番外IF編・双子は仮想の姿を得る【1/4】
前編、中編、後編で分ける予定です。
「皆さんこんばんは! 今日も一日お疲れ様です!」
パソコンの前で、明るい声で呼びかけて両手を握る。
むん、と力む様な動作を反映して、画面の向こうでアバターが動いた。
「……じゃなくて、こほんっ。あなたの時間を独り占めっ! 海底の乙姫ストリーマーこと、海里鳴です!」
今や普遍的な動画ジャンルである、ヴァーチャルストリーマー。最初期に現れた五人──現在は原始のVと呼ばれている──を切っ掛けに、世界中で流行したという歴史がある。
そこから二十年ほど経った今、誰でもVstreamerを名乗れる程には技術やソフトが広まっていた。今やフリーソフトのみを利用していたとしても、そこから成功者が現れても可笑しく無いぐらいには、誰もが高品質で高度な配信ができる環境となった。
『おはなるー』
『おはなる!』
『おはよう可愛い』
『そろそろ挨拶にも慣れないとね』
「うーん。まだまだはずかしいんですよね……とにかくおはようと言うことで!」
そして私は、その成功者の中の一人……では無いんですけれど。
一応収益化は果たしているものの、投げ銭してくれる頻度も値段もそう多くはなく、数週間貯めればゲーム一つ買えるかなー。くらいの物です。
『二度目のおはなるー』
『太陽は二度登る』
「はい、それでは挨拶も済みましたので……えっと、今日は水曜日ですね。私にとっても縁の深い日です♪」
『先週も聞いた』
『この世界……ループしている?!』
『水曜日だから水着もお披露目しないとね?』
『水着おじさんもループしてる』
「仕方ないじゃないですかー。毎日お話考えるのも大変なんですよ? お姉ちゃんのお話も不評らしいですし……」
『熱入ると危うい情報まで湧いて出るからダメー』
『無限に話せるのはもう分かったからお口チャックしようね』
不評、というのも違いますけど、咎められている現状である事は確かなので、仕方無しと諦めます。
リスナーもとい、亀さんたちの優しさと配慮には感謝ですが、それはそれとして自慢のお姉ちゃんのお話が出来ないのは残念に思います。
「むー……それじゃあ亀さんが話題出してください」
私の考える話題ではダメという事になると、頼れるのはリスナーが話してくれる話題しかなくなってしまいます。
リスナーさん達も同じように思ってくれているのか、幾らか話題になるような質問や情報がコメント欄に流れてきます。
『そういえば、今妙に話題になってる新人が居るよな』
「新人のVストリーマーさんですね。どういう方ですか?」
『知らないのかエイデン』
『話題の新人Vストリーマー、なんとリアルな双子なんだと』
「双子……ですか?」
・
・
・
この世界には、俺という人物が二人居るらしい。
教室でその事実に気付かされた日、俺たちは二人でうなり声をあげて悩んでいた。
横に居るのは、玉川明。今朝突如として現れた二人目の俺であり、女性として生まれた俺でもある。
異性とは言え、経験してきた過去はほぼ一緒らしく、考え方や価値観は殆ど同じだと思っても差し支え無い様な程度だった。一人っ子で且つ他人が好きじゃ無い俺でも、一日もせずに打ち明けることができた。
そんな彼女と何を悩んでいるのかと言うと、簡単に言えばこの世界の不親切さであった。
二人に増えた俺達が矛盾なく存在できるようにか、双子という関係が与えられていた。それに合わせて、教室の席順は勿論、生徒手帳だったりが改変されていた。確認はしていないが戸籍にも改変が施されている筈だ。
我が家に関しても、当然の様に二人分寝られるサイズのベッドが用意されていたし、携帯の充電器も双子二人分が置かれていた。
その中の例外が、俺達の生活にとって欠かせない、このノートパソコンであった。
「……一個しか」
「……ない、な」
自分用のパソコンが、一個しかない。
これは問題である。外で遊んだり、宿題以外に勉強する様な性格ではない俺たちは、その時間の大半をパソコンを用いたゲームに費やしている。
このままでは、我が家に一台しかないテレビのリモコンを取り合う様に、二人で一つのパソコンを取り合う事になってしまう。
一応、母からお古のノートパソコンを譲ってもらう事は出来るが、その性能はゲームを遊ぶのに十分とは言い難い。
「借りるのは良いけど」
「性能が足りない」
そうなると、新しく買わないといけない……が、それも難しい。
俺たちの要求を満たす様なパソコンを買おうとすると、少なくとも二十万円は下らない。間違いなく俺たちのお小遣いを足し算しても足りない額である。
「何も考えずに強請れれば良いんだが、母にはあまり負担を掛けたくないな」
「じゃあ、バイトする? ……いや、働きたくないな」
見事に二人揃ってゲーム好きとあらば、バイトに出向く意欲だけ妙に沸いてこない。しかしそうすると、新しいパソコンの為の資金を確保できない。
バイトか、パソコンか。この選択肢の間で、俺たち二人は揺れていた。バイトをする覚悟も、今後物足りないパソコンで遊び続ける覚悟も、なかなか出来ない。
しばらく悩んだ末、意見を求めることにした。
「配信者はどうかしら?」
求める相手を間違えた。
相談相手として十分な信頼関係はある親子だと、自分らとしては自覚しているのだが、我らが母は……少し、いや些か天然な所が多い。
