第九話 ≪Second Dream。歴史学者(2)≫
ホテルに戻ってきたみかさは、なぜか元気なさそうだから、みんなみかさをひとりにしてくれた。部屋に入ったみかさは夜になっても出なかった。食欲がないって、夕ご飯も食べずにただベッドにいた。
ずっと目を閉じていたみかさは、みんながレストランでご飯を食べてるうち、そっとホテルを出た。ホテルの入口を抜け出すと、青い海が見えた。陸から海にむかって吹く風が、みかさの髪をそっと撫でた。
「あれ…?」
レストランより、先に帰ってきた愛子は、海風にそっと目をしかめた。手すりにもたれるままの後ろ姿。親友であるものを、見間違いするわけない。だから愛子はみかさを追いかけた。
「みかさちゃん~!」
一流の歌手であるみかさは、後ろ姿もさすが美しい。自慢の友達に声をかけた愛子は、話そうとしたことを胸の奥から出せず、口だけパクパクした。
「え…。」
風に吹かれた涙は空で滴る。思いを込めて飛ばしたシャボン玉のように。
「みかさちゃん、泣いてるの!?」
みかさは口をそっと開こうとしたが、すぐ噤んでしまった。愛子も驚きすぎて、何を言えばよいかわからない。
「先に銀河の町のことを聞かれた時、俺は何も言えなかった。」
銀河の町だって負けてない。みかさはそう言いたかった。反論するつもりだった。だけど、根拠がなにも捕まえない。
「本当はなんにもわかってなかったんだ…。」
「みかさちゃん…。」
好きって言ったくせに、守ってあげなかった。気づいたときは、もう遅すぎた。
「悔しいんだよ、もう…!」
抑えてきた思いを放つと、涙が頬を伝った。みかさは頑張った。声を殺して泣くため。だが、口を開いたとき、むせび泣きが漏れてしまった。音を泣くみかさを、愛子はただ抱きしめてくれた。
「不思議だな。」
「!?」
愛子がすぐ反応、みかさは涙をぬぐってから振り向いた。滲んだ世界の中、父の仇が、ヘイトが見えた。
「手前…!」
視界が涙でぼやけたまま、みかさは怒りをぶつけた。だが、みかさの言葉より、ヘイトの質問が早かった。
「父を失った時のお前は、あまり涙を見せなかっただろうが。」
「…!!」
みかさの視界が揺れた。涙さえ流せないショックに、耳が遠くなって、気を失いそう。ヘイトがカゲを作り出しても、愛子がからだを揺り動かしても、みかさはぼうっとしたまま。
「ーしっかりしてよ!」
今が夢であるか、現実であるか。感覚が遠くなり、みかさは正気を取り戻せない。町はもう大騒ぎになってる。ヘイトが消えた方を見ながら、愛子は拳を握りしめた。
「私、行ってくる!」
カードリーダーを持ち出し、走り出す愛子をぼうっと見ていたみかさは、足から力が抜ける感覚に、そのまま座り込んでしまった。
(『父ちゃんを倒してくれてありがとう』って、俺の本当の気持ちだったんだな…。)
ただの言い間違い。今まではそう思った。考えの中に深く沈んだこともない。しかし、それはみかさの本音。口にした思いは、確かな真実。
(なぜだったっけ…。)
理屈を探すまでもない。鳥籠に閉じ込められた鳥は、いつでも自由を求める。持ち主からごちそうをいただいても、心は満たされないのに。みかさは、そのうえ、暴力をふるう父に罵声を浴びせられた。
『家族を愛さなければならない。』そう教わってきたみかさは、自分の本音を否定してきた。認めてしまうと、罪に飲み込まれそうで。
でも、それは違う。人はどこまで自己中心的。愛してくれない人の悲しみの前で泣いたりしない。みかさだってそう。父から愛情を受けてないから、父を亡くした時『ありがとう』と言えた。
(俺は、間違ってない…?)
間違ってる感情なんてない。歪んだ思いも、胸の深く、ちゃんと理由を持ってる。だから恥じることはない。自分の感じることをまっすぐ向き合えばよい。
(俺は罪人じゃない。だから…。)
思う存分夢を見て、自分だけの道を走り続ける。それは、誰もが持ってる使命。自分を一番愛して、人生の過ちまで抱きしめて、立ち上がれる勇気。
(幸せになってもいい…。)
みかさは拳を握りしめた。
(今、俺に一番大切なのはー!)
