウィルヘルミーナとみかさが愛子と腕を組んだ。


「なんだよ、それ!おいらの嫁になれば、なんでもできるのに!」

「でも、夢はかなえてくれないよね?」

「そ、それは…。」

「私は私の夢を叶える!そう決めたの!」


アドナンは悔しそうだったが、すぐ納得した。


「分かった。じゃ、愛子が夢を叶えたら、迎えにいく!絶対に!」

「ダメならダメっすよ!」

「あっちいけよ。」


楽しそうな四人を、後ろからそっと見ている影が二人。


「夢、か…。」


愛香が呟いた。


「私には、残酷過ぎる話だね。」

「愛香…。」


神は愛香を励ましてくれない。だって、愛香の可能性の星は、全部消えたから。


「僕は、どうすれば…。」


愛香を振り向かせたい。だが、なにもできない。そんな神の思いが、愛香には届いてない。

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