第七話 ≪Seventh Fire。パラレルワールド(3)≫
夏休みにさよなら…。
「私の話、聞いてみた?」
愛香は手を胸にあてた。
「私の気持ち、考えてみた?」
本当のやさしさはどんな形をしてるのか。それはきっと、他人の気持ちを聞いてみることから始まる。
『あの子はこれを望んでる』とか、『こうすると彼が喜ぶはず』は、すべてわがまま。無理矢理に親切を押し付けてるだけ。
本当に彼が、彼女が望むことは何物か。聞いてみないのは傲慢。自分が決めたことを受け入れて、相手が喜ぶと思うのは偏見。
本当のやさしさは、他人に必要なものをあげること。それこそ本物の親切。それに比べて、神は今、わがままを言ってるだけ。
「私はこんな未来を望んでない…!」
「ど、どうしたんだ。愛香、これは君の持つべき人生だ。」
慌てた神がゆっくりと近づいた。
「戦わなくていい。傷つかなくていい。絶望する必要もない。」
敵意を感じない。怒りも感じない。神に残されたのは、最後を予感した病人や、処刑を待つ罪人の切迫感。
「ただ、普通の女の子みたいにわがままを言って、おもちゃで遊んで、友達とおしゃべりしてー。」
神はそっと手をあげた。でも、どうしても彼女の頬を振らずに、手をさげた。今の自分に、彼女に振ることは、許されてない。考えすら及ばない。
「幸せになればよい。」
神は歯を食いしばった。うつむいていた彼は、顔をあげて愛香を見つめた。
「僕は君に、幸せになって欲しいからー。」
「私の幸せをあなたが決めてどうするの?」
だが、愛香の息が耳元を吹き抜けた瞬間、神は動けなくなった。
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「記憶を、消す…?」
固い枝のコクーンに閉じこまれたまま、みかさは拳を握りしめた。
「私を苦しめた人を、持ちこたえた日々を、全部、なかったことにする…?」
ストロークに救われるまで、愛子たちに出会うまで、みかさの人生はいばらの道だった。覚えたくないこともたくさんある。でも、だからこそみんなの出会った幸せがわかる。仲間の大切さに気づく。だから、今までのことを全部なかったことにするなんて、絶対認めない。
「ふざけんなよ、こら!」
みかさが声を張り上げた。
「あんなことしてくれたやつとへらへら笑えるわけねえだろう!」
未来はもうなくなってる。だからってこの胸に刻まれたすべてを消したりしない。
「被害者である、俺の気持ちはー。」
みかさは歯を食いしばった。
「どうでもいいってことかぁ!」
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手と手が重なって目を覆う。しかし、目を閉じない限り、いくら覆われても、視界が闇に包まれたりしない。
「ここは友達が多い。いや、友達は多い。でもー。」
ウィルヘルミーナは、胸に手をあてた。
「自分のこの胸をドキドキさせてくれる『仲間』はいないっすよ!」
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「自分の大切な友達をー!」
ウィルヘルミーナは、手を伸ばした。重なった手と手の中、木漏れ日のような光を目指して。
「俺の、かけがえのない絆をー!」
みかさは、力ずくで枝と枝の間を広げた。手が赤くなるまで、歯を食いしばって。
「私たちの、未来をー!」
愛香は、神に手を伸ばした。この思いを、神に届けるため。
「返して!!」
三人の声が重なった時、奇跡が起きた。神に思いが届いた瞬間、嘘なるの分身が消えて、その力で支えられていた世界も崩壊した。
「そう、それが君たちの答え…。」
消えていく幼い神は、一瞬、涙を流した。やり残しなどないから、今度はお気楽に眠れそう。
神が消された後、三人の世界は崩れた。ビルは倒れて、地面は割れた。壊れてる世界の中心に、大きなポータルが現れた。真っ黒なポータルはすべてを飲み込んでいた。
(迷ってる暇はない!)
みかさが一歩踏み出した。
(今だって、ひどい目に遭ってるかも知れないっす。)
ウィルヘルミーナは走り出した。
(行こう、私たちの未来へ!)