・
・
・
「一気に追いつめるわ!」
「はいっす!」
クラッシュの技でカゲを消すより、エリミネートの新しい技が効率的。だから、今日はクラッシュも戦闘に直接的に参加した。
「行くっすよ!」
「そうはさせん!」
エリミネートがマイクを出した。すると、ヘイトは拳でエリミネートの手を狙った。
「くっ…!」
落ちたマイクは炎となって消えていく。エリミネートは、痛い手首をつまみヘイトを睨んだ。
「ハザードとの戦いで新しい技を得たようだな。そしてー。」
目に見えない速さで近づいたヘイトが、エリミネートをすれ違った。
「その技でハザードを殺した。」
「…!」
エリミネートは反射的に後ろへさがった。
「大丈夫だ。知らなかっただろう。ハザードが人間だったとはな。」
「いや、自分、そんなつもりじゃー。」
慌てすぎると目の前のものも見えなくなる。今のエリミネートだってそう。ヘイトが拳を握りしめても、襲い掛かっても、動かずただ呆然とするだけ。
「ハザード、いや、リチャードを思いやる気持ちがあるならー。」
ヘイトはエリミネートを見下ろした。
「お前も道連れになればよい。」
「きゃぁああああ!」
ヘイトが手を振ると、空に稲妻が走り、ずばっとエリミネートの体を突き刺さる。
「エリミネート!」
空から落ちるエリミネートに向かい、ストロークが飛んでいく。
「ダメでしょ、女帝さま。」
「ヘイト…!」
ヘイトがストロークの前に立ちふさがった。かつての女帝、自分の主をみるヘイトの目が狂気にひらめいた。
「見るなー。」
その前をさえぎるのは神たるもの。汚いものを見るような目で、ヘイトを睨んだ。
「きさまなんかに見られていい人じゃない。」
「お前ー。」
神の拳を防いだヘイトの腕は、ぶるぶる震えていた。一秒の深呼吸と共に始まる戦い。そのうち、ストロークは落ちるエリミネートを受け止めた。
「大丈夫?」
「すまないっす…。」
ストロークがエリミネートの保護する時、クラッシュは敵を一所懸命浄化した。だが、一人ではとても無理なこと。だから、逃した何匹が町へ入り込んでしまった。
「に、にげろ!」
「助けて!」
カゲは町のあちこちで暴れた。力を振り回すカゲは、滑るように広場にもぐりこんだ。カゲのエネルギーが広場を満たした瞬間ー。
「や、やめてくれ!」
年老いた歴史学者が、カゲの前に立ちふさがる。
「この広場だけはだめだ!たのむ、壊さないでくれ…!」
歴史がたまってる場所。大切な広場を学者は守ろうとした。自分の命に替えても。
「ぐおおおお!」
カゲには届かない叫び。胸の痛みが体を締め付けると、人は自分の中へもぐりこむ。なぜ私だけ悲しいのか、なぜ私だけ痛いのか。悩み続けても答えは出ない。ただ、平気そうな他人が憎くなるだけ。
「あ、あああ…!」
絶望した者の拳が爺を殴ろうとした時ー。
「はあああ!」
インターセプトのキックがカゲの腹にさされた。
「君は、一体…?」
「勘違いするな。」
もやもやする砂煙を、青い風が吹き飛ばす。
「お前は気に入らねえ。今だってぶっ殴りたい。けどよー。」
煙の中から登場したインターセプトが、拳を握りしめた。
「誰かが大切にする町を、壊せるもんか!」
インターセプトはにやりと笑った。
(やっと気づいたんだ。腹が立つのも、涙が出るのも、全部ー。)
青くひらめいた瞳の中、嵐が吹き荒れる。
(銀河の町が好きだから。)
あこがれの人の町を守ってあげなくて泣いたわけじゃない。自分に意味がある町だから、自分が愛してる町だから悔しいんだ。
(仲間と出会い、笑いあった、楽しい想い出がたくさんたまってる場所。)
まだ町のみんなを許したわけない。だが、それ以上に仲間が愛する町が愛おしい。いや、仲間のためじゃない。自分のためだ。自分の一番大切な想い出が、全部そろってる場所だから。守らなくちゃー。
「俺は町をもっと知りたい!」
今まで知らなかった世界。味わってない愛情。友達と出会って始まった、自分だけの道。
友達がいる町がすき。愛香の優しさが溶け込んでる文化が好き。そんな町を、インターセプトは、みかさはー。
「愛してるから!」
青き風が吹く。山も谷も乗り越えて、ここまでやってきた風を、私たちは誇らしく思うべき。
「俺は銀河の町を研究する!歴史も、文化も!そしてー。」
インターセプトは後ろをちらっと見た。震える足で、大きなカゲと立ち向かう歴史学者。そんな彼を、みかさは心から認める。
「あの爺に負けない歴史学者になる!」
カゲはインターセプトの気迫に押された。堂々と立つその姿、騎士より王者たるもの。王冠は、王者の鼓動に反応する。刻まれたサファイアは、インターセプトのカードリーダーの中に。
「モード・ナイト・フィナーレ!」
そして、インターセプトは王者に相応しい服となる。みなぎる力が全身から出て、ハリケーンを起こす。
「もうむりっ…!って、あれ…?」
カゲを食い止めていたクラッシュの両手が楽になった。町のカゲが全部、ハリケーンに巻き込まれたから。
「マジプロ!」
インターセプトが手を伸ばすと、青き風のギターが出来た。生み出したギターを、インターセプトは全力で弾いた。生まれて初めて、五線紙を見ず、音符に構わず、自由に。
「シンフォニー・オブ・ホープ!」
町に響いたギターの音が、青き風となり、すべてを包み込んだ。やがてハートの形になって消えるハリケーン。
「ちぇっ。」
神と戦っていたヘイトはハリケーンに巻き込まれる前、ポータルの中へワープした。
「すごい…。」
クラッシュが胸に手をあてた。ドキドキの鼓動が伝わってきた。
「すごいよ、インターセプト!」
クラッシュは目をきらきらして、インターセプトを抱きしめた。
「熱いからあっちいけ!くっつくなよ!」
「えっへへ。でも、嬉しいんだもん!インターセプトも、エリミネートも夢が出来たから!」
エリミネートの覚醒の時は知らなかったが、今は確かにわかる。彼女らが解き放ったのは夢の力。夢見る乙女の可能性。
エリミネートに手を貸してくれてストロークも、支えられたエリミネートも、クラッシュに近づいた。
「よっし!私も夢を探してみせる!」
「クラッシュなら絶対できるっす!」
「ああ、応援するから。」
笑ってる二人と違って、ストロークはそっと目を逸らした。
彼女の時代は終わった。過去に結ばれた人は、可能性の星を失う。消えていくストロークの輝きを神は切ない視線で見つめた。




