第三話 ≪Third Fire。一番星(4)≫
「なぜダメなんだ!」
みかさは随分腹が立った。コンサートの準備で忙しいのに『まつりの日、リハをしてはいけない』と聞いたから。
「言った通り、『一番星』はまつりの真ん中にいなければなれない。」
『一番星』探しはまつりのメーンイベント。誰もが『一番星』を探すため一所懸命。だからこそ主人公のみかさが必要。彼女にはまつり会場にいなければならない。そんなみかさにコンサートのリハーサルばかりしてもらっては困る。
「コンサートステージもまつり会場にいる!ステージにいればいいんじゃねえか!」
「それは困る。ステージは本番までは関係者以外立ち入り禁止だ。なにより、リハーサルする間、君はカメラに囲まれる。それじゃ、だれも近づけない。」
なにより、ステージはまつり会場の北にある。『一番星』を探すみんなはどこにもある。みんなに平等なチャンスを与えるため、みかさは東西南北のすべての場所を歩き回るべき。
「君の気持ちはわかる。だが、君がリハーサルすると、町のみんなが困るんだ。みんなのため、リハーサルはあきらめる方がいい!」
「うっせ!なにがみんなのためだ!俺は引っ越してきたばかりで、まちなんかどうでもいい!」
「ちょっと、君!」
「なによりよ!」
みかさが大声をだした。いや、それは声じゃない。まるで捕食者の吠えのような叫びだった。
「てめえらのその論理にはもううんざりなんだよ!なにもかも人のせいにして!」
愛香もそう犠牲になった。町のため、みんなのため。頑張った結果、彼女は未来を失った。だが、誰も愛香に誤らない。むしろ彼らは愛香に謝罪を強要した。誤る愛香を見て満足した。
「そ、それは…。」
スタッフの声が震えてきた。みかさは彼とあったことある。彼はデリュージョンを祭る儀式をした人だった。
もううんざり。デリュージョンに使われて、彼女が戻ってきたら、他の町と仲直りのため愛香を見捨てた。町のためならなんでもやる奴らをみて、みかさは思う。『いっそ愛香さんが、デリュージョンが幸せな妄想を夢見ていたあの頃がましだ』と。
「愛するこの町のため…。」
また同じ言い訳。みかさは笑う。イライラするけど怒らない。こんな奴らに一所懸命叫んでも届かない。自分が疲れるだけ。
「ったく、聞いてらんない…!」
みかさはギターを背負って、ステージを降りた。スタッフをじっと睨んだみかさは、そのまま家に帰ってきた。
(こんなんじゃ、愛香さんが可哀そう。愛香さんはいったいなんのために…。)
帰り道、みかさは町の人々を見た。遊び場で笑う子供。買い物中のおばさん。パン屋さんの隣の花屋さん。誰もが幸せな世界で、愛香だけ苦労していた。
(ずるすぎ。)
みかさはこの町が嫌い。町の人も空気も、すべてが憎らしい。友達である愛子やウィルヘルミーナじゃなかったら、きっとこの町なんか飛び出してしまったはず。
なのに、みかさの友達は、大切な人は『町が好き』と言う。町のすべてを愛してると言う。町が大好きな二人に本音を明かせない。文句なんか言えない。声にならない想いが重なって、詰まって、息苦しさを感じる。
(町が大好き?町を愛してる?)
