番外編・我が片割れが縦セタとか言う凶器を得てしまった。 【2/2】
こんな類の羞恥をここで抱く事になるとは……。
鎖骨が良いとか、ダウナーな印象とのギャップが良いとか、エッ……モ(これは店員の感想)とか言われて、顔や耳を真っ赤にするほどでは無かったが、非常にいたたまれない気持ちである。
「で、今度は俺のターンだな?」
元の服に着替えて、向かい合って言ってやった。
初っ端からアレだったのだ。手加減無用と言外に伝える様に、趣味全開の服を与えられた。
俺も同じように趣味全開で考えなければ、かえって失礼だ。……明に失礼も何もない気もするが。
「それで、変えるの? 元々セーターで考えてたんでしょ」
「そうだな。似た様な発想だったが……うん、変更はナシだ」
俺と明の姿は寸分違わずとまでは行かないが、一目見た時の印象で兄妹だろうと見当が付けられるくらいには似ている。
であれば、ペアルックもまあ良いだろう。
ただ……、
「タートルネックかあ……」
レディースのエリアで目星を付けた一着を広げて確認していると、後ろでぼそりと彼女が呟いた。
「多少露出したくらいで強調出来る程無いだろ……」
「うん? 喧嘩?」
「売ってない売ってない。失言は謝るから」
……それに、あんまり露出していると落ち着かない。俺の趣味を押し付けた所で、以後着ていく時に俺がドギマギしては損だ。
という事で、明が推す様な胸元の見える服は真似はしない。
最近は慣れて来たかも知れないが。次の夏、薄着になる時期への覚悟も出来るかどうか、というくらいだ。
正に局所的な快晴。なんとまあ素肌が眩しい季節ですね。……やかましわい。
とにかく、露出度は控え目に。これは決定事項だ。
「ま、こんな所だろ。サイズは大丈夫だよな?」
「んー、私は良いんだけど……」
「む、何か躊躇するような所でもあったか」
「明一の趣味全開で選んでくれても──」
「さっさと試着してこい」
「──うぇえい」
明を試着室に押しやる。こちとら毎朝のスキンシップでいっぱいいっぱいなんだぞ。
「仲が宜しいんですねぇ」
「え。あ、まあ」
彼女が試着室のカーテンを閉めて一段落……だと思ったら、そういえばまだ店員が居た。
俺達のやり取りに対し、一歩離れた所で黙ってくれていたが、明が試着を始めた所で話題を繰り出してきた。
床屋や美容院の店員と交わす会話は苦手だ。今の状況も同じくだが……。
「普段こんな風に服を選ばれるんですかー?」
「いや、普段は各々で。あるいは母が選んだ物を……あれ」
そういえば我らが母は何処に……。あ?
(むふっ)
……遠くからこっち見てる。
(ごゆっくり~!)
どっか行った……。
なんか、面倒な事になる予感がする。
・
・
・
「わお」
着替えている最中である筈の明が、驚いた様な声をあげる。
やはり何かのトラブルか? と思ったが、それにしてはすこし素っ気ない声だった。
「ほう……なるほど」
「どうした?」
「良い趣味してるなって」
「え?」
シャー、とカーテンが開かれる。
母が選定したお出掛け服から変わって、俺が選んだセーター主軸の私服に……。
……?
「……あ」
シャー、とカーテンが閉められる。今度は俺の手で。
なんだ、あの起伏は。俺は知らんぞ。
「あー。あの服、セーターとしては比較的タイトなんですよねー。身体のラインが出る程って訳じゃないんですけど、出るところはちゃっかり出ちゃうんですよー。編み模様もその輪郭を際立てる縦ですしー」
今明が来ている服の解説が、店員さんの口から淡々と流れる。
いや、そんなの知らなかったが。……つまり、俺はそんな服を着せたのか。
確かに、確かに店員さんの言っていた通り、輪郭が映っていた……。
──俺達現実の人間と違って、二次元の世界に住まう創作された女性は、大抵の場合胸の輪郭がくっきりと出ている。シルエットのみで見れば水着と大差ないと言える程、服が肌に張り付いているのだ。対して俺達……いや、現実の女性の服装にその特徴を発見する事はほぼ無い。創作の世界と比べて胸が大きくないというのもあるが、そもそもの服の性質として、伸びるのである。幾らサイズの小さな服を着ようと、胸の輪郭を綺麗に描くシルエットを実現する事は少ない。それを可能としている物でも、構造上胸から下の輪郭が現れやすいタンクトップやキャミソールといった服が主であり、他にも特殊な製法による所謂“乳袋”が実現された服も存在するが、やはりどうしても少数派である。そんな世界に住まう俺は、今まで写真あるいはイラストでしか前述の現象を目撃する機会が無かった。だがあれは……、
胸の輪郭が、確かに映っていた……。
これは行かぬ。破廉恥である。
ポニーテールは止めなさい。スカートは膝下2センチまでにしなさい。セーターも止めなさい。特に縦模様のセーターは止めなさい。と俺の頭に巣食う親父が念を押して制するくらいに、あれはダメだ。
「……むぅ」
もう冬だ。夏に水着の恰好は見ていたから、明の体格に関してはある程度分かっていたつもりだが、いかんせんスパンが開きすぎた。こんなの不意打ちだ。
「でも大人っぽくて、それでいてふわふわしていて可愛かったですよー?」
「そう?」
「……」
またカーテンが開く音が聞こえたが、俺はとっくのとうにそっぽを向いていた。水着よりかはマシだが……下手に肌面積が少ないせいで、妙に意識してしまう。
「明一ぃ? 目の前で着替えてる訳じゃあるまいし」
「目の前でッ?! エッ……モいですねぇ」
エモ……?
いや、とにかくだ。
「他の服を見繕ってくる」
「いや、これ買うよ、二人の分一緒に。別行動してるけどママも居るから、会計はそれ待ちにしたいんだけど」
「ハイ構いませんよー!」
「ちょ」
いやでも、え、俺、でも……。え……俺、あの服を着た明と一緒の部屋で過ごさなきゃいけないのか……?
「呼んだかしら~?」
「丁度良い所に。……って、出るタイミング見計らってたでしょ?」
「何の事かしら? ふふっ。私もついさっきお洋服を見繕った所だから、別にタイミングを合わせてなんかいないわよ」
「白々し……まいっか。部屋着なんだけど、二人分買って良い?」
「もっちろーん! じゃあレジに行きましょっか。明一もこっち来なさーい」
「だってさ。ぼーっとしてないでこっち」
……頭を真っ白にしていたら、いつの間にか手を引かれて、レジに連れられていた。
俺は……破廉恥では無い筈だったのだが。
「役得だと思って諦めたら?」
「万が一それで変な妄想でも始めたら自己嫌悪で三日は布団に籠るぞ。良いのか」
「何その脅迫」
「だが……」
「はぁ。なーんか、こういう時に面倒が無い様に、事前に決めてた事があった気がするなあ」
むぐ……。痛い所を突かれた。
だが、この場面で明の方へ天秤が傾くような決まり事なんて……。
「『遠慮はしない』から、明一が決めてくれた服はありがたく貰うね?」
「いやそんな意味の言葉じゃないだろ?!」
「お店の中で騒がしくしないの!」
「あ、ごめん……」
すん。と静まらざるをえなくなる。
……あの決まり事は、絶対そういう意味を含んでないと思うんだが。