3話。ーー退屈だから事件を起こしてみたらどうかしら。・4
お忍び当日は、学園に休みを届け出て外出許可ももらっておいたのでスムーズに学園の外に出た。貴族の子息令嬢が通うので、家の用事で休むなど良くあることである。それにセレーネはエレクトリーネ女王陛下の従姉妹で公爵令嬢。学園長と言えど、軽々しく口は出せない相手。
あまり目立たない王家の馬車で迎えを寄越されたセレーネとマルティナは乗り込んだ時にエレクトリーネが乗り込んでいたことに少し驚く。
だが、元々人を驚かせることが好きな性質でセレーネは、いつもの悪戯心が出たのね、と流す。マルティナは不意打ちに動揺して馬車の扉に頭をぶつけたので二人からクスクス笑われた。
「済まないな、マルティナよ」
「いえ、女王陛下、こちらこそ醜態を晒しました」
驚かせたのはエレクトリーネであっても、この場合謝るのはマルティナの方なので、軽やかに謝られてマルティナは慌てて頭を下げた。
「良い。私の悪戯心が疼いたものでな」
……やっぱりセレーネと従姉妹だ、とマルティナは心底納得した。
「リーネ、ティナから聞いたわ。確かに第二王子と第三王子は居たらしい」
「そうか」
「リーネが第二王子だそうよ」
「ほう。サンドルトが王子という物語も面白いな、とは思ったが私が王子か?」
くつくつとエレクトリーネが笑い声を上げるが、それがどんな感情から来る笑いなのかマルティナには予測出来ない。怒りを抱いても笑うことが出来るのが王族というものなのだから。
「ね。面白いわね」
「そうだな。まぁ私が王子だったとしたのなら、アレと婚約などしなくて良かっただろうし、私はレーネを婚約者として迎え入れただろうけどな」
「そうね。私もリーネの婚約者になら喜んでなりますわね。あんなのと物語上でも婚約なんて虫唾が走りますわ」
マルティナは、この空間に自分が居るのは何かの罰だろうか、と心底泣きたい気持ちになった。
セレーネはサンドルトとは婚約していないが、物語上でも婚約者という立場がかなりお気に召さないようなのは、マルティナも知っていた。何しろ蛇蝎の如く嫌っているのだから。
併し、エレクトリーネもサンドルトを嫌っているとはマルティナは予想していなかった。
社交場に出たことのないマルティナでも、女王陛下と婚約者様の仲睦まじい姿とやらがあの子爵夫妻の口から聞いたことがあるからだ。
もしや、あの子爵夫妻が嘘でも口にしていたのだろうか。
「レーネの気持ちは分かる。私も嫌だが、それでもアレが婚約者なことは事実だから仕方ない。……そうだ、マルティナよ。このことは他言無用に頼む。これでも私は婚約者とは仲睦まじい、と評判なのでな」
どうやら子爵夫妻が嘘を吐いたのではなく、エレクトリーネが周囲を騙していることを知った。
御意、と返事をしてから気持ちを切り替える。もうすぐ平民街に馬車が到着してしまう。
サッとメイク道具と自作カツラを準備する。先ずはエレクトリーネの紐で結えた豊かな髪を燻んだ茶髪のカツラの中に隠す。
同じくセレーネの煌びやかな髪も紐で結えて同じような色合いのカツラの中に隠す。
その後、二人の顔にサッと日焼けしたような肌に見えるようやや黒いパウダーを叩いた後で鼻を中心に雀斑をつけていく。
さらにパッチリとした二人の目を瞼の上に濃く影をつけて野暮ったく見えるようにして、潤いのある艶々した唇をカサカサしているように見えるよう、かなり燻んだ口紅を刷毛で乗せていく。
この化粧品は休日に平民街へ赴いて全てマルティナが自腹を切って購入したものだ。見張りからの報告を受けたのだろうセレーネに帰宅後に問われて答えた。
「良い化粧品を使用すると平民に身を窶すことは出来ません。平民が使用しているあまり良いとは言えない品で化粧をすることで、平民に近づけることが出来ます。とはいえ、お嬢様の美貌は隠せませんけれど。後、肌に合わない化粧品を使用しますから必ず公爵家のお嬢様を磨くことに情熱を傾けている先輩侍女の皆さまのアフターケアを受け入れて下さいね」
セレーネは、変装するためには、質が良くない化粧品を買って化粧を施そうとするマルティナの拘り具合を面白く思って、了承した。
……そして、現在、その化粧品を使用したマルティナの技が遺憾無く発揮されたのである。
どこからどう見ても平民の姉妹。
とはいえ、着ている平民服は富裕層の平民のお嬢様方が着る素材なので、どこぞの商家のお嬢様姉妹といった風体ではあったが。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
次話も来月更新予定です。