しかし俺たちには知り合いが少ない。結局相談できそうなのは母だけだなと思い直して、もう一度向き直る。
「……もう一度聞くね」
「性能重視の新しいパソコンのためにバイトを考えているのだが、イマイチ踏み出せないんだ。アドバイスをくれないか? 背中を押すくらいでも良いんだが」
「配信者はどうかしら?」
「……」「……」
拝啓、我らが父へ。
母が壊れました。修理してくれませんか? あ、もう営業してないのですね。失礼しました。今の母で我慢します。
「はぁ……」
ついつい溜息を溢す。そんな俺たちを見た母は、何が不満なのだとむすっと頬を膨らます。
「んもう……。バイトに踏み出せないのはよく分かるわ? だって私の子供だもの。この提案だって、それなりの理由があるのよ」
「理由……?」
「私の子供なんだから、成功するに決まってるわ!」
今すぐにでも天国から我らが父を引っ張り戻したい気分だ。
配信者としての成功に、母から受け継いだ血がどうやって作用するのかは不明だが、色々すっ飛ばした理論であることには違いない。
「一応聞くけど、なんで……?」
「私、元配信者だから!」
……ノウハウを受け継げるという事なら、確かに成功するかもしれないが。
「うーん……。ママとしては本気……なんだよね?」
「本気も本気。信じなさい!」
悪いが、あんまり信じられない。母が自信を重ねれば重ねる程、反比例的に信用度が低下していくのだ。
だが……取り敢えず、最初だけ頼ってみよう。大抵の場合、一番大変なのが始めたての頃なのだ。それぐらいなら、そうリスクも無いだろう。
・
・
・
まず、それなりに高性能なマイクを渡された。母が使っていた物だ。クリップで服の襟に留めて使うタイプだが、一人分しかない。適当な本立てを机に置いて、それに留めて共有する事にした。
次に収録、配信に使われるソフトウェアをインストール。母が使っていた物とは厳密には違うらしいが、今回のはそれの最新バージョンだ。教わる分には不便がありそうだし、マニュアルでも読み込んでおこう。
次にカメラ。これも母が使っていた物を渡されたのだが……。
「……大体二十年前の物か、これ」
「え?! ……わあ、本当だ。よくこの状態で残ってたね」
貼り付けられていたラベルを見つけて、驚く。この分だとあのマイクも同じ時期に製造されていそうだ。
「今も結構使ってるわよ?」
「よく今まで耐えられたね……」
「ひどい?!」
「いや、ひどくない。流石に古くないか? 何時壊れてもおかしく無い」
「この機材は当時のは高級品だったの。ちゃーんと手入れもしてたし、通用するわよ!」
技術は進歩しているが、スピーカーやモニターの出力に関しては、人間の認識できる範囲では真価が実感できないほどに高度化している。現在は圧縮技術、劣化防止の方向で進化し続けているが……。
それを踏まえれば、機材が多少古くても問題ないかも知れない。これは実際に試さないと分からないな。
「分かった。取り敢えず使わせてもらう」
「まあ、もしダメでも投資してあげるから、気負わないでね♪」
「投資」
まあ単語としては間違いじゃないが……投資。親子間でそんな言葉が使われるとは思わなかった。
「じゃ、次に用意するのはー……あ」
「え」「何」
あ、とはなんだ。
不安を煽るたった一文字に、俺たちは思わず身構えた。母の事だからと警戒していた筈が、気が緩んでしまった様だ。
背筋を伝う嫌な予感が、やけに冷たく────
「大変! 立ち絵が無いわ!」
「……たちえ」
たちえが無いらしい。何か重要な機材だろうか。しかし、たちえと言う単語の意味を知らない。何かの横文字だろうか。タチエ、tatie……。
……いや、待て。立ち絵?
「立ち絵?!」
その時、俺たちは母との間にあった認識の齟齬。誤解があったことに気付いた。
「まっ、Vの方でやるの?!」
「Vの方でやるわよ? 言わなかったかしら」
一言も言っていない。
Vの配信者と普通の配信者は結構違う。その一番の違いが……。
「立ち絵か……。取り敢えず、何かソフトで作ろう。収益化周りの規則も見ておかないと」
「流石に私の子ね。しっかりしてるわ!」
母と違ってな……。
・
・
・
そして、時は満ちた。
動作確認を済ませた機材を備え、起動しているアプリが仮想の映像を作り出す。
別のPCを操作している明が、指でOKサインを作る。視聴者側からも配信画面が確認できた様だ。
「確認する。映像出力」 「良し」
「音声出力」 「良し」
「音声エフェクト」 「良し」
「アバター動作」 「……トレース精度が不安定。遅延は良好」
「キャプチャ画面の出力」 「良し」
確認を続ける。まるで作業員の様な掛け合いに、横に佇んでいる母も丸い目をしていた。
「……ほぼオールグリーン。ちょっと不安な項目はあるが、何時でも配信可能だ」
「もうしてるけど」
「……そうだったな」
ちょっと母と話しすぎて影響されたかもしれない。事故無く配信が終われば、母は様子見に徹してもらおう。
「じゃあ負荷テストに移ろう。適当なゲームを起動する。一緒にやるか? ……姉さん」
「よしきた、任せなさい。兄さん」
……そういえば、名前、まだ決めて無いな。
その日のテスト配信は、明と母合わせて二人といった視聴者数のまま終了した。