【剣聖】クラスを得た幼馴染がずっとそばにいるので、もっといい人見つけなよと言っているが全然私の言うことを聞かない
「トマス、君との婚約を破棄する!」
「え? いやだけど」
横で皿洗いを手伝っていた青年トマスが宣言に異を唱える。
「トマス。何か私に隠し事あるでしょ?」
二人はこの孤児院の出身だ。
いや、今現在もここで暮らしている。
とはいえ、孤児としてお世話になっているわけではない。
エミリアは19歳、孤児院の運営を手伝っている。
トマスも16歳となり街で働いて、孤児院に稼ぎを納めていた。
洗った皿をトマスに渡せば、彼が水気を拭き取り棚に戻す。
トマスは背も伸びて、体格も大人の男性にはなったがどちらかといえば細身で頼りない。
「隠し事? 君に対する劣情とか受け止めてくれる?」
少し前まで姉弟のように暮らしていたが、トマスはエミリアへの想いを隠さなくなった。
「結婚してからね。仕事はうまくいってる?」
「なかなか大変だよ」
トマスはあまり仕事について語りたがらない。
大人になった時に得られる【スキル】というものがあるのだが、トマスは得たスキルはあまり気に入っていないようだった。
「でも、知ってるよ。お給料悪くないのでしょ? シスターが凄く感謝してた」
「そこは良かったと思ってる」
「ちゃんと貯金してる?」
「全然。見栄張っちゃってほとんどシスターに渡してる。あまり豪華な結婚式はできそうにないよ」
「いいのよ。きっと子供たち皆で素敵な飾り付けをしてくれるわ。ここが私たちの家だもの。トマスがここに住んでも良いって言ってくれたの嬉しかった」
*
「トマス、私になにか隠してない?」
いつものように夕飯の片付けをしていると、トマスがやってきて手伝いを始めた。
「え? どの劣情?」
「そんなに沢山あるの? 仕事よ、仕事の隠し事。今日、街に行ったのよ」
「そうなんだ」
「お酒を買おうと思ってね、酒屋に行ったのよ」
「酒屋なら隠し事はないよ」
「そしたらね、綺麗な女の人を沢山連れたチャラい緑色の髪をした男が声をかけてきたの」
「うん、ちょっと隠し事あるかも」
「お尻を触られてね……トマス皿の枚数を増やさないで。半分だけだと使いにくいから」
「それからね、俺と遊ぼうぜなんて言ってきて、凄く高そうな宝石とかくれるって言うのよ。やるから来いよって」
「彼がそんなことを」
「だから、私には婚約者がいるってハッキリ言ってやったの」
「それなのに『俺様は闘技場のランキング二位だぞ、そんな婚約者なんかより俺と遊ぼうぜ』なんて言うからさ」
「私の婚約者は孤児院のトマスよ。あんたんかよりずっと素敵なんだからって言ってやったの」
「いやぁ照れるなぁ」
「そしたらね、その人ってば歯をガタガタ鳴らしながら泣いて土下座するのよ」
「知らなかったんだ、アネサン見逃してくれ、命だけは助けてくれって」
「変わった人だね」
「一緒にいた綺麗なお姉さんもね、この人はこうみえて良いところもあるから、どうか見逃してくださいアネサンって言うのよ」
「へぇ」
「いや、変でしょ!」
*
「トマスってホントに私と結婚するの?」
「え? 駄目なの? 僕フラれるの?」
いつものように皿洗いをしながら世間話をしている。
「今日ね、街に行ったの。そしたらね、あの緑の髪の人が話しかけてきたのよ」
「へー」
「それが凄い立派な馬車に乗ってて、まるで貴族様みたいだったのよ。そして言うのよ」
『これはこれは、アネゴ。あっしでゲス、覚えておいででゲスか? こんちまたまた良いお日柄で』って街の人は変な言葉を使うのね」
「そして、よろしかったらお送りいたしましょうか? もちろんあっしは御者台に移動させて頂きヤス。アネサンと同じ馬車なんて恐れ多いでヤンス。って言うのよ」
「彼はああ見えて、失敗から学べる男なんだ」
「でもね、そんな立派な貴族様みたいな馬車には乗れないって断ったの。そしたら『何をおっしゃいますか、あっしの稼ぎなんざトマスの兄貴に比べりゃ屁みたいなもんでガンス』って」
洗った皿を手渡すと、トマスと目があった。
トマスは無言で皿を受け取ろうとしたが、答えがないのでアリシアは手を離さなかった。
