第六話 ≪Sixth Fire。モード・ナイト、愛子(3)≫
アカシックレコードを見ていた神が歯を食いしばった。
「運命がまた、変化した…。」
愛香の父は、運命に振れた。自然のルールに手を出した。そのため、生きていればならない者が生まれた。運命がねじられた。
生まれてはならない者が生まれ、死んではいけない者が死ぬ。死んではならないものから生まれるべきの命は、生まれる前に存在を消された。
「だめだ。手が出ない…。」
愛香の父が振ったのはほんの少し。指先がかすれたぐらい。でも、それを取り戻せることはできない。形成された悪循環が、輪のように繋がった。始まりも終わりもない、丸い循環の輪となって。
「すべての分岐点はー。」
神はずっと調査したデータを『運命』に取り込んだ。彼が手を振ると、空に浮いていた本が自ら動き始めた。めくられたページは、一つの分岐点を見せた。
「生霊・フレームエンプレス。」
運命はメトロノーム見たい。一度手を出したら、元の拍子には戻れない。治そうとするたび、連鎖効果が起きる。ドミノのように崩れる。
「ならば、最初からやり直す。」
神は拳を握りしめ、顔をあげた。固い表情から強い意志がにじみ出た。
「パラレルワールド・次の世界線へ行く。」
・
・
・
「くっ…!」
素早く攻撃を避けた愛子は、カードリーダーを持ち出した。
「マジプロ!時空超越!影の跡を壊せ、クラッシュ・プロミネンス!」
桃色の光が愛子を包み込んだ。黒い髪はピンクに染まった。光を放つ戦士が、姿をあらわした。
「家族って、なんであなたがそんなこというの?」
「私は姉の、愛香のコピー。肉を支えてる骨格も同じ。流れる血のしずくさえ同じ。」
自分を誰かの似た者と呼ぶのは、『私は偽物だ』と認めるとの同じ。高いプライドが破れて、フレームエンプレスは拳を握りしめた。血管が膨れた拳に、生霊の炎が宿った。
「お父さんとお母さんを食べたから、一体化してるから!」
ちょっと慌てていたクラッシュは、彼女の話に怒りを隠せなかった。フレームエンプレスが愛音の父と母を殺して、愛音はずっと苦しんだから。
「私は家族よ。私も家族よ!」
二人は空へと舞い上がり、何度もぶつけ合った。クラッシュが攻撃をかわすと、フレームエンプレスは肘でクラッシュを押した。クラッシュは腕をあげて攻撃を受け止めた。
その一瞬を逃さずに、フレームエンプレスがクラッシュの後ろへ移動した。クラッシュが防御する暇もなく、フレームエンプレスはクラッシュの髪を掴んだ。
「なのにどうして!」
逃げ場のない状況。クラッシュがあがいたが、フレームエンプレスは手をはなさない。クラッシュの髪を引っ張って空へ投げ出した後、フレームエンプレスは指を組んだまま、クラッシュを上から打ち鳴らした。
「認めてくれないんだ!」
クラッシュはそのまま、地面に突き刺された。
・
・
・
「愛子ちゃん、遅いね…。」
愛香は窓の向こうを眺めた。雨が一筋、空から落ちた。滲んだ空は雨を降らした。なぜだろう。いつもの雨より、忌まわしい感じ。
・
・
・
倒れたクラッシュは、何度か咳をした。雨のしずくが愛香の体からはねた。優雅に降りてきたフレームエンプレスは、クラッシュが情けないように、上から目線だ。
「全部あなたたちのせいよ。」
八つ当たりで気が済んだフレームエンプレスは拳から生霊の炎を収めた。どうせ、これくらいの傷なら、動かないはずだしー。
「ない…。」
驚いたフレームエンプレスが振り向いた。ありえない。倒れて、気を失ってるはずのクラッシュが、声をだすなんて。
「本当の家族は、こんなひどいことしない…!」
よろめきながら、立ち上がるなんてー。
「家族はただ、血で繋がってるものじゃない。家族は、心が繋がってるものだ。」
クラッシュがフレームエンプレスに近づいた。
「みんなに優しくしてくれたら、あなたも家族になったかもしれない。」
「黙れ…。」
フレームエンプレスは立ち止まり、ただ『だまれ』と呟いた。
「それをあきらめたのは、あなただよ!」
「黙れ、黙れ、黙れ!」
フレームエンプレスが歯を食いしばった。彼女が放つエネルギーに、クラッシュが後ろへ押された。
「ずっと一人だった!寒くても、暗くても!誰もない地下で、自分の体温に頼って!」
彼女が放つ炎がさらに熱くなった。
「お父さんが私を見つけてくれた。家族と言ってくれた!」
そう、それは喜びだった。嬉しかった。誰かに見つけられて。探してくれた人が愛おしいくらい。
「なのにどうして!」
人のぬくもりを覚えた。人のやさしさを教わった。だから食べた。寂しいのはもういやだから。
