第四話 ≪Forth Fire。モード・ナイト、みかさ(1)≫
どうか、木曜日に投稿した「第三話 ≪Third Fire。一番星(5)≫」を先に読んでください。
王冠をかぶった者よ、力を与えた物を守れ。
第四話 ≪Forth Fire。モード・ナイト、みかさ≫
まつり一日目が終了した。一番星を、みかさを探したのは、昨日まで名も知らぬままだった一年生。
「ふう…。」
フィルムとの戦いの後、帰ってきたみかさはため息をついた。そのため息はいきなり強力となったフィルムの強さのせいではない。愛香の膝枕で寝ちゃった後の恥ずかしさでもない。それは、ただ…。
「一番星、か…。」
みかさは手をあげて、手を握ったり開いたりしてみた。
「俺もなれる。いや、もうなってる…!」
自分がきらきらしているとは思えなかった。輝きを信じなかったから、見逃してしまった。
「ならば…。」
みかさは起きて部屋の片隅を見た。そこにはいろんなピックとギターがおいていた。
今まで父の愛情を求めてきた。いや、それは愛情ではなく同情。憐れみを得るため、父を満足させる演奏をするため、みかさは歯を食いしばった。目標は、そう、『今日だけは殴らないように』。
そう生き続けたみかさには『自分』がない。『やりたい』と言えない。『夢』がないから、当然のこと。
「明日、頑張らなきゃ。」
父に教わった通り、後悔のない演奏をする。一生をかけた、最高のコンサートを。そうしたら…。
「つけるよな、さよなら。」
死が近づいた星は赤く大きく膨らむ。大爆発を起こす前、自らの重力で存在を消す前、最後の輝きを残す。超新星爆発に似合う、やり残しのない演奏をすればこそ、父が残した影から放たれる。
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まつり二日目。みかさのコンサートがある大事な日。世界的な天才ミュージシャンのコンサート。その話は、町を超え、世界中に広がった。
そのため、他の町の人もみかさのコンサートを見に来た。ステージの周りには、コンサートを取材するため来た放送記者でいっぱい。誰もがみかさをスクープしていた。
「ねえ、あっち見て!花の町の人だよ!」
愛子の目がきらきら輝いた。
「すごい!ネックレスもイヤリングもフラワーモチーフ!」
「お、落ち着いてください!」
ウィルヘルミーナが愛子の手をそっと引いた。
「みんなこっちチラチラしてるっすよ!静かにするっす!」
「だって、だって!他の町のみんな、初めてだもん!」
はしゃいだ気持ちを隠せぬ愛子は、感動すきてもう泣きべそになっていた。
「私、小さい頃からずっと町の外を夢見ていたんだ。でも、みんな危ないから、出ちゃダメって…。」
デリュージョンの支配の下。他の町がめちゃくちゃになっても、銀河の町だけ平和だった。デリュージョンがいる限り、銀河の町は安全だった。デリュージョン、いや、愛香はそれほど銀河の町を愛していた。
デリュージョンに歯向かおうとした町の大人は、すぐ彼女を敬った。このままでは、銀河の町はいつまでも豊かにいられる。だから、町の大人は真実を隠した。
「『どうして?』と聞いても、『とにかくダメ!』とか言われちゃって…。」
半分の真実だった。一つ、町の外では妄想帝国のカゲが暴れていた。巻き込まれたらきっと殺される。
また一つ、カゲのような、いや、カゲよりも大きな問題:他の町の人たち。
銀河の町は、災いの源であるデリュージョンを祭った。他の町が壊れるたび、デリュージョンをたたえた。他の町の人が、どんな思いでその話を聞いたのか。怒りの果て、銀河の町と戦おうとした町もいた。だが、襲ってくる人は、デリュージョンによって排除された。
銀河の町は安全。だが、外は敵ばかり。いつ襲われるか知らない。だから、子供を守るため、誰もが嘘をついた。ただ一人、デリュージョンの妹、愛音を除いて。
「お母さんが言った。町の外には数えきれない町がいる。その分、数えきれない個性がいる。」
花の町にはいくつの花園がいる。川の町にはきれいな魚が川を泳いでいる。
「隣の町の人は、銀河の町で見えない物が見える。だから二人で知識を重ねあったら、無限の可能性が生まれる!」
それぞれの個性が重なったら、見たことのない景色が見える。その奇跡を信じていた愛子には今、世界がきらきらに見えた。
「あの人たち全部、みかさちゃんを見に来たんだ!」
「…まあ、妄想帝国が健在であったら、顔を出さなかったやつらだけど。」
「もう、そんなこと言わないでください!みんなみかさちゃんにあこがれて来たんじゃないっすか!」
「憧れ…。」
そっと呟いたみかさが顔をあげた。
「お前も、バンドや歌手にあこがれてるのか?」
「えっ、いや、その…!」
ウィルヘルミーナは強く目を閉じた。そのため、顰めっ面になったウィルヘルミーナが大きな声で叫んだ。
