第六話 ≪Sixth Fire。モード・ナイト、愛子(1)≫
血の繋がってるすべての者が、『家族』と呼ばれるべきではない。
第六話 ≪Sixth Fire。モード・ナイト、愛子≫
みかさからのテレパシーが切れた。多分、ウィルヘルミーナのどころへ行く方法を見つけたのだろう。
愛香は信じていた。あの子たちなら大丈夫。きっと見つけるはず。
でも、だからって手放したままいられない。
(私も行かなきゃ。でも…。)
愛香は顔をあげて、2階を見た。そう、其処許。『調べることがある』って、神がポータルの中へ飛び込んだ。
『いいだろう、愛香。絶対戦ってはいかない。』
『そんな!あの子たちに何かあったら、私ー!』
『あいつらのためでもあるんだ!』
愛香は驚いた。神は愛音の娘である愛子やその仲間たちを心配したことない。
当然のこと。愛香と合った時から、神は自分の運命を愛香に捧げた。だから他の連中なんかどうなってもかまわなかった。
だってそうだろう。誰も彼も、地球に生きているものはすべて敵。愛香の犠牲を踏みにじったからこそ今生き残ってる。
その思いは変わらない。神に取っては愛香が一番。地球が滅んでしまう時まで、愛香だけを思い続ける。
しかし、だからこそ神はこの星の人を愛し続ける。愛香が生きているすべてを愛する限り、神は彼らを見逃せない。
『世界中の人のためだ。』
『でもー。』
『あいつらが心配なら、戦ってはならない。どうかわかってくれ。』
生霊が現れた後、神はすぐ自分だけの場所に引きこもってる。
(生霊と戦った時、神君は何もしなかった。)
最初にフレームエンプレスと向き合った時、神は戦わなかった。猫の手も借りたい瞬間、後ずさりした。神は愛香を怒らせた。でも怒られなかった。だって、あの時の神は、ショックを受けた表情していたから。
(いったい何が…。まさか。)
愛香は知らずに爪を噛んだ。
(また夢を…。)
愛香が時間を失う前、長老だったみなみはこう言った。
『神の言葉は未来になり、神の夢は予言になる。』
神の夢は真実となり、神の言葉は現実になる。そう教わったから、町は神を祭った。神の気まぐれが未来になってはいけないから。
愛香だってみなみに教わった。だからこそ昔々の愛香は、神が妹にかけた呪いに立腹した。
『このっ、影より酷いやつ…!お前なんか影に飲み込まれて影の女帝になれっ!』
『神君、私の妹に何の呪い?もう、最低よ!』
あの日はすごく怒ってた。涙を我慢するため、唇をかみしめた。
(もちろん、全部はずれだったけど。)
愛香は苦笑いを浮かべた。
愛音は妄想帝国の女帝にならなかった。心の輝きを失ったのは、愛香だった。
同然のことかも知れない。人の未来が決めつけられてるなんて、ありえないから。
神だってそう。占った未来が外れたことがある。
幼かった神は、愛香と仲が悪そうな委員長を世界から消そうとした。でも、愛香は友達と思ってた委員長を取り戻し、仲直りした。
『信じられないけど、未来って、変われるものかもしれない。』
神の認めに愛香は安心した。妹がカゲの女王さまになるなんて、信じられなかったし。
(そう、なんの天啓を得たって、乗り越えればよい。)
愛香はココアの入ったカップを弄った。そして、そっと顔を上げて、神が消えていった場所を見つめた。
一方、神はポータルの中、神なるものの空間に閉じこもった。運命の記録・アカシックレコードに飛び込み、記録にアクセスしていた。
星の神にはその星の命の運命にアクセスできる権利がある。地球の神だってそう。地球のすべての命の運命を本から読み取る。だが、いくら探しても生霊のページは出ない。
(なぜだ…。生きている者ではないから?)
