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見える人  作者: 佐藤清春
新たな誘い/左肩を見つめる女
2/25

2-1


 街灯が消えてから五日後に僕はまた合コンにさそわれた。話を持ってきたのは同期の小林という、いかにも押し出しの強そうな、そして実際にも少々強引なところのある男だった。


「まだちゃんと決まってないんだけどよ、そういう話が出てんだ。もちろんお前も来るだろ?」


「うん。――いや、どうしようかな」


「なんだよ、歯切れが悪いな。この前はむちゃくちゃ乗り気だったくせしてよ」


 ああ、そうか。そういえば前回もコイツが仕切ってたんだ。つまり、あの女のことを知ってる可能性があるわけだ。


「な、この前んときって、相手はどういう集団だったんだ?」


「どういう集団? あれ? 言ってなかったっけ? ほら、けっこう前に俺がつきあってた子いたろ? ネイリストの」


「ああ」とだけ僕は言っておいた。あまりよく憶えてなかったのだ。この男はちょくちょく『彼女』が変わるのでいちいち憶えるのも面倒だった。


「あの中にその友達がいたんだよ。ほら、ちょっと派手目の、顔はそこそこって感じの。――憶えちゃいねえか。なにしろお前はずっと一人に集中してたもんな。でも、ありゃ駄目になっちまったんだろ? 浮かれてた佐々木が落ちこんだ佐々木になったって聴いたぜ。今は仕事に打ちこみすぎててせまるものがあるってな」


 背中を張りつつ小林は笑った。僕は奥歯をみしめていた。泣きそうな気分になっていたのだ。


「ま、そのちょっと派手目な子が集めてきたんだよ。あの子は飲み屋でバイトしてんだけど、そのどうりょうと、そのまた友達とか言ってたっけな。でも、それがどうかしたのか?」


「ん、別になんでもないよ」


 僕たちは社食を出るところだった。昼休みは終わり、エレベーターで十二階まで上がることになる。


「じゃ、次は佐々木をメインにしよう。全員がお前好みになるよう頼んでやる」


 こういった人間にままあることだけど、この男はごえが大きい。エレベーターホールにいる全員に聞こえ渡る声でしゃべっていた。


「楽しみにしといてくれよ。ちょっとばかり時間がかかるかもしれねえけどな。なにしろお前好みの子を選りすぐらなきゃならねえからさ」


 もういいから。そう思いながら僕は首を曲げた。小林はなにやら難しそうな表情をしてる。


「どうした?」


「ん、不思議に思えてな。ほんと、まったく不思議だ」


「なにが?」


「お前のことだよ。モテないはずないんだけどな。タッパもあるし、金だってそこそこ持ってるだろ? ギャンブルもしねえ、女遊びもしねえってんだから貯まる一方だもんな。それに顔だってまあまあだ。それなのになんでいつも振られちまうんだ?」


 エレベーターがひらいた。乗りこみながらも小林は話しかけてくる。


「なあ、なんでなんだ?」


「そんなの知るかよ。こっちが教えてもらいたいくらいだ」


「ま、そうだろうけどよ。だけど、ほんと不思議だ。モテないはずがないんだよ。――ん? お前、のろわれてんじゃねえか?」


 僕は無視することに決めた。エレベーターは各階で停まり、徐々に空いていく。五、六人になったところで、「は?」と思った。じっと見られてる気がしたのだ。


「な?」


 ジャケットが引っ張られた。最大限にひそめた声も聞こえてくる。


「あの子だってお前を見つめてるぜ。モテる男のつらいとこだな。熱い視線ってヤツだ」


 にらみつけることで僕はだまらせた。それから不自然にみえないよう首を動かしてみた。すみの方に白いブラウスを着た女の子が立っている。スカートは黒でくつかかとのない黒いもの。ぎんぶちの眼鏡をかけていて、その奥にある瞳はこちらへブレることなく向けられている。うつむき加減になってるから表情まではわからないけど、あらゆる特徴を消しこもうとしてるのはわかった。


 しかし、どういうつもりでそうしてるかは別にして消すことのできない特徴があった。えらく背が高いのだ。僕は一八三センチある。それでも視線はぎょうかくになっていない。


 僕はまた「は?」と思った。目が向かう先は顔じゃないようだった。左肩を見てるのだ。もしくは、そのすこし上に向けられていた。


「どうしたんだよ、そんな顔して」


「いや、なんでもない」


 ドアが閉まるぎわに振り向くと、その子は顔を上げていた。ほほにかかった髪は払われ、すこしだけ表情が見える。ただ、視線はやはり肩へ向けられていた。


「な、あんな子いたか?」


「ん? 確かに見かけない子だったな。でも、むちゃくちゃ地味だったし、気づかなかっただけかもしれないぜ」


「あんなに背が高いのに?」


 小林は目を左上へ向けた。この男には主だった女子社員のプロフィールがめこまれてるのだ。しかし、あきらめたように首を振った。


「いや、やっぱりわからねえな。思い出せない。もしかしたら新しく入った派遣かもしれねえし。――ま、だけど、今ので自信がついたろ? お前はモテるんだよ。その要素は持ってる。だから、次の合コンにも出た方がいい。うん、こりゃ決まりだ。そうだろ?」


 大声でわめきながら小林はトイレへ入っていった。


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