「だって、かっこいいっす!素敵っす!誰もが愛する人になりたい、それは当然のことじゃないっすか!」
ウィルヘルミーナは今までずっと独りぼっちだった。町のみんなとは見方が違う。どう見ても外国人みたい。『町』が世界のすべてだった子供らに、彼女は異物だった。
皆と離れるたび、ウィルヘルミーナは切なくなった。皆が背を向くたび、ウィルヘルミーナは愛情を求めてきた。そんな彼女に『アイドル』や『芸能人』は、『人気者』は夢だった。
「へえ…。」
「『へえ』じゃないっす、『へえ』じゃ!女の子も男の子も、誰だった一度ステージに立つ夢があるっす!」
「夢…。」
みかさは愛香を思い出した。
ストロークはみかさを助けてくれた。おかげで『音楽をやめる』と決めた。幼いごろから『痛い』とか『助けて』とか言っても、誰も手を差し出してくれなかったのに。だからこそ愛香はみかさにとって『救い』だった。
(愛香さん、元気なさそうだった…。)
愛香は『夢』を失った。なんでもなれる中学生の頃を失った。残ったのは、たくさん取った年と、中学二年生の体。
小さい頃はなんでもなれると言われる。けど、大人に近づいていくたび、現実と向き合わされる。
例えば、医者になりたがってる中学生と、三十歳の大人は、違う忠告を聞く。『あなたならできる』なんて三十歳にはきかない。彼を待ってるのは『今更勉強?』もしくは『もう遅いじゃない?』。
みかさは悔しい。その忠告は、勉強なんかしないまま遊んでばっかの人に似合う。愛香みたいに、一所懸命頑張ってきたのに未来を奪われた人には似合わない。
(愛香さんだって、いつかはステージにあこがれたかも…。)
みかさは練習をやめて、突然立ち上がった。
「俺、ラストステージには、絶対愛香さんと立ちたい!」
「ラストって…。ちょっと、みかさちゃん!」
神のお家に走ってきたみかさは、すぐ愛香と出会った。
「あら、みかさちゃんじゃない。」
愛香はパッと笑った。
「どうしたの?コンサート、今日じゃない?」
「そういえば…。」
愛香はなぜまつりに来なかっただろう。身を隠して、テレパシーではなしただろう。
(まさか、デリュージョンだったこと気にして…。)
みかさは愛香を見つめた。誰よりこの町を愛してる人。まつりを待っていた人。だからこそ罪深き身を、部屋に引きこもってる人。
「もしかして神君のこと会いに来たの?ごめん。神君、生霊を見た時からずっと閉じこもってる。運命がねじられたかも知れないってー。」
「あのっ!」
みかさが声を張り上げた。その後ろ、愛子とウィルヘルミーナがみかさを追いかけた。
「もし、愛香さんもステージに…。」
みかさはふと、話を止めた。『あなたもステージにあこがれてますか?』とか『その夢を叶えなくて苦しいですか?』と言うには、愛香がかわいそうだから。
(愛香さんに悲しい想いなんてさせたくない。)
一瞬、悩んだみかさが、愛香の手を取った。
「いや、よかったら、是非…!」
みかさは愛香の手をぎゅっと握った。
「わたくしと同じステージに立ってください!」
愛香は驚いて、ぼうっとしていた。
「ギターの方がいいでしょうか。いや、ボーカルだって一曲ぐらいなら、今でもー!」
「いや…。ちょっと待って、みかさちゃん…!」
「簡単なコードだって重ねあったら立派な旋律になります!」
愛香はみかさの瞳を見つめた。いままでこんなに期待に満ちてるみかさ、見たことない。だから、愛香は遠慮せず受け入れた。
(わけわからないけど、大変なことになってるかも。)
その決定はすべて、みかさのためだった。
「大丈夫。ギター、かなりうまいから。」
「ひいいっ、ギターも弾けるっすか!?」
楽器を弾けないウィルヘルミーナは仰天した。
「やっぱり愛香さんはすごい!モード・ナイトだってうまくできるし!」
「いや、そんなこと…。」
中卒ですりゃない愛香は、バイトもできない。仕事を探しても無駄。一流大学を出た人には比べないほど、貧しい志望動機書。とても敵わない学閥。
毎日問いかける:『私にできることはあるか』、『ここにいて、いいのか』
「ない…。」
でも、夢すりゃなくした、可能性ゼロのおばさんになにができる。
「あります!」
みかさの声が聞こえた。
「絶対、なんでもできます!」
「みかさちゃん…。」
愛香は思う。みかさにこの痛みがわかるはずない。
でも、でも…。
「ありがとう。」
みかさは歯を食いしばった。その切ない笑顔が、なぜか昔の自分と似ていて。なにもかもあきらめていた日々を思い出させて。
「一緒に演奏しましょ!」
みかさは愛香の手を取り、外へ連れ出した。愛子もウィルヘルミーナもそばにいてくれた。
まぶしい太陽のしたで、愛香は悩む。あの太陽を浴びる資格が、自分にはあるのか。
「ダメだ!」
その想いはすぐ否定された。
「デリュージョンがテレビに出るなんて、ありえん!」
誰より愛していた、町のみんなによって。