「孤児院の修繕費用って寄付らしいわ」
「そうらしいね」
「村の井戸も寄付らしいわ」
「らしいね」
「学校と穀物庫と集会場と街道も寄付金らしいのよ」
「へぇ」
*
「おかえりトマス」
「ただいま。エミリア」
トマスは一月ほど村を開けていた。
出稼ぎにいっていたのだ。
帰ってきたら大事な話があると言っていた。
「お仕事は上手く言ったようね」
「うん。よく知っているね」
「わたし昨日、街にいたのよ」
「昨日はちょっとまずかったなぁ」
その日の夕食は、トマスの帰りを祝うささやかな宴が催された。
村人だけではなく、孤児院のパトロンなども集まってきた。
村人の演奏で、皆が踊る。
「神託の勇者様が邪竜を倒したって凱旋パレードをやっていたわ」
トマスはエミリアの手を取り、二人で踊る。
「ごめんね」
「勇者様は剣聖のスキルを持つ英雄なんですってね」
「ごめんね」
「勇者様は褒美として、王女様と婚姻されるって噂を聞いたわ」
「あー、この戦いが終わったら結婚するんだって宣言してたからね。それが噂になったんだと思う」
「相手は私じゃないよね」
トマスは立ち止まり、片膝を突いた。
「エミリア。僕と結婚してほしい」
その動きは優雅で、礼節に従った婚姻の申し込みだった。
「トマス。貴方は立派な騎士様ね」
トマスは慌てて立ち上がった。
「あ、いや。これは」
「私は孤児院のお手伝いさんなの。騎士様はもちろんね、剣聖様とか勇者様とは釣り合わないわ」
エミリアはトマスのこれからを思い描く。
「トマスは立派な人になったの。これからも立派な人でいなくちゃだめ。私は立派なトマスの側にいる資格はない」
「僕の想いは関係ないの?」
「そうよ。トマスになりたいと思う人は沢山いるわ。トマスのようになるために努力する子供も沢山出てくる。トマスはその期待に応えなきゃいけないの。私なんかじゃだめなの」
「エミリアがいいよ」
「わがままを言ってお姉ちゃんを困らせないで」
焚き火の明かりが、二人を照らす。
先に泣いたのはトマスだった。
「エミリア、あなた祭りの主役を泣かせてるの?」
そのとき、声を掛けてきたのはエミリアより少しばかり若い少女ジェシカだった。
その装いは村娘のものではない。
彼女は孤児院のパトロンの娘で、お嬢様だとエミリアは聞いていた。
「ジェシカぁ、エミリアが酷いことを言うんだ」
「救国の英雄様もエミリアの前ではかたなしね」
「ジェシカからも言ってやってよ! トマスってばまだ私と結婚するんだって駄々をこねるのよ」
「えー、結婚してあげなよ。トマス頑張ってたよ」
まるで見て来たかの物言いだったが、エミリアは気づかなかった。
「トマスはね、これから沢山の人と出会うことになるの。私なんかより素敵な人が沢山いるのよ」
「私とか?」
「茶化さないでジェシカ。トマスといっしょに竜退治に行った聖女様とか王女様とかよ」
「あんなの、大したことないわよ」
「トマスはこれからも王様とか王女様と交流するのよ。きっと舞踏会なんかにも出たりするわ」
ふと、エミリアの視線の端にパトロンの一人が目に入る。
ジェシカの父だ。
「ちょっと、おじさん! 飲みすぎよ! ジェシカ、お父さんフラフラになってるわよ」
「あちゃー、ちょっとひっぱたいて来るわ」
「ほらね。私に出来るのは友達と、その家族の相手が精一杯よ。貴族とか王族とか無理に決まっているでしょ」
「いやぁ、十分じゃないかな」
何故か、諦めかけていたトマスの目には再び闘志が込められていた。
「そもそも、英雄様と私の婚姻なんて王国が認めるわけ無いわよ」
「僕ね、その王様から何でも望みの褒美を与えるって言われてるんだ」
「ほら、私なんかとスケールが違うのよ」
トマスはエミリアの手を取る。
「ちょっと、着いてきてよ。そのくらいは良いでしょ?」
トマスが向かうのは、ヘベレケになっているパトロンと、それをひっぱたいているジェシカのもとだった。
「おじさん! お話があります。みんなも聞いて欲しい!」
おしまい
よろしければ評価のほどをお願いします。
誤字修正、本当にありがとうござます。