3話。ーー退屈だから事件を起こしてみたらどうかしら。・1
「あら?」
「どうかしましたか、お嬢様」
「リーネから手紙が届いているのが珍しくて。……此処は学園なのに」
セレーネが長い髪をそっと耳にかける。
その仕草だけで名前の通り月の女神のようで見ているだけならば鑑賞としての価値がある。……その性格を知らない者だけの特権だと思われるが、生憎とセレーネの声に反応した専属侍女のマルティナは、そんなセレーネに忠実であっても盲目ではないので特に何とも思わない。
「ああ、そういえばお嬢様が授業を受けていらしている間に女王陛下のご婚約者様自らがお届けにいらっしゃいました。丁重に受け取らせて頂いた後は、丁重にお帰り頂くようにお願い申し上げるのに苦労致しましたね」
マルティナは淡々と学園の門前に現れた、という男の話をしている。しかし、セレーネはその男がとても嫌いなので現れた、と耳にしただけで不機嫌になった。……その不機嫌の理由の一端は自分が担っていることを知っているマルティナは、セレーネの気持ちを落ち着かせるために素早くお茶の準備を行う。
「あの、男が、来た、ですって?」
「……はい」
「それで、ティナが、会った、と?」
「お嬢様がお嫌いでも私が嫌いでも女王陛下のご婚約者様でございます。学園の門前に現れたあのお方を、学園の門番が対応出来るとでも仰いますか?」
然りげ無くマルティナは、自分も女王陛下の婚約者が嫌いだと言っておく。心にも無い……ことはない。実際に嫌いだが、普段は不敬になるから言わない。
ただ、今は怒りを抱くセレーネを宥めるためと、セレーネと自分以外、誰も居ないことから本音を溢した。
「そうね。そういえばティナもあの男が嫌いだったわね」
セレーネはマルティナの本音に頷くとマルティナが安堵してそっと置いたお茶に口を付ける。
「いい香りと温度。さすがティナだわ」
「ありがとうございます、お嬢様」
「それにしても、あの男自らがリーネの手紙を持って来るなんて……嫌がらせね」
「嫌がらせですね」
セレーネはエレクトリーネの婚約者が態々やって来たことに対して嫌がらせ、と判断する。マルティナも同調した。
前世の記憶持ちであるマルティナは、マンガの中では第一王子殿下という身分を持ったサンドルトが前世の頃から嫌いだった。
それはセレーネに前世の話を打ち明けた時から伝えているので、セレーネも落ち着いたらしい。……尤も、マンガの中ではサンドルトと自分が婚約者だった、と聞いたセレーネが黒い笑みを浮かべたので、マルティナは今世の死を早くも実感したのではあったが。
マンガでは第一王子。そして現実ではエレクトリーネ女王陛下の婚約者。それがサンドルト・ペサック公爵の立ち位置だ。サンドルトはエレクトリーネとセレーネと幼馴染で、小さな頃から共に成長してきた。
……そしてエレクトリーネのことを敬愛していて、常に一緒に居たがる。だがエレクトリーネはサンドルトよりセレーネとの時間を過ごすことを優先したがる傾向にあるので、サンドルトはセレーネが嫌いだ。
ちなみにセレーネもエレクトリーネと過ごす時間を大切にしているのでわざと割り込んで来るサンドルトのことが昔から大嫌いだった。
とはいえ、王配になれる実力はあるし、仕事も出来るのも知っている。何しろエレクトリーネの側近なのだから。
例の男爵の件で現れたのは、このサンドルトだった。掻っ攫っていったことは今でも根に持っている。エレクトリーネの命だから仕方なかったとはいえ、ああいう横から掻っ攫うような所も嫌いであった。
尚、二人が正式に婚姻式を挙げてないのは、エレクトリーネが急遽女王の座に就くことになったから、である。戴冠式だけは何とか済ませたが婚姻式は配慮して行っていない。
……エレクトリーネの母である前王妃は元々他国の王女でエレクトリーネの父である前国王と婚姻したら、中々国に帰れないだろうことを覚悟して嫁いで来たものの、自身の母が病に罹り余命幾許もないことを知って、前国王に離縁を、と頼んだらしい。
覚悟はそれなりにしたものの、やはり母の余命が短いと知ったのなら看取りたいと願ってしまったらしく、前王妃は夫に離縁を望んだ。
しかし前王妃を愛する前国王は、それなら……とエレクトリーネに国王の座を譲って二人で前王妃の母国へと旅立ってしまった。
つまりそんな事情からエレクトリーネは急に女王の座に就いたので、婚姻式も挙行する時間がなかったので、二人は未だに婚約者であった。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
更新が随分と遅くなりましてすみませんでした。
次の更新は多分今月末か来月中。