3話。ーー退屈だから事件を起こしてみたらどうかしら。・3
「そう。……ということはリーネの勘通り、ね」
マルティナは何も言わない。セレーネの独り言なので。
「ティナ」
「はい」
「リーネからの手紙には、王家の血を引く者が現れたと記されているわ」
「王家の血を……?」
「ティナを専属侍女にして暫くは退屈な日々が終わったと思ったのだけれど、此処のところ退屈になりつつあったから、事件を起こしてみたら楽しいかしら、と考えていたのだけど」
セレーネの言葉にマルティナは盛大に顔を痙攣らせてしまう。……とことんまだまだ未熟だ。
とはいえ、退屈だから事件を起こそうと考える辺りは普通の令嬢の考え方ではないので、マルティナが顔を痙攣らせても仕方ないのかもしれないが。
「お、お嬢様……」
なんて恐ろしいことを軽々しく口にするんですか……と呟くマルティナの肩を落とした様子など見ずに、セレーネは続ける。
「だって退屈だったのだもの。退屈は嫌よ。生きていることを実感出来ないのだから」
権力もあり、金もあり、人から羨ましがられる美貌も賢さもある、というセレーネだからこその贅沢な悩みかもしれないが、欲しい物が手に入らないから苦心する、ことなど当然無いし、言いたいことがあっても身分差で言いたいことを飲み込む必要なんて、当然無い。
だから退屈が嫌なのだろう、とマルティナは理解するが、それでも発想が危険なことには変わりないので、顔は痙攣らせてしまう。
取り敢えず話を戻すことにしよう、とマルティナは頭を切り替えた。
「それで、王家の血を引く者は、市井に居る、と?」
市井……つまり貴族ではなく平民か、とマルティナは尋ねた。
「ええ。リーネはその調査をしたくて平民の姿になりたいそうよ」
「畏まりました」
平民に紛れて王族が生活をしている場合は、エレクトリーネ女王が把握していないことはない。
という事は、王族の誰かが産ませた子が平民の中に居るということになる、とマルティナは予想したが、そこは尋ねない。セレーネが話さないことを尋ねるのは侍女に有るまじき行為だ。だから黙って受け入れる。
専属侍女とは仕える主の望むままに振る舞うことを求められている、ということ。
主のために主の身の回りの世話はもちろんのことだが、主が求めるならばそれを叶える。そんな存在が専属ということだ、とマルティナは思っている。
マルティナの主人はセレーネであり、セレーネの父である公爵でもセレーネの従姉妹であるエレクトリーネ女王陛下でもない。マルティナの戸籍を準備したのが公爵であってもセレーネの小遣いからマルティナの賃金は出ているので、マルティナの雇い主もセレーネであった。
だから、マルティナはセレーネの望みを自身で出来ること全てで叶えようと動く。
マルティナを雇用しているから、それだけではなくて前世持ちだというマルティナを、頭のおかしな人物だと思わずに面白いと笑って受け入れてくれるような人だから。
「リーネの父であり私の伯父である前国王陛下の落とし胤というのがティナの物語に合うような話になりそうだけど。伯父様は前王妃……つまりリーネの母を大切にしていたのよねぇ。確かに政略結婚だったし、恋をしていた二人では無かったけれど、互いを慈しみ大切にし、信じ合って関係を築いていただけに、恋情はなくても愛情はあった。その伯父様が前王妃殿下以外の女性と一夜を共にする、なんて考えられないのよね……。あの伯父様は、国と民が第一で前王妃殿下のことも妃として、国母として、自分のパートナーとして、伴侶として、戦友として大切にしていたし……恋愛の感情だけは分からない、と生前言い切っていた人だから、恋に溺れたとも考え難いから……先王の落とし胤という可能性は限りなく低いはずなのだけど……。王家の血を引く者の存在が気になるわね……」
セレーネは考えつつ独り言を溢していく。
エレクトリーネの父である前国王陛下は、伴侶である王妃殿下以外に見向きもしなかったが、どちらかと言えば友人のような関係であり家族のような関係を築いており、恋人という関係ではなかった。
だが、他の女性にも恋愛の情を抱いたことは無さそうだし、本人もそんな経験が無いと言い切っていたような人物だったので、王家の血を引く者が現れたようだ、というエレクトリーネからの手紙には、半信半疑のセレーネが居た。
「可能性としては、前国王陛下ではなく、その上……お祖父様世代のやらかしかしら、ね」
その可能性はあるかもしれないが、詳しいことも知らずに考えていても埒が明かないので、セレーネはそれ以上考えることをやめてエレクトリーネと共にお忍びで平民街へ赴く時を待つ事にした。
ーー既に日程が決まっていたのであるのだから。
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次話は来月中には更新予定。




