番外編・我が片割れが縦セタを酷く恐れるようになった日。 【1/2】
番外編とは、本編に書ききれなかったり、書き損ねた小さなお話。
番外IF編はパラレルワールド。
そういう区別でおねがしま。
最近寒くなってきた。
エアコンは部屋にあるけれど、服装でどうにか出来てしまう物だから、基本的に稼働はせず重ね着で対応している。
「今日は晴れるが、特別寒いらしい……」
朝、予報を見ながら呟いているのは明一。外気に触れたら死にかねないとばかりに籠っているそれが、我が片割れである。
対して私は冷えた床の上を靴下で立ち、着替えを分けていた。夏服を仕舞って冬服を出す、という作業である。
「寒い……」
「上着」
収納されている物の中から一枚上着を出して放り投げた。一応左と右に分けられているが、私達の服は同じ空間に収納されている。
ついでに明一の分も整理してやるか。
「さっきのは謝るから」
「むうん。……おはよう」
「はいおはよう」
十分身体は温まったのだろう。漸く彼が首から上を出して、今日初めての挨拶を交わす。
身体を冷やしてしまえば風邪をひく。という程私達の身体が弱い訳じゃないけれど、ちょっと冷やしたくらいでは体調を崩すことは無い。
ただ、今回は私の落ち度だ。寝起きに見たら、服が捲れてお腹も出てたし。
「……これは俺のか?」
「うん? あ、ほんとだ。こっちね」
「ん、ほれ」
もう一枚投げて、さっきの一枚を貰う。基本的に持っている服の趣向は違うけど、人並みには同じデザインの物がある。人目に見せない部屋着で、その傾向が強い。
……同じデザインでも、サイズが違うんだけどね。左前と右前の違いもあるし。
それでも万が一、うっかり《《彼シャツ》》なんてしようものなら……うん、大変だ。明一が。
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「おはよー」
リビングに出てみれば、キッチンで楽し気にエプロンの紐を揺らす後ろ姿が見えた。
今日は珍しく、ママの仕事も私達のバイトもお休み。だというのに早起きしたママは、相変わらず美味しい朝食を作ってくれる。
「おはよう。今日は何?」
「ポテトサラダとシャケね。じゃがいもはもう潰しちゃったから、待ってなさいな~」
私達双子が朝食が何かを聞く時、それは大抵食べるのが楽しみとかそういう意味ではなく、手伝いが要るか、といった意味での事が多い。
ママがそう言うなら、と席に着く。遅れて出て来た明一も、暖房の効いた部屋でほっこりしつつ一息。けど上着は着たまま。
「あら明一、どしたのよ厚着なんかして。また暖房消して寝たの?」
「暖房は妙に勿体ない、厚着でどうにでもなる」
「けど寒そうじゃない」
「私が布団を独占しちゃったの」
「お陰で腹が冷えた……」
うんうん……いやお腹は私じゃないが。布団を奪い取ったのは私だけれど、腹が出てたのは自分の寝相でしょ。
私は寝てる人の服をたくし上げる様な変態じゃない。
そんな朝をなんとなく過ごしていると、食器の後始末をしたママが唐突に提案を繰り出してきた。
「それなら買い物! 行きましょう!」
「それなら?」
何がそれなら、なのかは知らないけど……私達としては休日は部屋の中で過ごすのが一番だ。確かに最近は家に三人揃う機会が少なかったけれど。
……それなら少しくらい良いかな、と腰を上げる。
「じゃあ……5分くれ」
「私的には10分」
「じゃあ合計15分」
「明は私の部屋で支度すれば良いじゃない」
その手があった。
私が身支度してる間、明一は部屋を出なきゃいけないので、15分と足し算することになる。
出なきゃいけないっていうか、勝手に出てくっていうか。
「それと」
「うん?」
「30分。目一杯おめかしするから!」
「え」
助けて、と目線を明一に。
目を逸らされた。
「朝のはチャラで」
合わせて私の貸しで良いから助けろ。
「ほら明一も!」
「え」
……結末は共倒れだった。
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で、二人とも目一杯おめかしされての外出である。
化粧に限っては今回が初めてという訳でも無いし、私自身ある程度叩き込まれてるけど。ママ直々のともなれば、鏡を見る度に襲い来る違和感は段違い。
と言っても悪い違和感じゃない。主観的にも可愛く仕上がってるから何も言えない。
序にと言わんばかりに服装も指定。学校の制服の方がまだ自由がある。ママのキラキラした目には私ら二人も逆らえず、言われるがままであった。
「それで、どこに行くのか聞いてなかったが」
「モール行きましょモール。何をするにしてもあそこが一番なんだから!」
「……ショッピングモール?」
まあ私達もたまにお世話になるけど。ゲームセンターとか。
ただ、ママはゲームに対して疎いから、今日の外出がゲーム目的でない事は確か。私達がゲーセンのエリアに籠ろうものなら、ママが不機嫌になって色々大変になる。
これでも生まれてこの方一緒に過ごしてきた家族の一員。ママの趣味は分かり切っている。
「新しい冬服か……」
明一がげんなり。口に出ずとも、昨年ので良いじゃないかという意見が聞こえてきそう。……私も割と賛成だ。
ほら、私ってば女としてはズボラな方に育ったから。