みかさはポケットから平底フラスコを出した。小さな瑠璃のフラスコの中には、大きな花が咲いていた。
(手前らの町は、愛する人にこんなもんあずけるんだよ。)
みかさは顔をしかめた。こんなものが『優勝賞品』なんてありえない。
最初にダンボールを開けた時、実はみかさもちょっとときめいた。町のみんなの中、自分を探し出した者に与える物がなんであるか、好奇心もあった。だが、ボックスの中にはトロフィーもお金もなかった。入っていたのは、一輪の花が入ってる、ただの平底フラスコ。
『すごーい!』
『まぶしいっす!』
あのひ、目をきらきらする愛子とウィルヘルミーナからみかさは逃げ出した。帰ってきたみかさはずっと平底フラスコを見た。だが、何も起きない。
急に光を放つこともない。中から花の妖精が出ることもない。あるのは大きな花びらを持つ白い花と、瑠璃のフラスコのみ。あの日も、今も。何も変わらない。
(こんなの探す必要もねえ。)
本当はガラスを壊したい。花ごと踏みしめたい。でも、そのたびきらきらした友達の瞳が浮かんで、何もできない。だからみかさはイライラする時、目を閉じて想像するんだ。自分がみんなの前でフラスコを割れる想像を。頭の中では、もう何度も壊されたフラスコを持ち、みかさは家に向かった。
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「さよちゃん、これプレゼント!」
「きれいな色!」
「ねえ、分かち合おう!」
「うん、そうしよう!」
まつりが始まった。学校は大騒ぎ。
二年生だけが主役の『一番星探し』とは違い、『分かち愛』は誰もが主人公。誰もが友達や家族、恋人に折り紙の星をあげたり、もらったりした。
「『一番星』になれるの二年生だけなんて、ずるい!」
「でも、『一番星探し』には誰もが参加できるでしょ?」
「そう、今年は絶対、私が探し出してあげる!」
みかさは通り過ぎの三年生をちらっと見た。いや、『見る』より『睨む』の方が似合う表情。だが、すぐ興味ない顔して、また歩き出した。
「みかさちゃん!」
「おはようっす!」
廊下の向こうから、愛子とウィルヘルミーナが走ってきた。
「ねえ、これ受け取って!」
「あっ、愛子ちゃんずるい!自分も!」
みかさは折り紙の星を二つもらった。もらった星をじっと見ていたみかさが顔をあげて二人を見た。
「まあ、サンキュー。」
みかさは教室へ向かおうとしたが、二人に止められた。行く手をさえぎる二人を見て、みかさは目をパチパチさせた。
「な、なんだよ。」
「みかさちゃん!お返しは?」
「お返し…?ああ、カフェでスイーツを奢る。」
「違う!違うっす!」
ウィルヘルミーナが絶望した。
「『分かち愛』では、折り紙と折り紙を分かち合う!そう決まってます!」
「いや、折り紙よりごちそうの方がー。」
「そんなのいやだもん!」
愛子がみかさの腕をくっつけた。
「ねえ、放課後まで作ってちょうだい!」
「な、放せよ…!」
「じ、自分も欲しいっす!」
「だから、目立つってば!」
わちゃわちゃの三人を、通り過ぎのみんなが振り向いた。そんな中、こそこそしていた一年生の一人がみかさに近づいた。
「あ、あの…!」
一年生は抱いていた金色の折り紙の星を差し出した。
「ど、どうぞ受け取ってくださいっ…!」
「はあ…?」
みかさは何気なく星をもらった。折り紙なんかに意味なんて込めてない。そんなはずがないと思ったから。でも、みかさが折り紙を受け取った瞬間、少女やみんなの目がきらきら光った。
「なあ、これー。」
「お、お返しは不要です!」
「いや、ちょー。」
「コンサート、お楽しみにしています!」
その言葉を伝って、一年生は逃げ出した。手も足もしびれて、声をかける勇気を出すまで、力が尽きてしまったせい。
「お返し不要って、すっごい!」
「は?」
「星を上げたい。でも返してもらわなくていい。それはつまり、『あなたにあこがれてます』と言うこと!」
「いや、ただの星だろう?勝手な意味つけるな。」
「違うよ!それはみんなとの約束でー。」
「先に行く。」
「ああっ、待ってください!」
みかさは二人を待たずに教室に入った。席に座ったみかさは教科書を出した。HRが終わって、授業が始まった。でも、みかさの頭はまつりのことでもういっぱいだった。
