7-4
「わかりました。いや、簡単にわかったなんて言えないんでしょうけど、理解するきっかけだけは手にすることができたように思えます。ありがとうございます」
「それでいいのよ。ううん、それくらいでいいわ。ところで、どう? あなたはなにを選び取るつもり? この時点でのこたえでもいいから聴かせてちょうだい」
背筋を伸ばし、僕はスーツの襟を正した。呼吸は浅くなっている。でも、気にしないようにした。
「その前にカミラさんに訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん。どんなことでも訊いてあげて」
彼女はうつむいてる。でも、思いなおしたのか顔をあげた。緊張してるのはわかった。だけど、それはこっちも同じだ。
「この前、一般論を話したよな? 君はお母さんとお父さんのことを話してくれた。お二人がどのように会い、どうやって結ばれたかという話だ」
「は、はい」
「そのとき君はこう言った。きっかけがなんであれ、お母さんはお父さんのことをはじめから愛していた。そうだったよな?」
頬には赤味がさしていった。きっとこの話がどう進むかわかったのだろう。あるいは僕の言おうとしてることが見えたのかもしれない。
「それで、僕が訊きたいことってのは、――その、なんだ、君もきっかけがなんであれ、僕のことを」
「はっ、はい。あっ、あの、あっ、あっ、愛しています」
ソファの軋む音がした。母親は素早く手を伸ばし、娘を制した。
「いいのよ、いいの。この人は混乱してるだけ。じきに収まるわ。それも、あっという間によ。いつだってそうじゃない。あなたが決めたことを駄目って言うようなパパじゃないでしょ? ――それで、あなたはどうなの? 私たちのかわいい娘を受け容れる準備はできてるの?」
くちゃくちゃになるまで僕は髪を掻き回した。落ち着くための時間が必要だったのだ。
「――その、正直なところ混乱してるんです。ただ、お母さんにこうしてお会いすることを決めた時点で進むべき道を選んでいたように思います」
「つまり?」
「つまり、僕もカミラさんを愛してるのだと思います。いつのまにかそうなっていたのだと」
赤くなった顔を見ながら僕はそう言った。彼女は痙攣したように震えてる。手を意味もなく、また意味がわからないくらい動かしていた。
「カミラ! ちょっとは落ち着きなさい。――あなた! あなたもよ!」
背後をうろつきまわる音が聞こえてきた。僕たちはその間ずっと見つめあっていた。そうしてると出会ってからのことが浮かびあがってきた。自分の心の動き、彼女の著しい変化、そしてまたそれによって引き起こされた心の動き。それらはごちゃっとしていたものの細部まではっきりとわかった。――いつのまにかこの子のことが好きになってたんだな。そして、それは突如として確信に変わったのだ。きっと彼女の確信が僕にも行き渡ってきたのだろう。
「ちょっと失礼」
父親は妻と娘の間に腰をおろした。赤黒くなった顔をずいっと突き出している。
「君、本当にカミラを愛してるのか? 一時の気の迷いとかじゃなく、――その、なんだ、恐怖から逃れるために言ってるんじゃないだろうな?」
「あら、あなたは気の迷いとか恐怖のせいで結婚したっていうの?」
「すこし黙っててくれ。これだけはどうしても訊いておきたいんだ。――さあ、こたえてくれ。君はほんとうにカミラを愛してるのか? これからもずっと私のかわいい娘を愛しつづけていくのか?」
僕は顎を引いた。出るべき言葉は用意されてるようだった。
「はい。カミラさんを愛してます。ずっと、これからも愛していきます」
「――ふむ、そうか。そういうことならいいだろう。よろしくお願いする」
「父親らしいことができてよかったじゃない。大丈夫よ、この子たちは大丈夫。私にはわかるの。これは約束されたことだったのよ。そう、私にはこうなるってわかってたわ。カミラ、おめでとう。あなたもやっと運命の人に巡りあったのね」
何度もうなずき、彼女は泣きだしてしまった。父親はその手を強く握ってる。
「もうひとつだけ訊かせてください。カミラさんも言ってましたけど僕たちはこうなるよう決まってたんですか? その、つまり運命みたいなものはあるのかってことなんですが」
「そうじゃないわ。すべてがかっちり決まってるわけじゃないのよ。だけど、誰かの行動がまわりへ影響を及ぼすってことは普通にあるでしょ? すべては繋がってるの。自分に起こったことを考えてみなさい。あなたのしたことが誰かに影響をあたえ、それが跳ね返ってあなたが変わるってこともあったはずよ。それのみで存在してるものなんてないの。すべては繋がっていて、私たちはその関係性の中で動いてるの。後から考えるとまるで決まってたように思えるだけよ」
「はあ」と僕はこたえておいた。もうちょっとわかりやすく言ってくれないかなと思っていたものの、こういうのにもいずれは馴れていくのだろう。
「ああ、あともうひとつだけ。僕には仲のいい友人がいるんですが、その男はずっと合コンに誘ってくるんです。それって、もしかして悪い方へ向かわせようとしてるってことですか?」
「ちょっと待って」
母親は真顔になった。周囲をぐるりと見て、口の内でなにか呟いてる。
「大丈夫よ。そうじゃないわ。その人はあなたを本当に気にかけてるの。少々絡みすぎるくらいに。そうでしょ? それは幼児性のあらわれ。あなたのことが好きなだけよ。だけど、その人がそうしたから、あなたはここに来るようになったのよ。街灯が消えて電話をしてきたときのことを思い出してみなさい。そうなったきっかけのひとつはそのお友達があたえてくれたってことになるでしょう? それのみで存在してるものがないってのはそういうことよ」
僕は深々と頭を下げた。それから、長椅子の前に立った。彼女はハンカチをおろして見あげてきた。――うん、好みのタイプだ。いや、非常にいい。きっと僕たちに生まれる娘も美しく、いろんなものが見えるようになるのだろう。そして、むちゃくちゃ背が高くなるに違いない。
「あっ、あっ、あの、」と彼女は言った。でも、それしか言えないようだった。僕は髪を撫で、微笑みかけた。
「もう泣くなよ。せっかくの『ふんわりナチュラル系』メイクが台無しになる」