愛香はポータルに飛び込んだ。
「くっー。」
目を開けていられないほど強い風が吹いた。黒い風は肌に擦り傷を刻んだ。愛香は腕をクロスして、風の影響から抜けた。果てのない真っ暗な空間にワープされた愛香は、みかさとウィルヘルミーナに出会った。
「みんな…!」
「無事だったっすね!」
「ああ、ひどい目にあったけどな。」
三人が今までのことを話し合えようとした瞬間ー。
「きゃあああ!」
「!?」
愛子の悲鳴が鳴り響いた。ゆっくりする暇はない。一刻でもはやく、愛子を助けなきゃ。
「行こう、みんな!」
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「はあ、はあ…。」
立ち上がれない。もう戦うのは無理。幼くても神は『神』。ただの小娘に勝てるわけない。
「ねえ、神様。」
神に圧倒されても、愛子はあきらめなかった。ずっと、ずっと声をかけた。
「生霊がないってこと。妄想帝国がないってこと。マジプロがないってこと…。」
激しい息を沈めた愛子が再び立ち上がれた。いや、立ち上がろうとした。でも、地面をついた手に力が入らない。
「それがどういう意味かわかる…?」
何度の失敗のあと、よろめきながらも、愛子はようやく立ち上がった。
「それは、神様が愛香さんに合えないことだよ。」
神と合った愛香も、愛香と合った神もない。お互い別の道を歩むだけ。
「…わかる。俺はこのまま消え去れ、直後新たな神が、『俺』が生まれる。そして、パラレルワールドの俺が、地球の神となる。」
自分の終わりをいう神は、随分落ち着いていた。それが、愛子の気に入らなかった。
「私ね、小さい頃に絵本が大好きだった。王子様は姫様と合うため、どんな困難も乗り越えたから。」
運命の相手を救うため、龍と戦い、魔物を切り、魔女を倒せる王子。それは、女の子なら夢見ること。
「なのに…。」
愛子はコホンコホン、咳払いをした。やっと集めた声を喉から掻いて、愛子は話を続けた。
「神様の愛香さんへの思いは、こんなわずかな困難に負けてしまうの?」
「黙れ!」
神の怒りが世界を震わせた。神の憤怒は、黒い霧となった。
「手前はなにもしらねえ。未来をほっておけば、愛香は、愛香は…!」
ずっと同じ夢を見た。倒れた愛香が苦しんだる夢を。否定しても無駄。これは愛香に決められた未来。
「生霊なんてどうでもいい。帝国の幹部もかまわねえ。」
そう、神は生霊を消すため未来を変わったのではない。妄想帝国を消すため世界線を渡したわけじゃない。すべては、決められた運命から愛香を救うため。
「あいつが幸せになれるなら、俺はなんでもする!」
「別に幸せじゃないけど?」
「!?」
空間が割れて、光がさす。その中、三人の戦士が入ってきた。
「みんなぁ…。」
助けに来てくれた三人を見た瞬間、愛子は座り込んだ。
「おい、愛子!しっかりしろ!」
「だっ、大丈夫っすか?」
走ってきたみかさとウィルヘルミーナが、愛香を支えてくれた。
「お前ら、いったいなにをー!」
「こっちのセリフだわ。」
愛香は神に近づいた。
「あなた、いったい何をするつもり?」
「…僕は。」
神は、愛香限定に『僕』を使う。その分、深い恋心を持ってるってこと。
「君を、未来から救いたかった…。」
だから神は苦しんでる。愛するものを守れなかった自分が、情けなくて。
「このままじゃ、お前はー。」
神の頬で輝く雫を見て、ウィルヘルミーナは胸の奥の奥まで切なくなった。大好きな人が、彼の大好きな人に断れる姿を見るのは、辛い経験。
「でも…。」
仲間に支えられたまま、愛子は話を始めた。
「それって、神様のない未来じゃない?」
「なんだと…?」
「だってそうじゃない。神様、今までずっと戦ってないから。きっと、神様の見た夢にも、戦う神様はいなかったよね?」