気の進まない双子とうっきうきの親という陣形で、進入していくのはやはり服屋さんだ。
衣替えの時期としては遅いけれど、品揃えは結構よさげに見える。
機能面重視で物を見てしまう私らとは違って、ママはこれでもかとファッションセンスを発揮させている。
5歩行った所にて服を物色する我らがママは、今頃頭の中でファッションショーでもしているんだろう。あるいはキャラメイク。
「長い買い物には理解があると勝手に思ってたが」
「ママは規格外だからね。レベルキャップ行った上で極めてる」
今日この場で、私達の恰好をどうするのかの主導権はママが握っている。レベル差補正でダメージが自動的に1になる程度には格上だから、抵抗しようが無い。
確かにゲームが進行する程、武器防具の選別で時間取られる事がある。討伐とか対戦とかに次いで楽しい時間とは言えるけど。
でも人のそれに付き合わされるのはちょっと違う。
一応、こっちもそれらしく物色してみる。何かあれば、私達も抵抗できるかもしれない。
……ただ。
「うーん……」
「ファッションセンスね……」
理解出来ない感性ではない。
ゲームに着せ替え機能なんかがあれば、似合う服はどれだろうと迷う事もある。
しかしあれは、素のキャラクターの見た目が良いから成立している訳で。自己評価が「まあ不細工ではない」という程度では、私らを着飾るモチベーションにならない。
「ん……そうだ、お互いに飾ってやるのはどう?」
「俺が?」
「俺と私が」
互いのセンスは熟知している、という程じゃないけど、把握はしている。ただ自分を着飾るには気負ってしまう。
ならば、お互いに一番似合うであろう服を選んで、着せてやるのが最善だ。
「……アンタがそう言うならそうしよう」
「よし決まり。異性のコーナー回るのも気が引けるし、一緒に選ぼう」
「助かる」
それじゃあ、とまず先に向かったのはメンズの服。高校生ともなれば大人より数歩手前くらいの背丈だから、サイズも大体問題無い筈だ。
「それで、完全に自分のセンスでやるんだよな?」
何かを懸念する様に問いかける明一。それの何が行けないのかと思ったけど……あー。
「まあ……万が一好みじゃなくても、その時言えば良いでしょ」
「なら、良いか」
でも……片割れが一番似合うと思った格好なら、ある程度許容するつもりである。ミニスカとか、肩出しとか。
それは兎に角、今は彼の服装だ。私の好みで良いとするのであれば、私も好奇心とやる気が湧き上がる。
「で、だ。今まで着せてみたいなーって服はあったんだよ」
「あるのか」
「うん」
冬服の時期だから、少なからず一種類は……あった。これこれ。
「ほらこれ」
「……」
「ん、どうした?」
「どうしたっていうか……女子になっても考える事は同じなのか?」
と言うと。
「俺もこういうのを着せようと……」
「ああ……」
となると、味気ない着せ合いになりそうだ。今更服を変える、なんて言うつもりも無いけど。
「私ら揃ってセーター好きなんてね」
ハンガーに掛かったままの服を彼にあてがって、目を細める。もう少し胸が開いてても良いかもしれない。部屋着だし。
でもタートルネックもそれはそれで……。
「……それ、裾広くないか?」
「これくらいが良いよ」
ちょっと鎖骨が見えるくらいが良いかな、と。夏頃は兎も角、冬服を着重ねるこの季節じゃ肌は貴重だから。
……そういう事考えてるから痴女って言われるんだろうか。
「ズボンは……これ」
「んむ」
「うん、こんなもん。名付けてゆるふわ装備」
「ゆるふわ……?」
俺の何処がゆるふわなんだろう。と疑問符を浮かべている所悪いけど……。服を決めたら、次にやる事は一つしかない。
「じゃあ」
「じゃあ?」
「試着しないと。サイズとかの確認もあるから」
「……」
「あ、店員さん?」
片割れの嫌そうな顔を無視して、遠目に私たちの様子を見ていた店員さんを呼び付けた。勝手に試着するのは宜しくないからね。
「ハイ試着ですねーっ!」
ニコニコと駆け寄ってきた店員さんを、彼は引き攣った顔で迎えたのであった。
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それはそれとして。
「妹さんですかー?」
「ん、まあ」
双子と訂正する必要は無いかな、と思う一方で。服屋さんの店員ってこういう人だよなあ、と溜息を我慢する。
「とても優しそうな方ですねー!」
「……優しいかな。まあ」
あの服のチョイスに滲み出る私の欲望を、彼はとっくに気付いている。何も言わないで着てくれるのであれば……まあ一応、優しさではあるのかな。
双子、あるいは同一人物だから、という理由で気を許しているだけだけど。
「今お選びになってるのは部屋着ですかー?」
「うん、部屋着。この後私の分も選んで貰うつもり」
「わぁっ、それって凄くエモですねぇ!」
「えも?」
「つまり素晴らしいって事ですー!」
いやエモの意味くらい知ってるけど。
なんかこの店員、ちょっと普通とは違うような……。と思った所で、試着室のカーテンが開いた。
「……明、やっぱり首元が涼しい気がするんだが」
「うん、買い」
「聞いてないな……」
聞いてる聞いてる。
タートルネックも良いかなぁとは思ってたけど、やっぱりこういう機会だからね。
「これはエッ……モですねえ!」
「……?」
やっぱりこの人ヘンだ。