それはそう。神の本に机や椅子の最後が書かれてるわけじゃない。
(いや。)
神はうなだれた。
(『それ』は生きていた。愛香の父を食べて、母をかじって…。)
神は唇を噛んだ。あの日のことを忘れるわけがない。屋敷が燃えた日、愛香が得た罪悪感を知ってるから。自分のせいだって、これからは町のすべてを愛し、目に見えるすべてを守るって、すべての罪を一人で背負ったから。
(運命がねじられたかも知れない。)
神が見た未来に苦しさはなかった。デリュージョンが、いや、愛香が失った時間を受け入れると決めた瞬間、妄想帝国は滅ぶ。そう決まっていた。妄想帝国のすべては、愛香が夢見た妄想によって支えられた。受け入れない現実から目を逸らした愛香が見ていた美しい夢に。
だが、フレームエンプレスが現れて、すべてが変わった。カゲは現れ続き、幹部らも消えないまま。
だから愛香を止めた。『道場なんかいっちゃだめだ』って言った。愛香たちが戦い続けるみらい。あんな未来は最初から存在しなかった。
元々、妄想帝国は消えるべき。愛香は残りの人生を幸せに、ゆっくり過ごしたはず。
愛する愛香の未来を読んだことはない。でも、わかる。戦う相手がなくなったら、きっと愛香は自分の道を探し出す。夢へ走っていく。だから運命をねじらせない。愛香の幸せを守って見せる。
(命の運命をしるす方法は、アカシックレコードと俺の夢。レコードにはなにも書かれてない。ならば…。)
結論は一つ。神が見た夢が未来となる。
(あの夢…。)
フレームエンプレスと出会った日、神は夢をみた。愛香が黒い力の中、閉じこまれていた夢を。
(現実にさせねえ。)
神は顔をしかめた。唇が切れて、血が出るまで。時間の流れも知らずに、ただ、ずっと…。
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(今日も合えなかった。)
愛香は神のことが心配。だから毎日、神の屋敷に尋ねた。でも、神は姿を見せなかった。
どこに行ったのかわからない。何を思ってるのかわからない。目の前で悩んでいたら、頬を掴み、『スマイル、スマイル!』と言ってあげるのに。離れているから、なにもやってあげない。
神と合わなかった時間が長くなるほど、心が寂しくなった。
(なに?この気持ち。まさか…。)
わけのわからない感情に、愛香は戸惑った。ずっと心配で、毎秒彼を思いつく。そばにいて欲しい。
この感情は、もしかして…。
(…いや、仲間に合えないから寂しいだろう。)
愛香は顔を振った。そんなはずがない。そうなってはならない。誰かを愛するのは、弱点の一つが増えること。戦士は『愛情』なんか、抱いてなならない。
(戦いだけ思うのよ。戦いだけ…。)
神に向かう思いを無理矢理に引っ張った。芽生える思いを踏みしめて、目を逸らした。
(そう、あの日の神君、私たちを助けてくれなかった。凍り付いたように、ただ黙って…。)
気に入らなかった。出会いからずっと、神は愛香のただ一人の仲間であった。なのに、戦いの中でぼうっとしてるなんて。
(いや、何か深いわけがあるはず…。)
愛香は神を信じた。いつのまにか、無自覚のまま、神に味方した。この思いが何物か、愛香はまだわからない。ただの友情、それとも仲間への愛だろう。
(今日は帰ろう。)
愛香はそっと立ち上がり、屋敷を出た。帰り道、愛香はずっと、神の屋敷を振り向いた。
「わっ、愛香さん!」
愛子が笑顔で愛香を迎えた。
「今日の夕食はハンバーグです!」
「えっ…。」
瞬きをした愛香は、つい真実にたどり着いた。
「そ、そういえば!今日の夕食当番、私だった…!」
「どうでもいいでしょ?大事なのは、目の前のこのハンバーグです!」
「でっ、でも…!」
「さあ、どうぞ!」
席に座られた愛香は、慌ててどうすることもできない。神を心配しすぎて、家族のことまで忘れたなんて。自分が理解できない。
「いただきます!」
愛香は夕飯を食べる家族を見た。妹の愛音と、愛音が愛し、愛音と結ばれた男。そしてその愛の結晶、愛子。
(そうだわ。神君が忙しくなっても、私には支えてくれる家族がいる。落ち込んじゃいられない。もっと頑張らないと。)
愛香は拳に誓いを握った。
(愛するものを守って見せる。)
愛子が顔をあげ、愛香を見た。目と目があった時、愛香はそら笑いをしてみた。作り笑いをかぶらないと、心配をかけちゃう。
(そういえば…。)
食欲がなくて、愛香はすぐ部屋に戻った。ベッドの上、腹ばいになった愛香はスマートフォンを持っていた。
(また断れた…。)
就職試験さえ受けられない。それはそうだろう。履歴書に書くことはなにもない。中学も卒業できなかったし。夢のため頑張ったこともない。
体育は得意だし、運動選手になろうか思った日もあった。でも、選手にさえならなかった。