生霊が現れて、運命がねじったことに気づいた。その後、神は世界に手を出さなかった。手を出すときっと、これ以上に運命が歪んでしまうと信じ。
でも、その仮定が間違ったとしたらー。
「神様が一緒に戦ってくれたら、きっとその未来は変わる!」
「俺が、未来を…?」
運命が神の介入を望んでいたら。神によって完成される未来と言うなら。恐ることはなにもない。
「おう、アホ神。努力次第で未来が変わるのは、幼稚園児だって知ってるぜ?」
「神様はすごいっす!きっと力になるっす!」
愛香は怒っていた。怒ろうとした。でも、ぼうっとしてる神をみて、彼を責めるのをあきらめた。
「帰りましょ。私たちの未来へ。」
神は迷った。もし、これが無駄なあがきなら。どうやっても未来は変わらないままで、大切な人を目の前で失うことになるかもしれない。でもー。
(信じたくなった。ちっぽけな可能性を。)
愛香が伸ばした手を、神はぎゅっと掴んだ。もう放すことない。離れることない。そういうみたいに。
「戻ろう。元の世界線へ。」
神の御言葉が現実になった時、世界は元の姿を取り戻した。いや、そうするべきだった。
「これは、いったい…?」
町のあちこち、ノイズが発生してる。建物にも木々にも、ノイズがのる。
「この世界の命はすべて復原した。でも、どうやら世界線が交わって、ノイズが出来たみたい。」
「そ、そんな!」
ようやく元の世界に戻ってきたのに、二つの世界のぶつかりから出来たノイズが、世界を飲み込んでいた。
「ねえ、神君。世界が一変したことを知ってるのは、私たちだけだよね。」
「ああ、他の連中は、違和感を感じないはず。」
「なら、テレビをつけて見よう。何か手がかりがあるかも知らない。」
愛香が大好きな神は、すべて愛香の言う通り。ニュースを見た四人が得た情報は、衝撃的なものだった。
「長く続いてきたノイズ現象は、世界中に広がっています。」
「長い…?」
みかさが顔をしかめた。
「今出来たんじゃん、あれ。」
「40年前の過去と今が交わったから。彼女らにとってノイズはきっと40年前から続いてきた社会問題だろう。」
「しーっ!」
愛子が指を口にあてた。みかさも神も口を噤んだ。
「ノイズ、いわゆるタイムホールは、40年前に発生。アメリカ、ヨーロッパ、中東、アフリカに広がってます。」
続いて、タイムホールの説明が始まった。時間を飲み込むブラックホール。それがタイムホール。
タイムホールが出来た場所では、時間の流れが交われ、過去と未来が共存する。例えば、80年代のアイドルを、21世紀の子供が見る状況になる。
「タイムホールの登場と共に、妄想帝国は世界へ進みました。」
「なんだって!?」
これは神すら予想出来なかったイレギュラーなイベント。生霊を消そうとした挑戦が、妄想帝国の世界進出を手伝った。
「どうしますか?」
みかさは隣の愛香を見つめた。
「決まってるでしょ?救いに行く、世界を!」
「でも、タイムホールが出来た場所、かなり広いっす。」
ウィルヘルミーナはニュースの地図を見てため息をついた。
「長い旅になるかも知らないっすね…。」
「大丈夫だよ、ミナン!」
愛子が目をきらきら輝かせた。
「神様も一緒に戦ってくれるし!楽勝、楽勝!」
先、神は愛香を守るため戦うと誓った。星の神様だから、その大いなる力を借りれば、戦いもすぐ終わるはず。
「いや、信じていいのか、あのアホ神。」
「もうっ!アホ神じゃないっす!神様はすごいっすから!」
ウィルヘルミーナは声を張り上げた。大好きな神様が馬鹿にされるのは、やっぱりいやだもん。
「…いや、お前らと戦うため、全力を尽くしてしまったが。」
「え?」
愛子とウィルヘルミーナが目をぱちぱちさせた。
「なんだよ!やっぱ役にたたねえじゃん!」
みかさは腹が立った。
「つーか、タイムホールが抑えたら、元の世界に戻れるの?」
「そうだよ。それは決まってるんだ。」
「なら、フレームエンプレスも蘇るよね。」
