第六話 ≪Sixth Fire。モード・ナイト、愛子(2)≫
愛香は今まで抱え込んだ思いを全部解き放った。面接に受からない。仕事が見つからない。自分が情けない。このままじゃ、『高齢ニート』もしくは『脛齧り』と同じじゃない。
「いつか私も、自立しなければならないし…。」
結婚の予定はないから、多分一人暮らしになる。頼れる人のないまま、自分一人で生きていく。きっとたくさんのお金がかかるから、仕事を探さないと。
「お世話になりたくない。甘えたくない。」
「そんな…!」
愛子は愛香の手を取った。
「お別れなんて…。そんな悲しいこと言わないで!」
「でも…。」
「私たち、家族でしょ?」
『家族』っていう単語が胸を貫いた。
「一緒にいてもいい。いいえ、一緒にいてください!」
『家族』は行き場がなくなったとき、戻ってくる場所。自信が持てず、不安な気持ちになった日、そっと尋ねて、休む場所。
「愛香さんは一人じゃない。私たちがついてます!」
「…ありがとう、気持ちは嬉しい。でもー。」
愛香が話を進める前、愛子が立ち上がった。
「ちょっと待ってください!」
「愛子…?」
愛子は部屋に飛び込んだ。急いで着替えた愛子は、部屋を出て、愛香の手を取り、家を出た。
「ちょ、愛子ちゃん。今日は留守番…!」
「そんなのどうでもいいです!」
愛子は愛香を振り向いて、パッと笑った。
「家族より大事なことはないから!」
愛子に引っ張られた愛香はどうしようもなく町へ走った。
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スマートフォンに例えるなら、今のフレームエンプレスは完全放電。彼女は皇座に座り体力が戻る時を待ってる。
3連敗だなんて、確かにこれは痛い。休憩しようとしても憎ましい顔を思い出す。負けた悔しさと過去の自分への公開で、彼女はキチンと休めない。それは古い形態が遅く充電するよう。
(あの時、映画なんか見せずに襲ったら。プライドなんか忘れ、もっとカゲを暴れさせたら。いや、あの技にやられる前に右へと逃げたら…!)
フレームエンプレスは爪を噛んだ。悔しい。負けたくない。でも、なによりもー。
(家族と一つになりたい…。)
何度暴れても何度やられても、その欲望だけは消えない。まるで、生まれつきの生き方みたいに。
(そういえば、私が痛い目にあったのも、姉たちが私を受け入れてくれなかったから。素直に食われたらよかったのに。)
まさに詭弁。わがままの論理。
(一緒に幸せになる。それが…。)
フレームエンプレスが立ち上がった。よろけても怒りは抑えられない。
(家族じゃない…!)
スマートフォンは100%のまま充電じゃなくても、電源が入る。フレームエンプレスも同じ。完全なる回復ではないけど、まだまだ戦える。
(私は、家族よ…!)
よろめく炎は火花となって消えた。
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みかさのコンサートの日から、愛香は町に行かなかった。わけのわからない怖さが心でもやもやして、どうしても足が動かなかった。
町へ行くと、きっとみんなに嫌われる。すれ違う人も全部そわそわしてるみたい。自分の名前に似た商品やゲームの話がすると、知らずにびくびくする。笑ってる人たちを見ると、自分を嘲笑ってる幻聴がする。
恐怖は大きくなり、いずれ全ても景色を塗り替えた。周りのみんなが、誰も可も敵に見えた。足がしびれてくると、悔しく悲しい思いに染められて、知れぬ間に『何もかも亡くなってほしい』とつぶやいた。すると、デリュージョンだったごろの思いが蘇るみたいで…。
だから町に行かない。だって、自分を制御できるかわからない。全部なくなったらいい。でも、大切な人を悲しませたくない。もうどうすればいいか、わからなくて。
でも、今日だけは違う。愛香と一緒の今日は、不思議なぐらい安心した。怖い妄想なんかしない。未来に怯えることもない。すると、見えなかったものが目に見える。
お店の前で笑ってる人は、恋人とあって喜んでる。子供たちは『愛香』じゃなくて、『アイカツ』の話をしてる。
愛子と手をつないでるだけなのに、町がささやいてくれるみたい。『恐れることは何もない』って。
「ここです!」
愛子が立ち止まった。ここは『フレグランス』、愛音のお店。アロマセラピストの愛音は、テラピーが仕事。でも時々、お客さんとともにお似合いのオイルを作ったりした。
今日も店にはお客さんがいっぱい。テラピーを受けてるお客さんもいて、家族と精油を作りにきたお客さんもいる。香り作りには興味なくても、噂の店に遊びに来たお客さんもいる。
「ここは…。」
愛香は手を口にあてた。愛音の仕事は知っていた。いつの間にか大人になってしまった妹の仕事が気になった。
(愛音はどんな大人になっただろう。きっと立派な大人になってるはず。)
失った時間の分、一人前の愛音を見たかった。でも、その願いを口にすると、零れそうだから、目を逸らしちゃった。
(デリュージョンの姉なんて、愛音にいらない。)
すべては家族のため。人たちを苦しめた愛香が愛音と一緒にいたら、みんな愛音を責めるはず。
「愛香さん!こっち、こっち!」
「ちょっと、愛子!」
愛子は愛香の手を引っ張って、お店の中に入った。ドアベルが鳴り響いた。愛香は急いで愛子の後ろに身を隠した。
