5話。ーー弱者を泣かせる者はお仕置きです!(中)
「取り敢えず、どうしたらノースという者に出会えるのか考える必要があるな」
エレクトリーネが困ったように呟き、セレーネもそれはそうだ、と顔を顰める。あのサンドルトが易々とエレクトリーネとセレーネに会わせるとは思えない。腹黒どころか全身真っ黒な男なのだから。
「陛下、発言をお許しください」
「うん?」
「エレクトリーネ女王陛下が直接お会いするのは難しいですが、お嬢様ならば可能性は高いか、と」
サラリと接触可能だとマルティナが提示する。それにはセレーネですら、驚いた。
「ティナ? えっ、リーネは会えないのにわたくしが会えるってなぜ?」
「そ、そうだ。レーネが会えるという意味は? あのサンドルトがレーネを近づけるとは思えんが」
セレーネもエレクトリーネもそう言うが、マルティナは事も無く答えを提示する。
「いえ、簡単です。お嬢様は学園に通っていらっしゃいますから」
「「あ」」
盲点だった、と言わんばかりに二人が声を上げる。この国では王族も貴族も基本的に学園に通い、卒業していることが最低条件で後継ぎになれる。
つまり、ノースをエレクトリーネの代わりに国王の座に着けたいのであれば、その出生を公表し、学園に入らなくてはならない。途中入学をしても学園卒業は必須。自主退学も退学勧告もその時点で貴族は跡取り資格剥奪だし、王族は王位継承権剥奪。
優秀であれば飛び級制度を使って卒業出来るがそれでも最短で二年は通うことになる。
サンドルトはこの飛び級制度を利用して最短で学園を卒業した切れ者だ。彼の場合王配候補だから王配候補剥奪をされないために卒業は必須。そしてエレクトリーネと共に居る時間を増やしたいがために最短で卒業していたわけだ。
さておき。
ノースの王位継承権を主張するのであれば学園に入学し卒業することは最低限の必須条件。つまり、セレーネと同じくらいの年齢であるだろうノースはセレーネが卒業するまでには入学し在籍していなくてはならない。
「それはそうですわね。リーネの後継と言うのであれば、学園在籍からの卒業は必須ですもの。いくらサンドルトがノースに護衛や監視を付けようとも接触の可能性は高いですわね」
セレーネはあまり興味無かった学園生活が、面白くなりそうだと理解して、俄然意欲が沸いた。
「いえ、可能性は高いではなく、接触してしまえばよろしいか、と」
マルティナの発言にセレーネは考える。
「……ああなるほど。隙を見て接触するのではなく正面から接触しろ、と? どうせわたくしに接触するな、とサンドルトのことだから言い聞かせているだろうし?」
「左様にございます。護衛と監視は付いているでしょうが、仮にノースが王族だと公表したとして、皆が、分かりました。と受け入れるものでしょうか」
マルティナのこの言葉にハッとしたのはエレクトリーネだ。
「そうか。私が女王として彼を王族として認める発言をしない限りノースとやらは、不安定な立場。サンドルトがどれだけ王族だと主張しても私が認めるか否か、それが貴族達にとって重要だな」
それを受けてセレーネが続ける。
「きっとリーネに王族として認めるように詰め寄って来るでしょうね。でもリーネに認めさせようとアレコレ画策している間にさっさと接触してノースの意思を確認しましょうか」
方針が決まりエレクトリーネとセレーネは頷き合う。学園でしか接触出来ないが、逆に学園だったからこそ良かったのかもしれない。
方針さえ決まってしまえば後はどうということもない。
ただ。
それから九日。
学園内で護衛の行動制限が掛かるはずなのに、公爵家の令嬢であるセレーネですら護衛が足止めをすることになるとはセレーネもマルティナも思いもよらなかった。というのも、護衛はサンドルトの家の者なのでセレーネの命を聞くことは無い存在だったから。
「まずいわね。あまり時間が掛かるとそれだけサンドルトの思う壺だわ」
生まれは貴族の中でもトップである公爵家。
その中でも権力も富も名声もある家柄。
言わば地位・名声・富・権力全てが揃っている家である他に王家とも血縁続きで更に女王と跡取りであるセレーネとの仲は頗る良い。
おまけにセレーネ本人は頭の回転は早いし容姿も月の精か女神とまで言われる美貌。
故に生まれた時から欲しい物は何でも手に入り、今までは労せず様々なことがセレーネ本人の掌の上で転がって思う通りに動いてきた。
併し、現状、思う通りにも動かない。
こんなことは今まで無かったから初めて焦りというものを感じている。
それだけサンドルトの本気を実感しているとも言えるだろう。
マルティナはそんなセレーネを見ていて、一つの決断をする。
「お嬢様、私を手放す気はありませんか」
「は?」
セレーネは何を言い出したか、と自分付きの侍女を見る。
「どうせ、生家はもう無いも同然。男爵家に迷惑は掛かるでしょうが、お嬢様ならば何とか出来るでしょう。私が騒ぎを起こします。お嬢様はそれに耐えられず私を手放してください。きっとその騒ぎで護衛にも、ノース本人にも、隙が出来ます。見たところ、自分の出自を知っているか知らないままか、それは分かりませんが、ノース本人は現状を疎んでいます。平民暮らしが長かった所為でしょう。人によっては急な貴族暮らしを喜んで溺れて破滅する者も居ますが、ノースの明らかに嫌々ながらの勉強や周囲に馴染めず孤立している姿から察するに、貴族暮らしをまるで喜んでおりません。だから、彼の真意をさっさと確かめて平穏な暮らしに戻すためにも、私という使用人を切り捨ててください。騒ぎを起こせばサンドルトに攻撃される手札にされてしまうでしょうが、衆目の場で切り捨てることで、何とか出来ますよね? お嬢様ならば」
マルティナの話は理解出来る。
現状を打破するためならば、ゴーサインを出すべきだとセレーネも分かっている。
それでも。
「だけど」
「お嬢様」
セレーネがマルティナを切り捨てる決断が出来ずに口籠るが、マルティナは決断を促すようにセレーネに呼びかける。
「ティナ」
「お嬢様、彼は、弱者なのです」
マルティナのその一言にセレーネは唇をキュッと引き結んでから頷く。
「弱者を泣かせる者はお仕置きしなくては、ね」
「それでこそ、お嬢様です」
決行は翌日、と決まった。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
次話は来月。