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見える人  作者: 佐藤清春
街灯が突然消えることについて/鷺沢萌子という名の女
1/25

1-1


そのときも街灯は突然消えた。

かさを傾け、僕は顔をあおけてみた。

周囲を見渡しても

当然のことに他は点灯したままだ。


 こういうのはこれまでにもあった。なんのまえれもなく、いかにも消えそうなちょうこうもなく、突然街灯が消えるというのに何度もそうぐうしてる。回数は憶えていないものの、この三年で七、八回はあったはずだ。


 僕はしばらくそのことの意味を考えてみた。それだけ重なるのだからいん関係が想定できる。つまり、僕の接近と電球が切れることにはなんらかの関係があると考えていい。――いや、どうだろう? とだ。周囲からたどり着いた明かりはビニール傘を輝かせていた。無数についたしずくがそれぞれ光ってるのだ。


 ふと思いつき、僕はまわりにある街灯を数えてみた。だいたい七本くらいある。都内全域であれば何万本、いや、何十万本もあるはずだ。その中には寿じゅみょうきそうなものもあるかもしれない。


 もしそうであれば、七分の一というのが実際にあった割合だから、仮に七十万本の街灯があったとして、その内の十万本はいつ消えてもおかしくないということになる。


 そこまで考えて、いや、ほんとにそうか? と思った。


 きっと区役所からたくを受けた業者が定期交換してるのだろう。そういう仕組みになってなければ、もっと沢山の明かりを消した街灯があるはずだ。逆にいえば、そうなっていないのを考えると、今さっき消えたのは若々しい現役世代のものに違いない。それが突然消えたのだ。そして、問題はそういったタイミングに僕が出会い過ぎてることだった。





 そんな馬鹿なことを考えていたのにはまた別の理由があった。帰りたくなかったのだ。だから、その日も残業して遅くに帰ってきた。少し前までとはまったくの逆だった。ここしばらくはやるべき仕事も投げ出して定時にあがっていたのだ。


 というわけで、ここから回想に入る――


 部屋は二階にあるので通りから窓が見える。その頃の僕は明かりをらす窓を見るだけで嬉しくなったものだ。ドアがひらく瞬間には胸が高鳴ってさえいた。


 ガチャリと音をたててドアはひらく。「お帰りなさい」と言ってくるのは非常に愛らしい顔をした女の子で、さぎさわもえといった。正確な年齢はわからないものの、たぶん二十六、七だったと思う。


「今日も一日ご苦労様でした。晩ご飯はハンバーグよ」


 彼女は()()()()()()そう言ってきた。それからスーツを脱がし、着替えを渡してくれた。まったくいたれりくせりだ。ただ、少しだけ違和感はあった。「お料理って好きなの」と言っていた彼女が作るのはカレーかハンバーグのみだったし、ご飯はいつもパサついていた。しかもカレーの味付けは変わらず、ハンバーグなどはクローンばりにひずみ具合までもが一緒だった。


 つまり、彼女と過ごしていた期間(それは九日間だった)、僕は夕食にカレーかハンバーグのみを食べていたことになる。ときにはカレーのかかったハンバーグというパターンもあった。


「じゃ、シャワー浴びてきちゃって。私は先に使わしてもらったから」


 この台詞せりふも毎日聴いたものだ。僕たちは初めて顔を合わせた日(合コンで知り合った)に寝てから一度もセックスをしてなかった。それどころか裸を見たことすらないのだ。彼女は「恥ずかしいから」などと言って着替えるところも見せなかったし、ベッドで求めても「ちょっと今日は駄目なの。ごめんなさい」と言ってきた。それだって毎晩同じ台詞だった。


 あとから思えばだいぶおかしなところがあったのだ。それでも僕は「明日こそ」と言い聞かせて眠りにつき、足早に帰ってはカレーかハンバーグを食べた。そういうのを毎日繰り返していたのだ。


 それは、「私って子供の頃から結婚願望が強かったの」という言葉を信じたからだ。僕だって(子供の頃からではないにせよ)結婚したく思っていた。三十七歳にもなればそうなって当然だ。


 きっとそういう願いが目を曇らせていたのだろう。まるで天使――などと思いながら彼女を見つめていた。十歳()()()年の離れた子と結婚できる可能性はちょっとした違和感なんて吹き飛ばしてしまったわけだ。だって、僕たちは一緒に暮らしていたのだ。結婚は確定したも同然だった。そうならない理由が見当たらないくらいだ。


 しかし、そうはならなかった。


 街灯が消えた幾日か前(忘れもしない、それは七月十日――のろわれた日だ)、僕は暗い窓を見てまゆをひそめた。それから、おそるおそるチャイムを鳴らした。ただ、内側からドアがひらくことはなかった。





 街灯は消えたままだった。


 首を振り、僕はカップラーメンを買いにコンビニへ向かった。ただ、その途中でまた別の街灯を見あげた。思い出したことがあったのだ。あの女と出会った幾日か前にもこいつが消えたっけな――とだ。


 いったいどういうことだろう? 身体からなにかが放出されてたりするのだろうか?


 でん的なものかもしれない。そう考え、肩をすくめた。そっち方面のことなんてなにひとつ知らないのだ。人間から電磁波が放出するかなんて知らないし、それで電球が切れるかだってわからない。


 雨は強くなってきた。階段をあがり、僕は部屋へ入った。その瞬間に溜息が洩れた。七月十日、あの呪われた日に見たのとほぼ同じ状態だったのだ。


 服はあちこちに散らばってるし、小物のたぐいも転がっている。鷺沢萌子と名乗っていた女はあらゆる物を持ち出し、消えていた。すいはんや電子レンジまでなくなっていたのだ(だから、僕はカップラーメンを食べるしかなかったわけだ)。もちろん通帳や印鑑、キャッシュカードなんかもぬすまれていた。


 あの女は九日間かけて暗証番号を割り出したに違いない。初めからそういうつもりで近づいてきたプロなのだ。そして、プロらしく証拠になるものはほとんど残してなかった。警察に通報はしなかったものの、きっとすじ一本、もん一つも残していないはずだ。


 しかし、唯一残していったものがあった。それは二人でカレーあるいはハンバーグを食べていたダイニングテーブルに置いてあった。一枚の紙切れであり、それも僕のノートから引き千切られたものだ。それを手にしたとき、自然と涙があふれ出た。


 そこには『バーカ!!』と書いてあった。


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