第八話 ≪First Dream。歌手(2)≫
「じ、自分っすか…?」
少女がうなずいた。ウィルヘルミーナは慌てて、どうしようもできない。
「別にいいじゃん。」
テーブルに座っていたみかさが最初に反応した。
「歌手ってさ、ライブコンサートの後、時々誰かと話し合いたい気分になる。」
「でっ、でも…。」
「行ってらっしゃい!」
もじもじしてるウィルヘルミーナの背中を、愛子が押してくれた。
「あら、照れてるの?」
いたずらな愛香はそっと笑った。
「違うっすよ、もう…!」
隣の歌手、オリビア・ブラックも、照屋さんのウィルヘルミーナを見て、笑い出した。
・
・
・
二人はカフェを出て、屋上へ向かった。手すりに寄りかかって見た景色。夕日に染まる町は、刻一刻に姿を変えた。
(き、緊張するぅ…!)
当然のこと。ウィルヘルミーナは、愛子とみかさ以外の友達がないから。
人は目的を持って行動する。なにも望まない関係はない。マテリアルが目的ではないあんら、せめて相手の愛情を欲しがる。
みんながウィルヘルミーナに欲しがるのはカウンセリングだっただけ。だから、彼女らを責める気はない。ただ…。
(困ったっすね。相手が何を求めてるのか読めないっす。)
求めるものを隠してる人とは、かなり苦手。元気よく話をかけるべきか、黙って待つべきか。わからないまま、ウィルヘルミーナはオリビアを見つめた。
オリビアは、大きな瞳が魅力的な少女。しかし、どこを見てもウィルヘルミーナとは正反対。
明度が低い真っ暗な肌は、ウィルヘルミーナと極めて異なる。黒い髪はくねくねなパーマヘアーみたい。厚い唇はリンゴのように真っ赤。
「あの子たち、あなたの友達?」
「は、はしっす…。」
うかうか答えてしまったウィルヘルミーナは、はっと気を取り直した。
(もし、この人も先の人たちのように、変なこと言ったらー。)
友達を馬鹿にした奴らを思い出すと、また腹が立つ。ひどく緊張してるウィルヘルミーナを見て、オリビアは笑った。
「そっか。そう思ったよ。予想通りだね。」
「え…?」
簡単過ぎる。『ただ、それだけ?』と聞きたくなるくらい。
「いや、まあ、最初は『姉妹じゃないか』と思ったけどさ。」
「し、姉妹って。見た目違いすぎじゃー。」
「そう、かな…?私の友達には、見た目が全然違う妹もあってさ。」
アメリカには離婚や再婚する場合がかなりある。だから、全然違う二人が家族になってもおかしくない。それに気づかずに、ただ相手を警戒していた自分の心の狭さ、ふと恥ずかしくなった。
「その…。」
ウィルヘルミーナは声を出した。だって、こんな人に合ったら、黙っていられない。
「すまないっす。」
「なにが?」
「ここにきてずっと、見た目で判断されて、ムッとすることばっかで、切れやすくなって…。」
まだ話してない相手を、分かり合う前に判断しちゃった。
「怒ってたの?」
「みんな、愛子やみかさ、自分の友達にひどいこと言って、つい…。」
ウィルヘルミーナの頭がだんだん下がった。本当は気づいていた。自分が目立つせいで、みんなも一際差別されてる。
町の人はウィルヘルミーナだけに声をかけてくれる。逆に考えると、愛子たちを無視してすれ違うとした人まで振り向かせた。
「おかしいことはなにもない。友達とカフェにくるのも、おしゃべりするのも。」
「え…。」
驚いたウィルヘルミーナは、知らずに顔をあげた。
「それをおかしいと思うのがおかしい。うん、きっとそうだよ。」
髪の色、肌の色、目の色で人を仕分けた人々の中で、オリビアの声だけ、胸に響いた。
「私はね、小さい頃に白くなりたかった。黒いのは汚い。そうからかわれた。」
あの日のオリビアは、自分が大嫌い。だって、みんなが自分が嫌いというから、自分も自分を愛してはいけないと思った。
「人の言葉が正しいと思い、その型にはめようとした。」
ウィルヘルミーナは、なぜか自分の白さから罪悪感を感じた。でも、そうなる前、オリビアはウィルヘルミーナの手をつないだ。
「みんなのいう通りにしたら、私がいなくなる気分。全然幸せじゃなかった。」
私が私を愛さないと、誰が愛してくれる。彼女はそう呟いた。
「でも、今は違う。」
オリビアはウィルヘルミーナと向き合い、微笑んだ。
「私は私が好き。」
夕日を背にした、まばゆい笑顔。
「型に誰かをはめるのは、自分をその中に囲い込むことと同じだから。」
ウィルヘルミーナの瞳がそっと揺れた。今まで町のみんなと違う見た目を持って、ずっと苦しんでた。私が私の否定した。そのたび、苦しくなるのは自分だった。
「私は歌でこの思いを伝えたい。」
「歌で…?」
「歌は人種を超える。世代を超える。性別も、文化も超えて、みんなの心に届く。」
歌を聞く時は、みんな一つ。同じ気持ちを分かち合える。
「私は、アメリカで一番大きなステージに立つのが夢!」
オリビアは両手を広げた。両手で抱え込めない夢のように、大きく。
「その日が来たら、白も黒もなく、女でも男でもなく、『私』がいっぱいになったらいいな!」
名札のようについてる鎖を破り、『私』として存在しますように。
「ねえ、私、初めて話したんだ。私の夢のこと。」
「ええっ!?なぜ自分にー!」
「だって、このカフェに白人が来たの、初めてだもん。」
「え…?」
ウィルヘルミーナは慌てた。友達と一緒にいけるカフェを探しただけなので、そんなこと考えてないから。
