4話。ーーでは、現実世界の彼は?(前)
「ふむ。物語だからなのだろうが、どのような人物なのか母親ですら容姿も分からぬのは歯痒いな」
エレクトリーネが悔しそうに唇を噛む。そんな姿でさえ気品が漂うので平民に溶け込めるだろうか、と若干マルティナは不安に駆られる。
富裕層のお嬢様でもこんな気品は出ないだろう。
「お嬢様方。帽子、帽子を被りましょう。見た目が富裕層の平民でも気品が隠せていません。貴族だとバレます」
悔やむエレクトリーネに何か声を掛けようとしたセレーネより早く、マルティナは真顔で念の為に、と準備していたつばの広い帽子を二人に手渡す。
「ティナ。わたくしの言葉を遮りましたわね」
ちょっと不貞腐れるセレーネ。
「これから外に出るのに溢れる気品を隠せないお嬢様方が問題なので」
シレッと言い返したマルティナをジッとみてから改めてセレーネがエレクトリーネに声をかける。
「リーネ。容姿は分からずとも構いませんわ。ロケットペンダントなど平民では手が出せない代物を持っている人物を当たれば宜しいのよ」
「普段は服の下などに隠しているでしょうから分かり難いと思われますね」
セレーネの発言は正しいが簡単に判明するとは思えない。服の下に慎重に隠しているだろう。そんなことを伝えるマルティナにセレーネは大丈夫よ、と笑う。
「出させればいいの」
あ、そうですよねー。
マルティナはその当然の口調に同調しそうになって目を泳がす。これだから権力者は、とは思うものの、まぁそういうことになるだろう。方法は穏便にしてもらいたいものだが。
「ところで、王族の血を引くお方とやらは、目星がついておられます?」
気を取り直してマルティナが尋ねれば「めぼシ」とエレクトリーネもセレーネもアクセントが迷子な口調で繰り返す。
マルティナは思った。
ああ、目星って日本語か。こちらの世界には無い言葉か。どう言えばいいかな。
「ええと、この者がおそらく王族の血を引いているだろうという……」
「ああ、予測の者か」
マルティナの説明にエレクトリーネが即座に反応する。ちなみに目星の説明を求められたので、コイツがそうだろう、という予想した相手を目星を付けると表現するのだと適当に説明する。
考えてみたら目ぼしいとかって言い方もしたような前世の日本での言葉は、きちんと由来なども知らずに使用していたので説明しようにも詳しくは出来ないことに気付いた。
でもまぁざっくりとした説明で許してもらえたようなのでマルティナはホッとした。
「そうだな。予測は出来ている」
エレクトリーネの断言にセレーネが付け加える。
「先ずは貴族出身であること。誰のお手つきだろうと王族と関われる女性なら政務官か侍女でしかないでしょう。メイドや下働きの女性が王族と直接関われることなんて無いもの」
「それは、そうですね」
王城で働く使用人のうち、水汲みだの竈の火おこしだの王城の廊下の拭き掃除や窓掃除だのというのは下働きの仕事。料理を作り食堂に運んだり片付けたり通常の掃除や洗濯などはメイドの仕事。
どちらの仕事も平民の仕事。
そこから成り上がることは可能だけど、下働きからメイドに昇格するのなら昇格試験を受ける必要と保証人として二人以上の下働きの推薦が必要になってくる。それがクリア出来てメイドに昇格する。
メイドから侍女への昇格は、貴族でないと侍女には成れないために、先ずは男爵位でもいいから貴族の養女となる。その家が要するに後ろ盾となるからその貴族の名に傷が付かないように振る舞うのは当然のこと。それから昇格試験の合格も当然だが、その昇格試験を受けるために保証人としてメイドが三人以上とメイド長の推薦が必要になってくる。
最初から侍女として雇われた或いは侍女に成り上がった者だけが王族と関わるような仕事につける。
部屋の掃除とか王族の方達の洗濯物とか。部屋付きだったり専属侍女だったりというのは、更に試験だの保証人だのが必要になる。
つまりまぁ、王族の血を引く子を産んだ女性は、どうしても侍女か女性政務官の経験者でしか有り得ない。
元平民だとしても成り上がって侍女にでも昇格していたとしたら、貴族のマナーや作法などを知っている相手だから平民街に居ても所作や言葉遣いなどで見つかる可能性は高い。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
ゴールデンウィーク中のストック?
はて、何のことでしょう。
次話は来月更新予定です。




