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見える人  作者: 佐藤清春
あらぬ噂/《monkey's paw》にて
11/25

4-2


 僕たちは席を移動した。葉巻を頼むとバーテンダーが穴開け機みたいので吸い口をつくってくれた。二人でそれをくわえてる絵はなかなかのものだった。まるで千万単位の取引をしてるエグゼクティブのようだ。しかし、実際はこういう会話がなされていた。


「ま、充分なぶったから気は済んだよ。それでなにがあったんだ? どうしてカミラちゃんとどうはん出社した? もうヤッちまったのか?」


「そんなんじゃないよ。駅の前で待ち伏せされてただけだ」


「じゃ、どうして待ち伏せされたりしたんだ? なにもなけりゃそうはならないはずだろ?」


 僕は葉巻の先を見つめた。オレンジにみえる火がくすぶってる。何層にも巻かれた葉は短くなってるはずだった。ただ、見てる限りではわからない。ゆっくり過ぎて少しの間ではかんとくできないのだ。


「おい、隠し事はするなよ。それとも恥ずかしくて言えないのか?」


「恥ずかしがってるわけじゃない。いや、恥ずかしい部分はあるけどな。どうしてあんな奴と関わるようになっちまったんだろう?」


 小林はうつむいてる。そのままでこう言ってきた。


「俺がここでなぐさめられたときのこと憶えてるか? いとしい友里香と別れた次の日のことだ。あれはキツかった。ほんと死ぬくらいキツかった。でも、そのおかげでいいこともあった。俺はほんと嬉しかったんだぜ。あんときゃ、お前からさそってくれたよな? それが嬉しかったんだ。あの日、俺たちはなにがあっても隠し事はしないってちかいあった。そうだろ?」


「そうだったか?」


「そうだったんだよ。俺たちはそう誓いあったんだ。お前のことをの親友と思うようになったのはあの晩からだった。な? 俺たちは親友だよな? それなのにお前は隠し事をしてる。カミラちゃんとヤッたのに教えてくれない。それが悲しいんだよ」


「いい加減にしろよ。もし本当に親友だっていうなら、これ以上はなぶるな」


 小林はくいっと顔を向けてきた。悲しみなんてじんもなく、むしろ楽しくてしょうがないといった表情をしてる。


「だって、カミラちゃんは『佐々木さんにいろいろ教えてもらった』って言ってたんだろ? そう聴いてるぜ。それはつまり手取り足取りいろんなことを教えられたってことだよな。それで突然女っぽくなったっていや――」


 た笑みが浮かんだ。手取り足取りいろんなことを教えてる図を思い描いているのだろう。ほんと迷惑な話だ。


「うん、こたえはひとつだ。長続きはしないものの手だけは早いお前。それに、いろいろ教えてもらって女っぽくなったカミラちゃん。この材料じゃそうとしか考えられない」


「そこまで女っぽくなってないよ。厚化粧して、背筋伸ばしてるだけだ」


「そうなのか? ほんとにそれだけ?」


「そうだよ。見ればわかる。どうせ見てないんだろ?」


「ああ、見てないよ」


「なんで見てないのを自慢げに言うんだよ。うわさだけ聞いたってことだよな? その噂にだってひれがついてるんだ。なんでもないことをさわいでるだけなんだよ。なあ、俺たちはほんとにどうともなってないんだ。帰りに待ち伏せされて『重要な話』ってのを無理矢理聞かされただけだ。そんときあまりにもいら(いら)したから嫌味を言ったんだ。化粧をきちんとした方がいいとか、背が高いのを気にするな、猫背じゃ駄目だってな。そしたら、今朝になって『これでよろしいですか?』って言ってきた。そう訊くために待ち伏せてたんだ」


 腹がたってきた。しかし、怒りを感じただけではなかった。肩にはまだつかまれた感覚が残ってる。――もっとずっとよくないことが起こるって言ってたよな。悪いれいが苦しめようとしてる、と。


 僕はチェイサーを飲んだ。怖ろしくはあるけど、あの女がからむと薄まっていく気がした。安心できるわけじゃない。むしろ不安になるくらいだ。しかし、あのえらく地味で間の抜けた女は恐怖をそのまま感じさせない力を持ってるように思えたのだ。


「なんなんだよ。なんで肩なんか見てる? ――ああ、『重要な話』ってのを聞かされたって言ってたもんな。そりゃなんだったんだ?」


 僕はてんじょうあおいだ。どう言えばいいかわからなかったのだ。全部話せば長くなるし、コイツには理解できないだろう。しかし、それもしょうがない。僕だって理解できてるわけじゃないのだ。


「おい、どうしたんだよ。ほれ、なに言われたんだ?」


「ん、合コンに行くなと言われた」


「は? 合コンに行くな?」


 顔をしかめ、小林は首を振った。き回されたようにけむりはらいでる。


「それだけ聴くとやっぱりなにかあるように思えるな。お前は嫌がってるようだが、向こうは好きなんじゃねえか? そうとしか思えない。じゃなけりゃ、そんなこと言うか?」


「言う場合もある。ごく特殊な状況であればそういうこともあり得る」


「特殊な状況ねぇ。でも、どうするんだよ。お前好みの女がわんさと来るんだぜ。まさか行かないなんて言わねえだろうな?」


 葉巻をくゆらしながら僕は目をつむった。行かないと言えば小林はこう結論づけるだろう。コイツはあの女にしたがった。つまり、二人はデキてる。


 一緒に出社しただけで(しかもそれだって事故みたいなものだったのに)下らない噂が飛びかうことになったのだ。この男が発信する誤った結論はものすごく大きな尾鰭がついて活発に飛びまわるはずだ。それは手に取るようにわかった。だから、僕はこうこたえた。


「もちろん行くよ。行かない理由がない」


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