「いらっしゃ…。あれ、愛子?」
「愛香さんもいるよ!」
「お姉さんまで?もうっ、宅配先が留守になっちゃうじゃー!」
「お母さん、ちょっとお話!」
愛子は母を連れて店の中の部屋へ。
「お姉さんが…?」
そのうち、愛音は娘と姉の話をしていた。
「うん、悩んでるみたい。」
「まったく、そんなこと気にしなくていいのに。」
愛音はそっとため息をついた。
「分かった。ママが何とかする。」
「本当?やったー!」
愛子は嬉しすぎて、両手を組んだままウサギのようにぴょんぴょん跳ねた。
「愛子ちゃん…。」
喜ぶ娘をみると、胸がキュンとする。愛香の悩みを自分の悩みのように心配して、誰より先に走ってきて、適当な時に相談してくれた。思いやりの心を持った娘が、母は誇らしい。
「ありがとう。愛子はママの誇りよ。」
愛音は娘を抱きしめた。愛子は目をパチパチさせた。すぐあと、愛子の顔に笑顔が咲き誇った。
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愛音は困っていた。愛子が愛音を連れていた後、愛音の周りに集まっていたお客さんたちが、そわそわし始めた。みんな愛香を注目していた。招かれざる客を歓迎するものはないから。
(予想通り、ね…。)
いくつの視線を浴びて、愛香はうつむいた。愛音に迷惑をかけてしまった。大切な人に被害をもたらすつもりじゃなかったのに。
「さて!」
部屋から出た愛音はすぐ拍手で注目を集めた。そして、愛香の後ろへ向かい、肩に手を置いた。
「こっちは姉の平愛香。今日、私たちの手助けをしてくれます!」
「え、え…?」
愛音が爆弾のように投げた一言に、みんなは(もちろん、愛香も含めて)大混乱。
「ほら、はやく!」
「ちょ、ちょっと、待って!愛音…!」
言葉より行動。愛音は、みんなが話の意味をじっくりと考える前、言った事を実行した。エプロンを着せられた愛香は、もう泣きそう。
「そ、そんなの聞いてません!」
はっと気がついたお客さんの一人が、勇気を出して文句を言った。
「あの方、いや、あの人は…。」
でも、恐怖が広がる前、愛音はぎゅっと愛香の手をとった。
「助かったよ、お姉さん。一緒なら時間も効率的に使えるし、オイルは2個以上作れるかも!」
アロマセラピーのオイルは値段が高い。だから普通、オイル作り教室でもらえるオイルは一つだけ。
「2、2個以上…。」
膨れっ面をしていたお客さんが唾を飲み込んだ。もう誰も文句を言わなかった。
「お姉ちゃん。」
「え、え?」
愛香はびっくり。妹が自分に甘えるのは、町の戻ってきて初めてだから。
「手伝ってくれるでしょ?」
愛音はいろんな香りのオイルを机の上に置いた。確かにあれは多い。
愛香はお客さんの顔色をうかがった。だれも文句はなさそう。迷っていた愛香はそっと顔をうなずいた。
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最初はミスばかりだった。違う香りを持ってきたり、混ぜたりした。でも、どうすればいいかわからない時、愛音と愛子が必ず手伝ってくれたから。
「あら、オイルが間違ったようですね。もう1本作りますか?」
アイルを間違えた時は、何度も材料を持ってきた。
「この香りすっごくいい!私にちょうだい!」
めちゃくちゃのオイルだって、気に入ってくれた。
二人がついてる。なにがあっても、支えてくれる。愛子と働くたび、愛音と笑うたび、心に勇気が芽生えた。
「この香りはいかがでしょうか。」
自信を持った愛香は、だんだん上手になった。愛香のおすすめの香りは相性がいい。それに気づいたお客さんたちは、いつの間にか自然に話しかけた。
(イチゴの香りが足りなさそう…。)
愛香はすぐ上手になったが、今までのミスは消せない。愛香がミスするたび新たな材料を使ったから、イチゴの香りが足りなくなった。
「愛子ちゃん。苺のオイル、持ってきてくれる?」
愛音は娘を店の外へ呼び出した。
「宅配便が来る予定、今日の2時。今なら間に合うわ。」
「うん!行ってくる!」
愛子はそっと店の中を見た。愛香は上手にお客さんたちをサポートしていた。
(もう、愛香さん一人でいいよね?)
愛子は頑張ってる愛香をそっと見た。腕がいい彼女を、母の愛音と一緒にして、愛子はドアを閉じた。
(愛香さんが自分を信じますように!)
目を閉じて祈った愛子はすぐ家へ走った。
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家にたどり着いた愛子は、宅配ボックスから母のオイルを出した。いくつかを冷蔵庫に入れた後、愛子は苺香りのオイルを鞄に入れた。
「苺の香り、苺の香り~!」
愛子はかなり浮かれた。愛香の相談に乗ったし、彼女の笑顔を見たし。
「幸せ満開~!今日もラッキー!」
「楽しそうだね。」
ハミングしてる愛子に、誰かが声をかけた。
「えっへへ。だって、家族の力になって、嬉しいもん!」
「『家族』だと…?」
『家族』。その単語に人の気配が強くなった。異変を感じた愛子は立ち止まり、振り向いた。
「あなたは…!」
「私も『家族』なのに…。」
フレームエンプレスが拳を握りしめた。筋立った手の甲。ぶるぶる震える拳を上げて、フレームエンプレスがとびかかった。
「なんで私は『家族』と呼べないのだ!」




