3話。ーー退屈だから事件を起こしてみたらどうかしら。・2
「リーネは何を書いてきたのかしら」
気持ちが落ち着いたところでセレーネが手紙に意識を向ける。マルティナが素早くペーパーナイフを取り出して封を開けた。セレーネは当然のように開封された封筒から手紙を取り出す。
途端にエレクトリーネが普段から使用する柑橘系の香水が手紙から香った。
尚、エレクトリーネはその見た目同様に爽やかな柑橘系の香りを好む。
対してセレーネは見た目とは正反対にスパイシーな香りを好む。セレーネの見た目で香水を選ぶとなると甘い香りがするものになりそうだが、セレーネ曰く、甘ったるくて好きじゃない、である。
「あら……」
セレーネは首を捻りエレクトリーネからの手紙を読む。マルティナは黙って指示を待つ。
「ティナ」
「はい」
「リーネがあなたの知識を貸して欲しいそうよ」
マルティナは指先だけ動かして動揺を表す。
高位貴族になればなるほど使用人も質の高さを求められるのが普通なので、例えば王族の秘密を聞いたとしても聞いてないことにするもの。簡単に言えば耳から耳へ通り過ぎて行くというか、他国の知らない言語を聞いたようなものと同じく聞いたけれど聞いてないのと同じ。
だから主人の望むこと以外は主人以外に何を言われても動じないのが良い使用人ということ。
ただマルティナはまだまだ未熟なので主人であるセレーネの一言で動揺を見せてしまった。
「ティナ。まだ未熟ね」
「大変失礼致しました」
「まぁいいわ」
「して、お嬢様。私の知識の何をお求めでしょう」
エレクトリーネが望んでいても、セレーネが望んでいないのならマルティナは何も言わないし、何もしない。
相手が女王だろうとマルティナの主人はセレーネだから。
なので、セレーネに尋ねるのだ。
「リーネとわたくしを平民にして欲しいの」
「仰せのままに」
つまり、マルティナのメイク術でエレクトリーネとセレーネを平民に見えるようにして欲しい、という事だろう。
尚、マルティナは自分の休日には平民街へ出向いて青空散髪屋をしている。
これは、小遣い稼ぎ、ではなくて、平民の髪を切ることで合法的にその髪を手に入れることを目的としている。魔法なんて無いのだから、こうして地道に活動してエレクトリーネやセレーネのような如何にも貴族です、と言わんばかりの髪を隠せるようにせっせと髪を集め、束ねて簡単な鬘を作っている。
全てはセレーネのために。
セレーネもマルティナのその努力と努力に見合う腕を知っているからこそ、疑うことなく頼んでいる。
「それと」
セレーネは平民に見えるようにメイクをするよう命じるだけでなく、本来のマルティナの知識を所望する。……前世である日本人の。
「ティナは確かサンドルトが第一王子、という設定の物語を読んでいた、と言ったわね」
「……はい」
マルティナは、やはりそちらの知識も欲しいのか、と思いながら肯定する。
「では、第二王子以下も居るのかしら、とお訊ねよ」
エレクトリーネが、である。
「おります。第二王子殿下の名はエレクトル」
「もしや、リーネが男だったということ?」
「お姿も女王陛下の見た目に近い表現でしたので、おそらくは」
「ふふ。本当にあなたが居たという前世とやらの世界は面白いわね。リーネが男だなんて」
全く面白くなさそうにセレーネは溢すが、マルティナは何も言わない。
答えようが無いからだ。何しろ読んでた漫画の話である。マルティナにはどうする術も無い。
「それで? 他には?」
「第三王子殿下がいらっしゃる、という設定でしたが、私の知る限りは出て来たことが有りません。というのも、第三王子殿下は王妃殿下の子ではなく、国王陛下が戯れに情をかけたメイドの一人に産ませたからです。そのメイドに嫉妬した王妃殿下がクビを言い渡し、メイドを王城から放逐。メイドの実家は下位貴族のため、王妃殿下に睨まれたらやっていけない、とメイドが帰って来ても無視をして、メイドは平民に。一人、どうやって生きて行こうか悩んでた時に子を身籠っていることに気づいて、元メイドは国王陛下の子である以上、どんなことをしてでも生きることしか無かった。そうして国王陛下の子を産み、育てていたけれど元メイドは王妃殿下や国王陛下に子の存在を知られたくない、と何も報告をしていなかったわけです。その後、私は物語を読んでいないので知りませんが、メイドが国王陛下の子を産んで育てている所までは物語に書いてありましたので、第三王子殿下……元メイドが名付けたのは、ノースという子が居る、という話でした」
久しぶりにマルティナは前世の知識を披露することになって、思い出しながらゆっくりと言葉を紡いだ。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
なんだか早く更新出来ました。
気分が乗った、と思われます。
次回更新は、多分今月末の予定