「なんで私は…!」
雨は降り続けた。時々雷が鳴った。空からさされる青い稲妻が、フレームエンプレスの顔を照らした。
「家族と呼んでくれない…!」
彼女の頬を伝うのは雨か、それとも涙か。
「お姉さんは受け入れたくせに…!」
フレームエンプレスの足元に、一筋の雫が落ちた。それはみずたまりに混ぜこんで、消えていった。
彼女は怒りを抑えきれないまま、息を切らした。フレームエンプレスを見ていたクラッシュは唇を噛んだ。
「愛香さんは『愛』を知ってる。だから心が壊れたんだ。」
愛する家族を、妹を守れなかった自分を許せなくて、愛香は狂ってしまった。
「ずっと後悔して、罪悪感に苦しんだ。」
誤りをした後も、愛香は町の人に合わないように気をつけた。いや、できる限り部屋から出なかった。『大丈夫』って、そっと浮かべる笑顔が、悲しかった。
「そんな愛香さんとあなたをー。」
クラッシュの目がひらめいた。
「『同じ』と言わないで!」
桃色の光が、クラッシュを包み込んだ。クラッシュが持ち上げたクラウンの中、ルベライトが輝きをだした。
「モード・ナイト!」
クラッシュを飾っていたフリルが消えていく。騎士のような姿は戦う意志。動き安い服となった戦士を見て、フレームエンプレスは苦笑いを浮かべた。
「それがお前の答えか。」
ちょっと寂しかった。彼女が自分をあきらめたから。分かり合えることができないから。
怖くて寂しかった。だから食べた。それのどこが悪い。フレームエンプレスは自分の論理が間違ってるとは思わない。
でも、自分の存在を認めてくれない者が相手なら、答えは簡単だ。戦い、勝利を手にするまでのこと。
「ならばー。」
フレームエンプレスは拳を握りしめた。モード・ナイトのクラッシュも、拳に自分の力をこめた。
「勝ち取るしかない!」
「はああああ!」
拳と拳がぶつかった。赤い炎と桃色の光は、領域を広げるため一所懸命。そのエネルギーを放つ二人も、ますますパワーをあげた。押したり押されたりする拳と拳。その間で集約されたエネルギーが爆発のように広がった。
・
・
・
「ーっ!」
「ちょっと、お姉さん?」
椅子から立ちあがった愛香は、お店の外、土砂降りの中へ飛び込んだ。走り続けた愛香は、すぐ愛子を見つけた。
ぼろぼろにされて、倒れてる愛子。そして、息切れしながら、座り込んでるフレームエンプレス。どっちが大切なのかはもう決まっていた。
「またあなた…。」
父を奪い、母を殺した生霊。その存在に歯ぎしりがする。なのに、今日は姪っ子まで。
神のいう通り、ずっと我慢した。変身せずに、静かに生きていた。でも、やっぱだめ。もういっぱい。
「私の家族に手を出すな…!」
愛香はすぐカードリーダーを持ち出した。
「マジプロ、限界超越!一瞬で敵を飛ばせ、ストローク・プロミネンス!」
ストロークが舞い降りた。その反動で、草の上に載せられていた雫が空へ飛び上がった。
同じ顔をしてる二人の少女が向き合った。お互いを睨んでいた少女らは、拳を上げてとびかかった。二人の拳がぶつけ合う寸前ー。
「変身するなって言っただろう…。」
すべての時間が止めた。いや、神によって止められた。驚く暇なんてない。ストロークの前にいたフレームエンプレスが、透明になり始めたから。
「これ以上運命をねじってはいけないと、何度も何度も…。」
「きさま、何をー!」
フレームエンプレスが神に突っかかった。でも、彼女の手は神に振れなかった。透明にすれ違う拳を、神は何気なく見ていた。
「あまりにも多くの命が犠牲になった。もう、この時間軸を捨てるしかない。」
「なっー!」
フレームエンプレスの悲鳴がだんだん小さくなった。いずれ完全に消えた彼女がいた場所を、ストロークはぼうっと見た。
「神君、いったいなにを…。」
町の時計が逆回転した。時間が壊れていく世界の後ろから、みかさとウィルヘルミーナが走ってきた。
「ちょうどいいだろう。」
神が手をあげると、クラッシュとストロークの変身が解けた。愛香が慌てる間に、神は手を振り、四人のカードリーダーを没収した。
「わっ、リーダーが!」
四人だけじゃない。世界のすべてのマジプロのアイテムが神の手に集った。神はその力を握りしめ、静かに話した。
「気にするな。次の世界にはいらないものだ。」
「手前、なに言ってんだ!」
みかさが声を張り上げた。
「この世界線はめちゃくちゃだ。もう見ていられない。」
世界が歪み、景色が溶け込む。その中、マジプロのエネルギーを握り、破れた神は悲しく笑った。
「さあ、次の未来へ行こう。」