「あら、気づいてなかった?このカフェを利用してるのは私みたいな黒人だけ。だって、『こんなお店汚い~』と言われるもん。」
「そんな…!」
「あら、怒ってくれるの?」
オリビアは手を口にあてて笑った。
「まあ、そういうこと。あんまり気にしないで!」
1階に戻るオリビアを、ウィルヘルミーナは呆然と見た。自分の肌が好きだから、『オリビア・ブラック』と名乗ったという彼女を。
オリビアは、恥ずかしいことはなにもないと言ってくれた。勇気をくれた。
(自分は自分が大嫌いだったっす。)
『こんな私なんて、愛されない』と決めてたのは、むしろ自分。
(今は違う。何があっても味方してくれる仲間がいるっすから。)
だから無茶する必要はない。私じゃない私になる必要はない。
(自分の、なりたい自分は…。)
みかさのコンサートがめちゃくちゃになった日、ウィルヘルミーナはみかさの代わりに歌った。あの日のときめきを、いまだも忘れられない。夜明けまで続いたときめきは、きっとー。
「おい!」
階段をのぼってきた神が、ウィルヘルミーナを呼んだ。
「か、神様!?」
胸がキュンキュンする。でも、前のズッキュンとはちょっと違う。その理由を、ウィルヘルミーナは知らなかった。でも、それはきっと、ウィルヘルミーナという人をそのまま認めてくれた人が増えたから。この広い世界で、もう何人も合えると信じるから。
「なにしてんだ、着いてこいよ!」
神から話を聞き、すこし嬉しくて、喜んでいた心が沈んだ。ウィルヘルミーナは、真剣な表情をして、神を追いかけた。
・
・
・
「クラッシュ!」
インターセプトの声に、クラッシュが振り向いた。ダッシュしてくるカゲを、クラッシュは両手で止めた。でも、打ち返してもまた地面からカゲが沸いてくる。
「もう、キリがないわ!」
ストロークは唇を噛み、両手を広げた。手のひらに集まった金色のエネルギーが右と左のカゲをぶっ倒した。
「みんな…!」
クラッシュたちは全力でカゲと戦っていた。でも、カゲはどんどん現れて、すぐ町を満たした。
「はっはっは!フレームエンプレスが消えて心配したが、むしろ力がみなぎるのではないか!」
マジプロたちが歪んだ世界で記憶を失っていなかったように、幹部らも過去を覚えていた。
「この国は、心にカゲを潜んでるやつが多いな!」
ハザードが笑い続けた。だって、自分の影をカゲにしなくても、カゲにする心は多い。多すぎる。自分を他人の視線に合わせてる、悲しい思い。
すれ違った人も、見知らない人も。先、友達にひどいことを言った人も、全部。自分をカゲの中に閉じこんでた。心から泣いていた。
「さあ、どんどん広がれ!町を飲み込むのだ!」
歩き出したカゲたちは町のビルを飲み込んだ。品物を真っ黒に塗り替えた。
「あっちには…!」
カフェへと進んでるカゲらを見て、ウィルヘルミーナは拳を握りしめた。
「これ以上、好き勝手にさせないっす!」
ウィルヘルミーナが手をあげると、変身アイテムが現れた。
「マジプロ!時空超越!敵を排除しろ、エリミネート・プロミネンス!」
真っ赤な炎がエリミネートの周りを丸く包み込んだ。火のように燃え上がる心。ひらめきを秘めた瞳。今、恐れげもなくエリミネートに近づくカゲはない。
「技はダメ。中に人がいる!」
「了解っす!」
舞い降りた炎の天女。炎を羽衣のようにまとい、エリミネートはカゲらに飛び込んだ。
「はあっ!」
「ぐおお!」
エリミネートの炎に、カゲらは後ろへ下がった。だが、カゲを浄化できるのはクラッシュのみ。
「くっー。」
きりのない敵に、クラッシュはだんだん疲れていく。辛うじてカゲから人を助けても、彼らは心から浄化されたわけない。一人一人、相手にして、悲しさを分かち合う時間はないから。
そう、端的に言えば、無理矢理に助けてる。まるで、デリュージョンに出会った日、話もせずただ技を使った時と同じ。
なにより倒したはずのカゲらが、喚きをやめず叫び続ける。残された黒い悲しみがだれかの影に溶け込んで、悲しみの種となり、再び悲しみを咲かせる。
自分を閉じ込めてる人は、他人が自由であると嫉妬する。彼らの足元を掴み、話してくれない。だって、私が悲しいから、あなたも悲しくなるべき。人の視線を心配して悲しみを抱いていた者なら、なおさらー。
「なんだ、あれは?」
「に、逃げろ!」
「助けて!」
状況は最悪に。黒に塗り替えられたビルから出てくる人が、またカゲになったのだ。その中にはスマートフォンを持ってる21世紀の少年もあり、インディアンの服装をしてる者もいる。
「自ら獲物になろうとは!よかろう、あいつらを狙うのだ!」
「あっちはー!」
カゲたちは先のカフェがあったストリートに。エリミネートは急いで走り、彼らを追い越し、振り向いて、カゲらを止めた。
「くっ…!」
何があっても、カフェに手出しはさせない。そう決めたから。せめて、カフェのみんなが逃げるまでは…。
「ちょっと、あんた怪我してるじゃん!」
カフェを出たオリビアが最初に言った言葉。人を先に思うその気持ちに、なぜか笑みが浮かんだ。
「大丈夫っすよ。サンキュー、オリビア。」
「あなたは…?」
エリミネートはカゲを押した。倒れたカゲらに走っていくエリミネートを見て、オリビアは唇を噛んだ。拳を握りしめたオリビアは、再びカフェの中へ飛び込んだ。