「君はマジプロだろう?この試合は人間のものだ。」
「戦士が出るのはルール違反だろう。」
マジプロは変身後の力。変身前の愛香が強いのは、全部愛香自身の力。自らの努力。でも、人はそれを『マジプロの特権』と呼んだ。『マジプロだから強い』って言った。
本当は町を守るため、ずっと頑張ってきただけなのに。
なにより、愛香は過去悪のボースだった。その事実は消せない。決して消えない。
愛香が面接に出られないようにしたのもそう。みんな、愛香がいつデリュージョンになるか、緊張していたから。
我慢しても信じてくれない。だからって暴走したら、きっと『やはり』をたくさん言われる。
愛香はみんなに避けられた。だれも愛香の名前を呼んでくれなかった。
求人情報から、やっとコンビニバイトを見つけ出したが、神が暴れて首になった。『一緒に遊ぼう』と愛香を誘う男を、神は殺そうとした。コンビニもめちゃくちゃになって大変だった。
コンビニのオーナーは、他のオーナーに愛香の噂を流した。あの日から愛香に連絡するオーナーはない。
(家族のために、なんとかしないと…。)
愛香はため息をついた。横になっても、なぜか眠れなかった。時計が進む音を聞きながら、目を閉じるだけ。
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翌朝。愛音の夫は夜が明ける前、急な出張に行った。愛音はお店に行くので、愛子に留守番を任せた。
「愛香さん、おはようございます!」
「あら、お姉さんおはよう。今日も道場に行くよね?」
愛音と愛音を見送っていた愛子が愛香に挨拶した。
「まあ、愛音は?」
「今日も仕事で忙しい。」
「そ、そうか…。そうだね。大人だもん。」
「…?」
愛子は首を傾げた。愛香の話の意味がわからなかったから。姉の気持ちがお見通しの愛音は、黙って姉の話の続きを待っていた。
「えっと、今日の留守番、私に任せたら?」
なんでもいいから役に立ちたい。家族の力になりたい。そのためなら留守番でも、家事でもやる。
「本当にいいの?」
姉より大人の愛音は、姉の選んだ道が心配。だって、誰もがお金を稼ぐ前に、お金を使う。何かを学ぶため、上手になるため、ずっと待ち続ける。キャリアを積むには、時間がかかる。そうすればきっといつかそれ以上を探せるはず。
でも、今の姉は、仕事探しに焦ってばかり。一番大切なことを忘れてる。
愛音は姉に遊んでほしい。いっぱい人生を楽しんで、やりたいことを見つけ出して欲しい。夢が出来たらきっと、勉強に努めたり、キャリアプランを立てたりするのも楽しくなるはず。
「道場に行かなくてもいい?」
「いや、その、今日は別にいきなくないし…。」
『行きたくない』が『生きたくない』と聞こえて、胸が辛い。
「もう、いいからいってらっしゃい!」
「ちょっと、お姉さん!」
愛香に押された愛音は、家の外へ出された。愛音は手を振ってる愛香を切なく見つめて、そっとため息をついた。
「さて、今日は私に任せて、愛子もみんなとお出かけー。」
「愛香さぁん。」
振り向いた愛香はぴっくり。腰に手をあてた愛子が、唇を尖らせていた。
「な、なんで?」
「どうしてなんですか?」
「私が、なにか…?」
「留守番ですよ、るすばん!もう、一人で大丈夫なのに!」
愛香は胸を撫で下ろした。これは答えられる範囲。もし、仕事のこと聞かれたら、絶対話せない。胸も痛いし、今まで何度断れたか数えたこともないし。
(話せ、ない…。)
愛香の瞳が震えた。
(家族なのに、話せないなんて…。そんなのおかしい。)
その一瞬、愛香は悩んだ。悩み続けた。胸の奥に隠してる痛みを、姪に吐いていいのか。自分のため、この子に何か背負わせる自分を許せない。そう決めた時、愛子は話し出した。
「私たち、家族でしょ?」
「え…?」
「私、お母さんに教わりました。家族は、ただ血が繋がってる者じゃない。」
『夫婦』は血が繋がってない。なのに、お互いを家族と呼ぶ。その理由はきっと…。
「支えあい、分かち合い、笑いあえるから。辛いことも、悲しいことも、話し合えるから。」
「愛子ちゃん…。」
私の人生を一緒に担いでくれる人。悩み事を聞いてくれる人。一緒に泣いてくれる人。人はそれを『家族』と呼ぶ。
「家族に嘘はつかない。嬉しさも悲しさも隠さない。だからこそ信じあえる。」
学校や会社では、本音と建前の間でさまよっても、家に入った瞬間、人は素直になる。家族の懐に抱かれて、心から笑える。
「愛香さん。私たちは、本当の『家族』なんですか?」
愛子は問いかけた。今の私はこの子の前で心から笑えるのか。素直な気持ちを隠すため、自分の行動に夢中になったから、姪に本音をばれてしまった。
「私はー。」
愛香は拳を握りしめた。そうじゃないと、なぜか世界が滲んでしまいそうで。
「ーなにもできないじゃん。」