(これ、そんなに大事なもんかよ…。)
授業中、みかさは今日もらった三つの星を見た。いくら可愛いでも、ただの折り紙。子供だって作られる、安いプレゼントに意味があるわけない。なのに、この町のみんなは大騒ぎ。
(意味わかんない。)
みかさはため息をついた。ただの折り紙に意味をつける奴らだ。きっと花が入ってるフラスコには目がないはず。一日どうやって逃げ出したらいいのか、みかさは悩み始めた。
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(『一番星探し』って、友達とも一緒にいられないのかよ。)
みかさはまつりに参加したくなかった。でも、もし万が一、友達である二人に『一緒に楽しもう!』と言われたら、参加する気だった。なのに、『一番星探し』に参加する人は誰もが散らばった花びらのように一人だった。
(出来たちは『私たちだけみかさちゃんと一緒にいたらずるいから~』とか言って行っちゃったし。知り合いなんか誰もねえし。まつりなんか、意味ないじゃねえか。)
みかさは不機嫌だった。せっかく友達といられるようになったのに、また一人だけ残されるなんて。
(つーか、これ全部まつりのせいじゃん。誰だよ、こんな無様なまつり作ったのは。)
銀河の町の人じゃないみかさは、町に愛情なんかない。とくに、銀河の町は愛香を独りぼっちにさせたひどい町。そんな町、どうでもいい。だからみかさは近寄ってくるみんなを精一杯睨んだ。
『ヤッホー、みかさちゃん!』
「あ、愛香さん!?」
みかさは後ろを振り向いた。でも愛香はいなかった。周りのどこにも愛香はない。なのに、声は聞こえる。
「俺、狂ったのか…?」
魔法とか奇跡を思い出す前、みかさは『気狂い』を心配した。彼女の父は、時々空に叫んだり、目に見えない何かを恨んだりしながら狂ったから。
『あら、心配しないで。これはテレパシーだわ。』
「テレパシー…?」
『強く願えば心から心へと伝わる想い。』
「へえ…じゃなくて!すごいですよ、愛香さん!」
『あまり大声出さないで。他の人には私の声、聞こえないから。』
「それってつまり…。これ使えば、気狂いに見えると言うことですか?」
『最初はそうだけど、慣れたら心から心へと想いがつながるわ。だから私の心配はしないで。』
「って言うか、気狂いに見えるの俺だけ!?」
周りを見ると、すれ違う人が誰も彼もみかさをちらっと見ていた。みかさはため息をついた。
「ううう…。大声出したら俺が損する。我慢、我慢。」
みかさは人があまり集まらない丘の下に走ってきた。
『ふふ…。みかさちゃん、まつり楽しんでる?』
「…本音言ってもいいですか?」
みかさは深呼吸して、本気をこめて叫んだ。
「『一番星』とかなりたくない!独りぼっちでつまんない!なんで友達と一緒にいられねえんだ!誰だ、こんなまつり作ったのは!」
『私だわ。』
「え。」
みかさは目をパチパチ、瞬きをした。
「ええええええ!?」
みかさの声が丘を超えて響いた。
「すまん、いや、すみません!俺、いや、私何も知らないまままつりを馬鹿にして!」
『いいのよ。気持ちは人それぞれ。みかさちゃんなにも悪くないわ。』
愛香が怒らなくてよかった、と何度も思ってる時、愛香が先に話しかけてきた。
『そう、私みんなをばらばらにした。今までの友達じゃなく、新しい人と出会って欲しかったから。』
「愛香さん…?」
チャレンジを終えた愛香は、真実を知ったまま町に戻ってきた。なぜ人はいなくなるのか。なぜその分、カゲが多くなるのか。
『クラスで独りぼっちの子がいたんだ。私、彼女の力になりたかった。でも、誰もがもう友達組んでるし、どうすることも出来なかった。』
体育の時間、二人組を組めば少女は残された。一緒に遊んだり、カラオケに行ったり、笑ったり走ったりするみんなを、少女はあこがれた。でも、同時に恨んだ。少女の心がカゲに染まった。
『わたし、あの子を守ってあげなくて…。』
いつの日か、少女が亡くなった。そして町にカゲが現れた。
カゲは叫んだ。私ずっと独りぼっち。誰も振り向いてくれない。彼女を吠えが、町の空に響いた。
カゲを、彼女を倒しながら、愛香は誓った。同じことにならないように、独りぼっちのみんなに可能性を見せたい。