世界をもとに戻したら、元の世界の命のすべてが蘇る。生霊・フレームエンプレスもそう。
「なんだ、結局、なにも変わってねえじゃん。」
「神様、意外と無能だね。」
「ううっ…。」
文句はいいたい。でも何も言えない。ただ、自分の罪を何度も味わうだけ。
「ぷっ!」
「愛香さん…?」
「あははは、はははっ…!」
愛香は腹を抱えて笑った。だって、神がここまで慌てる姿、なかなか見てないから。
そう、あの時、幼くてミスだらけの小さな神を思い出して、なぜか胸がいっぱいになる。
「じゃ、みんないろいろ用意しなくちゃ。ポータルを利用しても、長い旅になるから。」
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「本当にこれでいいの?」
「うん!」
愛子がうなずいても、愛音はため息をつくだけ。
「心配しないで。なにかあったら、神様のポータルを利用して帰ったらいいじゃん!」
「心配になるわよ。40年前に現れたタイムホールを、なぜ今更。」
「あははは…。」
愛子はそっと目を逸らした。
(パラレルワールドのこと話せば、長くなるよね。)
パラレルワールド。愛子は生まれてない世界。その世界線で愛子は気づいた。母がどれほど苦しんでいたのか。どれほど寂しがっていたのか。
「お母さん!」
愛子は、母に抱きついた。
「ありがとう、私を産んでくれて。」
「まあ、急になに言ってるの?」
「なんとなく。」
スニーカーをはいた愛子は、母に手を振った。
「行ってきます!」
風のような速さで消えていく娘の背中をみて、母はそっと笑った。
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「お~い!みんな!」
「愛子ちゃん!」
「遅い!」
ウィルヘルミーナは大きな鞄を持っていた。みかさは意外と何も持ってない。『何かあったらアホ神のポータルを使い帰ってくる』と言った。
「さて、まずはアメリカにー。」
「あの…。」
「うん?」
ウィルヘルミーナが振り向いた。昔、愛香が町へ戻ってきた後、町のみんなに利用され、ひどい質問をさせた男の子がいた。
「こ、こんにちは…!」
「あら、久しぶりっすね。」
少年はウィルヘルミーナの挨拶に明るく笑った。彼女が覚えてくれて、とても嬉しそう。
「あ、あの。今日、マジプロが、世界に行くって…。」
どうやら、四人の準備を見て、誰か噂を流した見たい。
「そうっすよ。見送ってくれるっすか?」
「ううん、見送りじゃない。」
「それじゃ…?」
男の子が手招きをした。ウィルヘルミーナは座り込むように跪き、少年に近づいた。その時ー。
「ちゅっ!」
それは、あっという間に起きた。男の子が、ウィルヘルミーナの頬にくちづけをー。
「え…。」
ぼうっとしていたウィルヘルミーナは、男の子が離れたから、やっと異変を気づいた。
「えええええ!?」
ウィルヘルミーナより、愛子と愛香の方が驚いた。みかさはー。
「こりゃ、勝手なまねすんな!こいつに謝れよ!」
怒っていた。
「まあまあ、みかさちゃん、落ち着いてー。」
「落ち着けねえ!スキンシップをするには、相手の意思を先に問うべきだろう?」
「ご、ごめんなさい。僕、お姉ちゃんに頑張れを伝いたくて…。だって、大好きだから…。」
気がついたウィルヘルミーナはそっと男の子の頭を撫でてくれた。
「嬉しいっす!」
ウィルヘルミーナは相手の思いを否定できない。それが片思いだとしても。いや、片思いならなおさら。だって、ウィルヘルミーナは、神のことをずっとー。
「お姉ちゃん、頑張るっすよ!」
「うん…!」
少年はニコニコ笑いながらウィルヘルミーナを見送ってくれた。ウィルヘルミーナも手を振り、挨拶をした。
「さて、行くっすよ!」
ウィルヘルミーナは大きな声で叫んだ。
「世界だって、行ってやるから!」




