4話。ーーでは、現実世界の彼は?(後)
エレクトリーネの手の者の案内でその者の元へ急ぎ向かってみたのだが。一歩遅く、何者かに連れ去られた後だった。というのも、その者……名をノースという青年……が連れ去られたと頻りに騒ぐ何人かの平民が居たからだ。
エレクトリーネ・セレーネ・マルティナは顔を見合わせる。
「私が聞いて参ります。お嬢様方はこちらでお待ちになってください」
即座にマルティナが言えば、セレーネが首を振った。
「わたくしも行きます。リーネ、少し待っていて」
「レーネ、だが」
「ここはわたくしとティナに任せて」
セレーネにこう言われてしまえばエレクトリーネも強く言えず。マルティナとセレーネは然りげ無く騒ぐ平民達の一人に近づいた。
「すみません、何やら騒がしいですが、どうしましたか」
急に声をかけられた女性は日本で言うなら一般人の主婦といったところか。
警戒心を顕に誰コレ、という視線を向けてくる女性にマルティナが笑顔を浮かべた。
「こちらは富裕層のお嬢様で私はお嬢様の供なのですが、この辺に腕利きの職人が居ると聞いて仕事を依頼したくて参りました。ところがこの騒ぎでしょう? もしや、お嬢様が探しておられる職人かと思いまして」
澱みない説明に女性は疑いを打ち消したようで、なるほどと頷く。この辺りでは見ないようなどこぞのお嬢様らしき娘が居ることが不思議だったが、そういった理由ならば分かる。偶にお金持ちの気紛れのように職人に直接仕事を依頼する者が居ないわけじゃないから。
女性は警戒心を取払い、騒ぎの内容を掻い摘んで説明する。
「お嬢様がどんな職人を探しているのか知らないけれどね、ノースは違うと思うよ」
「お名前を聞く限りは違いそうですが、もう少し詳しく」
「嘘じゃないさ。ノースは……そうだね。あんた達よりもちょっとだけ年上の男の子でね。先ごろ母親が病気で死んじまったところさ。父親は居なくてねぇ。家族を亡くして落ち込んでいたから、私や他の者達もノースのことを心配していたのさ。ところがさっきだよ。場違いな綺麗な顔した男が騎士みたいなやつらを二人連れて来てね。ノースの家に押し入ったと思ったら、尋ねたいことがあるって騎士みたいな二人に捕らえさせて連れて行っちまったんだ。私らも必死で止めたけど、綺麗な男が、自分は貴族だから構わないとか言ってさ。そのまま」
身分制度のある国では貴族が平民に命令することはよくある。それに逆らえばどんな罰を受けるのか分からないというのも常のこと。それ以上は止めることが出来なかったのだろう。
マルティナはそう思い女性に礼を述べて去ろうとしたのだが。
「ねぇ、その貴族の人ってどんな男だったの?」
セレーネが不意に尋ねた。
女性が口にした外見に、セレーネもマルティナも顔を痙攣らせなかったことは褒められていいと思ったが、それどころではない。
女性に改めて礼を述べた後、待っているエレクトリーネの元へ足早に戻った。
「やられたわ、リーネ」
「どうした」
「アイツよ、サンドルト。アイツがノースを連れ去ったみたい」
エレクトリーネは心の何処かで、もし攫われたのだとしたらサンドルトが原因ではないか、と思っていたので、やはり……と納得してしまう。だが一方で、そうでなければいい、とも思っていた。
サンドルトが相手だと厄介だから。
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