『誰もが一番星にあこがれてる。でも、それって『私は一番星じゃない。私じゃ一番星になれない。』っていうことじゃない。』
誰もが持ってる、きらきら光る可能性。それに気づいて欲しくて、愛香は『一番星探し』を作った。神に頼んで、心の扉を閉ざしてる人を占って、その人を『一番星』と呼んだ。
『私は可能性を秘めた少女を選んだ。みんなは彼女を探すため、初めての人に声をかけた。』
『一番星』になった少女は驚き、戸惑い、勇気を出してみんなに近づいた。誰もが独りぼっちである世界で、話かける誰かを見つけ出した。
『星はみんなきらきら輝いてる。みんなが一番になれなくても、せめて『私だってこんなにきらきらしてる!』と思って欲しかった。』
自分の輝きを見失いなら、いつか一番星になるかもしれない。自分を信じて、前に進めばー。
「じゃ、この花も、愛香さんが?」
『そう!花の可能性、名付けて花能性!』
「また出た、愛香さんのネーミングセンス。」
みかさはフラスコを見た。中には一輪の花が咲いていた。
『ねえ、おかしいと思ったことない?』
愛香がささやいた。
『こんな大きな花が、どうやってフラスコのなかに咲いてるのか。』
「花をぐしゃぐしゃにして丸め込めば…。」
花を入れる想像をしたみかさは、パッと思い浮かんだ真実に目を閉じた。
「できない、それじゃ花が壊れる…。」
フラスコは狭くて短い首を持っている。そのなかに大きな花を怪我なしに入れるわけない。きっと他の方法があるはず。
「いったい、どうやって…。」
『はい、ここで問題。フラスコの中に花を咲かせたい少女があります。できますか?』
「不可能、です…。」
不可能。可能性を否定する言葉。だが、今のみかさが言えるのはこれだけ。
『できる。』
愛香は言った。不可能を実現する、それが可能性の奇跡だと。
『簡単だわ。フラスコの中で種を育てばいい。』
フラスコの中に土を入れて、水をあげる。芽が出て、大きくなって、花を咲くまでお世話すればいい。
『いっぱいの失敗が教えてくれた。私の願いをかなえてくれた。』
芽が出なかったこともある。枯れたこともある。でもめげずに頑張ったら、花を咲かせる方法が分かった。
「すごい…。」
みかさは思った。たかが花、ただの花。花弁は大きいけど、それだけの花。
でも、彼女は違っていた。花には可能性が秘められていた。だからこそ、『一番星』を探し出した人にふさわしい。
『ねえ、見てごらん?まつりに参加したみんな、どんな顔をしているのか。』
みかさはまつりの真ん中へ向かった。誰もが笑顔をしていた。
「可愛い!ねえ、もしあなたが『一番星』?」
「ち、ちがう。そういうあなたこそ、『一番星』じゃない?」
「ええ、私が?」
みんな、一番星を探すため、お互いのキラキラを探し出す。そして聞きあう。
「これいいね!」
通り過ぎの子供らがはしゃいだ。
「誰が一番星かわからないから、みんなが一番星に見える!」
『あなたは一番星ですか?』と声をかけたら、同じ質問が返ってくる。そんな中、誰もが『一番星』になった気分になる。
「そう、胸がキュンキュンする!」
「私も一番星になれるかも!」
愛し合い、尊敬しあう文化。それが銀河の町の元の姿。カゲやデリュージョンのせいで歪んだ町を、まつりが照らしてくれた。
「『町が好き』…。」
みかさは言った。町が嫌い。愛香を捨てた、自己中心的な人ばかり。
愛子とウィルヘルミーナは言った。町が大好き。町を愛してる。
そう、二つの『町』は違っていた。
愛子とウィルヘルミーナが愛する町には、昔々の恵みがいて、やさしさがいて、愛香が広めた愛がいた。
みかさは愛香を大切に思ってる。愛香の一部を抱いてる町を、嫌いになるわけがない。それに気づいたみかさが、ため息をついた。
「愛香さんは、世界一ずるい。」
『え、私が?なんで?』
「とにかく、絶対ずるいです。」
『そんな!』
ぷっと笑ってしまったみかさは、町のあちらこちらを探って見た。提灯が照らす道をずっと歩んだ。心を開いたら、たくさんのきらきらが見えてきた。
(暖かい…。)
まつりの景色を見ていたみかさは、知らずにそっと笑った。みかさがお店に歩いてきた瞬間ー。
「なんだ、町中が浮かれて。こっちはデリュージョン様が亡くなって苦労してるのに!」
「!?」
みかさが顔をあげた。木の上、フィルムが腕組みをしていた。




